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10 真生M
アニエスは眉をひそめたまま、何も言わない。
クロードは緊張しながら、祈るような気持ちで告白した。
「初めて庭園で出会ってから、ずっと好きだった」
「……わたくしのような、つまらぬ氷柱姫を?」
クロードは苦笑いする。
「あれほど熱く乱れる君が、氷柱?」
アニエスは「キャッ」と叫んで両手で顔を覆った。
(なんと可愛いのだ!)
綿菓子を頬張っていた子供の頃の彼女を思い出し、デレッとなる。これが萌えというものなのか……。
クロードは早口で説得しようとした。
「目を合わせてもくれないし、嫌われていることは気づいていた。だが、どうしても諦めきれなかったんだ。好きになってもらえるよう、なんでもするからどうか──」
アニエスが青ざめる。
「まさか! わたくしが殿下を嫌いなんてありえませんっ。幼い頃から憧れていたのは、わたくしの方でございます。いつか結婚したいと父に一生懸命お願いして──あっ」
彼女は両手で口をふさいでいた。クロードはほーっと安堵の息をつく。
「それなら、良かった。君の中のMDMAを抜くためとはいえ、何度も、何度も、君の中に出してしまったから。君のお腹が膨れ上がるくらい」
「キャッ!」
クロードは、自分がドSなのかもしれないと思った。
桜色に染まった顔を両手で隠すアニエスを、萌え死しそうになりながら見ているのだから。
「で、でもわたくしの家門では、王家に嫁ぐことは──」
「うん。侯爵以上でなければ、王家に嫁いだ慣例が無い。だからこそ、セニエ伯爵に功績を挙げてもらう必要があったんだ」
「功績……?」
「カルナック侯爵領は、セニエ伯爵領と隣同士だろ?」
「え……ええ」
「知っているだろうが、侯爵は領地運営が壊滅的でね。それに親子揃って、金遣いが荒い」
ディオンが放蕩者なのは有名だが、その父親も賭け事に溺れ、何度も土地を勝手に処分しようとしていた。
「陛下の温情で、国家事業──軍医療にも使われる麻酔草の栽培を任されて、どうにか立て直せるはずだった。だがそれでも賭け事を辞められず、借金は膨らんだ」
愛想が尽きた彼の妻は離縁状を叩きつけ、出ていったという。ギャンブルは毒だ。返済を餌に、グライス男爵に付け込まれたのだろう。
「彼らを摘発できたのは、セニエ伯爵が医療用畑に部下を潜伏させ、証拠を集めてくれたおかげなんだ。国家事業を守り、隣領の混乱を収めた。これは大きな功績だよ」
王家の財政と軍医療に関わる事業を救ったのだ。昇爵の理由としては十分だった。
「カルナック侯爵領は没収され、セニエ伯爵領と統合される。新たな公爵領として、君の父君に授与されることになった」
アニエスの薄紫の瞳が大きく揺れ、潤んだ。
「こ、公爵位を? ……では、わたくし、本当にクロード殿下と?」
「少なくとも、議会も陛下も反対する理由はもうない。君の家門は、正式に王家と釣り合うよ」
クロードは穏やかに微笑んだ。
「わたくし、夢を見ているのかしら」
彼女の頬をポロポロと雫が流れ落ちる。まるで雪解けのようで、見とれるほど美しい涙だ。
「わたくしなどで、いいのですか。殿下を愛しても、いいのですか?」
クロードは目を見開いてアニエスを見つめていたが、やがて手を伸ばしその頬を指で拭った。
「今回の事件は、君にとっては災難だったが、僕にとっては僥倖だった。」
「え?」
「孤高の氷柱姫が、その氷の壁を溶かしてくれたきっかけになったのだからね」
クロードは息を呑んだ。
アニエスが春の風のように、ふわりと暖かい笑みを浮かべたからだ。
今までは見せてくれたことが無かった、穏やかな笑み。
これからも、彼女は取り澄ました氷柱姫でいい。クロードにだけ、この貴重な笑顔を見せてくれれば。
「あの……」
アニエスはもじもじして言った。
「ん?」
しばらく無体はできないが、結婚したら子作り再開だ、と内心舌なめずりしながら、クロードは穏やかな王太子の仮面で聞き返した。
「なんでもするとおっしゃいましたが……」
「もちろん、君が望むならどんなことも──」
「ヴァネッサ様やディオン様のことを、豚って呼ばないでください」
(そんなこと言ったっけ?)
クロードは考え込む。
だがあの薬を使って「人類豚化計画」を謀った畜生どもだ。
(豚に失礼なくらいのゴミであり、もう腐ったメロンとかでもいいだろ)
クロードはそう思ったが、この優しいアニエスに酷い奴だと思われたくなくて、黙っていた。
「殿下が豚と言っていいのは、わたくしにだけです。わたくし、メス豚と呼ばれたいのです」
アニエスは、唇を尖らせて嫉妬にまみれた声でそう言った。
その告白により、氷柱姫が真正のドMだったと知った、春──。
鞭や荒縄といったグッズを買ってきた方がいいのだろうか、しかし自分にアニエスが叩けるだろうか、とクロードは真剣に悩むのだった。
完
ご愛読ありがとうございました。
クロードは緊張しながら、祈るような気持ちで告白した。
「初めて庭園で出会ってから、ずっと好きだった」
「……わたくしのような、つまらぬ氷柱姫を?」
クロードは苦笑いする。
「あれほど熱く乱れる君が、氷柱?」
アニエスは「キャッ」と叫んで両手で顔を覆った。
(なんと可愛いのだ!)
綿菓子を頬張っていた子供の頃の彼女を思い出し、デレッとなる。これが萌えというものなのか……。
クロードは早口で説得しようとした。
「目を合わせてもくれないし、嫌われていることは気づいていた。だが、どうしても諦めきれなかったんだ。好きになってもらえるよう、なんでもするからどうか──」
アニエスが青ざめる。
「まさか! わたくしが殿下を嫌いなんてありえませんっ。幼い頃から憧れていたのは、わたくしの方でございます。いつか結婚したいと父に一生懸命お願いして──あっ」
彼女は両手で口をふさいでいた。クロードはほーっと安堵の息をつく。
「それなら、良かった。君の中のMDMAを抜くためとはいえ、何度も、何度も、君の中に出してしまったから。君のお腹が膨れ上がるくらい」
「キャッ!」
クロードは、自分がドSなのかもしれないと思った。
桜色に染まった顔を両手で隠すアニエスを、萌え死しそうになりながら見ているのだから。
「で、でもわたくしの家門では、王家に嫁ぐことは──」
「うん。侯爵以上でなければ、王家に嫁いだ慣例が無い。だからこそ、セニエ伯爵に功績を挙げてもらう必要があったんだ」
「功績……?」
「カルナック侯爵領は、セニエ伯爵領と隣同士だろ?」
「え……ええ」
「知っているだろうが、侯爵は領地運営が壊滅的でね。それに親子揃って、金遣いが荒い」
ディオンが放蕩者なのは有名だが、その父親も賭け事に溺れ、何度も土地を勝手に処分しようとしていた。
「陛下の温情で、国家事業──軍医療にも使われる麻酔草の栽培を任されて、どうにか立て直せるはずだった。だがそれでも賭け事を辞められず、借金は膨らんだ」
愛想が尽きた彼の妻は離縁状を叩きつけ、出ていったという。ギャンブルは毒だ。返済を餌に、グライス男爵に付け込まれたのだろう。
「彼らを摘発できたのは、セニエ伯爵が医療用畑に部下を潜伏させ、証拠を集めてくれたおかげなんだ。国家事業を守り、隣領の混乱を収めた。これは大きな功績だよ」
王家の財政と軍医療に関わる事業を救ったのだ。昇爵の理由としては十分だった。
「カルナック侯爵領は没収され、セニエ伯爵領と統合される。新たな公爵領として、君の父君に授与されることになった」
アニエスの薄紫の瞳が大きく揺れ、潤んだ。
「こ、公爵位を? ……では、わたくし、本当にクロード殿下と?」
「少なくとも、議会も陛下も反対する理由はもうない。君の家門は、正式に王家と釣り合うよ」
クロードは穏やかに微笑んだ。
「わたくし、夢を見ているのかしら」
彼女の頬をポロポロと雫が流れ落ちる。まるで雪解けのようで、見とれるほど美しい涙だ。
「わたくしなどで、いいのですか。殿下を愛しても、いいのですか?」
クロードは目を見開いてアニエスを見つめていたが、やがて手を伸ばしその頬を指で拭った。
「今回の事件は、君にとっては災難だったが、僕にとっては僥倖だった。」
「え?」
「孤高の氷柱姫が、その氷の壁を溶かしてくれたきっかけになったのだからね」
クロードは息を呑んだ。
アニエスが春の風のように、ふわりと暖かい笑みを浮かべたからだ。
今までは見せてくれたことが無かった、穏やかな笑み。
これからも、彼女は取り澄ました氷柱姫でいい。クロードにだけ、この貴重な笑顔を見せてくれれば。
「あの……」
アニエスはもじもじして言った。
「ん?」
しばらく無体はできないが、結婚したら子作り再開だ、と内心舌なめずりしながら、クロードは穏やかな王太子の仮面で聞き返した。
「なんでもするとおっしゃいましたが……」
「もちろん、君が望むならどんなことも──」
「ヴァネッサ様やディオン様のことを、豚って呼ばないでください」
(そんなこと言ったっけ?)
クロードは考え込む。
だがあの薬を使って「人類豚化計画」を謀った畜生どもだ。
(豚に失礼なくらいのゴミであり、もう腐ったメロンとかでもいいだろ)
クロードはそう思ったが、この優しいアニエスに酷い奴だと思われたくなくて、黙っていた。
「殿下が豚と言っていいのは、わたくしにだけです。わたくし、メス豚と呼ばれたいのです」
アニエスは、唇を尖らせて嫉妬にまみれた声でそう言った。
その告白により、氷柱姫が真正のドMだったと知った、春──。
鞭や荒縄といったグッズを買ってきた方がいいのだろうか、しかし自分にアニエスが叩けるだろうか、とクロードは真剣に悩むのだった。
完
ご愛読ありがとうございました。
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