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本編
平民との結婚より……
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両親が悪鬼の形相になりました。
「なんと失礼なっ」
「そうですわ、ノエルちゃんが売れ残るはずございません!」
そうですわよ、言ってやってくださいまし! わたくし嫌われてなんていませんわよ!?
お父様がちょっと声のトーンを押さえて質問しました。
「だいたい、長男だろう? それなのに、ブーシャルドン家の婿に入れるというのかね」
「ああ、そこは大丈夫です。この学園以外大した財産無いから、うち」
「いやいや、でもだな、こちらにも事情が──正直、魔力の強い者同士の結婚は、リスクがあるだろう?」
学長が黙しました。
ええ、それは王家も含め、貴族全体にとっての悩みどころですわね。
少子化傾向が物語っているのです。
「でもブーシャルドン侯爵。私自身は嫡子ではないし、息子の魔力が強いと言っても、ノエルくんに比べれば微々たるもの。さらに、私の家は下の娘三人合わせて、四人も生まれている。しかも末っ子までそれなりに魔力有りだ。子沢山家系との婚姻は、確率的に魅力ではないですかな?」
「魔力のある孫が……たくさん──」
お父様とお母さまの脳裏に、おそらく可愛い赤ちゃんの姿が──おじーたんっ! おばーたんっ! とキャッキャッしている光景が──浮かんだのでしょう。
うっとりと目をつぶっておりますわ……。
しかしすぐにハッと我に返り、首を振りました。
「いや、こちらで目星をつけている子がいるのだ」
そうですわよ、言っておやりなさいお父様!
「まさか平民ではないでしょうな?」
学長はすぐにピンと来たようで、お父様とお母様がギクッとなっております。
「平民が資格を取るのを待つより、娘さんよりも魔力の弱い貴族の子息を婿に迎える方が、跡継ぎができる確率はいいでしょう? うまいこといけば、隔世遺伝とやらで、魔力のめちゃくちゃ濃い孫が誕生する可能性も大きい」
わたくし、ハラハラしてしまいました。
お父様が説得されてしまうのではないかと。でもお父様は、わたくしの祈るような視線を受け、苦笑いしながらおっしゃいました。
「いや、俺は待つよ。優秀な若者が自力でノエルを勝ち取るのをね」
素敵な響きですわ! それにもうアレクと約束しているし、貴族たるもの、そう簡単に一度決めたことを覆せません!
「学長、お父様の言う通りですわ! お断りします。だってわたくし、アレクと既に──ふごっふごっふごっ」
すごい勢いで、お父様に口を塞がれました。
ちょ、お父様、鼻まで一緒に塞がないで、死にますわ。
その隣で、お母さまに小さく窘められてしまいました。
「ノエルちゃん、労働者階級以下の平民との結婚は、うかつに口にしてはいけないわ。孤児であるアレクならばなおさら、蔑みの対象になってしまいます。それなりの実績が必要なの。アレクちゃんが国家研究員になってからでないと、口外してはいけません」
わたくし、しゅんとなってしまいました。でもおかしいですわ! わたしくし納得がいかなくて、お母さまの耳に囁き返しました。
「アレクは十三歳で既に功績を残しているわ。もう今からでも飛び級で卒業して、中央魔法研究所にお勤めできると思いますの」
そうよ、最年少国家研究員が誕生するところだったのに!
「だって、アレクちゃんが断ったのよ。自分はまだ未熟だって。学園に残りたいって」
動悸が速くなりました。……アレク、すぐ婚約発表できる立場になれたはずなのに、先延ばししましたのね。
コソコソ話をしているわたくしたちの横で、いつの間にか学長とお父様の言い争いが勃発していました。
「だいたい、売れ残ることは絶対にないぞ! 嫌われそうな性格をしているかもしれないが、すごくいい子なのだからな! おそらく可愛すぎるからやっかみを受けるのだ。こんな学校さっさと退学して社交界に出れば、結婚相手など引く手あまたなのだぞ」
「こここ、こんな学校ですと!? 貴様、昨今は貴族の子女は子を残すためだけではなく、知力と体力と教養に溢れ、魔法技術を磨かねばならぬという風潮を知らんのか」
「知っておるとも、だからうちの妻も未だにノブレスオブリージュってるのだろう」
ねーっ、と二人で顔を見合わせる両親に、わたくしはちょっとうんざりしました。
暑苦しいですわ。
とくに夫人を病で亡くした学長には、イラッと来たようです。
昔、わたくしのお母様に求婚したこともあるというこの学長ですが、振られた後にお見合い結婚。その後は愛妻家として知られていたとか。奥様が亡くなった時はやせ衰えて、二十は老けて見えたと聞きましたわ。
でも今は復活して、なかなかのイケオジなのよ? 再婚なさればいいのに、と思ってしまいます。
「とにかくだね、来学年からうちの息子をよろしく頼むよ、ノエルくん」
「ちょっと待ってくれ、それだけかね」
お父様が口を挟みました。
「なんだね、とっとと領地にお帰りください侯爵」
「呼び出したのはお前だろう! うちの娘、何かトラブルに巻き込まれているようだが? ──その、やはり嫌われているのかね?」
学長は、ああ、と呟くと、わたくしを見てほほ笑みました。
「まあ、君が他の生徒を階段から突き落としたり、学食を横取りしたり、皆の目の前で服を破ったりなんて噂は、私は信じておらんよ」
服なんて破ってませんわよ!? ……と考えてから、あれ? と思い出しました。
もしかして、カエルが服の中に入った時のことかしら。
アリスさんは、カエルアレルギーのくせに、なぜかカエルに好かれます。
屋外授業で写生大会をしていた時のことです。
「カエルが服に入ったわ!」
とブラウスのボタンをさらに広げたアリスさんに、みんな鼻の下を伸ばして何もしないのですもの。
薄情な人たち!
だからわたくしがアリスさんにとびかかり、ビリバリッとブラウスを破ったのです。
手を突っ込んでブラの中とか探りましたが、カエルはどこかに逃げてしまったようで、もういませんでした。
「周囲で百合がどうこう大騒ぎしておりましたわね、まさかあのことでしょうか」
「君はなんというか、本当にちょっと残念な子だな」
学長に言われて、また両親がヒートアップしてしまいました。
「君が嫌じゃなければ風評被害にも負けず、卒業までのもう一年、わが校で学んでくれたまえ。卒業パーティーは息子と出てくれると嬉しいのだが」
「なんと失礼なっ」
「そうですわ、ノエルちゃんが売れ残るはずございません!」
そうですわよ、言ってやってくださいまし! わたくし嫌われてなんていませんわよ!?
お父様がちょっと声のトーンを押さえて質問しました。
「だいたい、長男だろう? それなのに、ブーシャルドン家の婿に入れるというのかね」
「ああ、そこは大丈夫です。この学園以外大した財産無いから、うち」
「いやいや、でもだな、こちらにも事情が──正直、魔力の強い者同士の結婚は、リスクがあるだろう?」
学長が黙しました。
ええ、それは王家も含め、貴族全体にとっての悩みどころですわね。
少子化傾向が物語っているのです。
「でもブーシャルドン侯爵。私自身は嫡子ではないし、息子の魔力が強いと言っても、ノエルくんに比べれば微々たるもの。さらに、私の家は下の娘三人合わせて、四人も生まれている。しかも末っ子までそれなりに魔力有りだ。子沢山家系との婚姻は、確率的に魅力ではないですかな?」
「魔力のある孫が……たくさん──」
お父様とお母さまの脳裏に、おそらく可愛い赤ちゃんの姿が──おじーたんっ! おばーたんっ! とキャッキャッしている光景が──浮かんだのでしょう。
うっとりと目をつぶっておりますわ……。
しかしすぐにハッと我に返り、首を振りました。
「いや、こちらで目星をつけている子がいるのだ」
そうですわよ、言っておやりなさいお父様!
「まさか平民ではないでしょうな?」
学長はすぐにピンと来たようで、お父様とお母様がギクッとなっております。
「平民が資格を取るのを待つより、娘さんよりも魔力の弱い貴族の子息を婿に迎える方が、跡継ぎができる確率はいいでしょう? うまいこといけば、隔世遺伝とやらで、魔力のめちゃくちゃ濃い孫が誕生する可能性も大きい」
わたくし、ハラハラしてしまいました。
お父様が説得されてしまうのではないかと。でもお父様は、わたくしの祈るような視線を受け、苦笑いしながらおっしゃいました。
「いや、俺は待つよ。優秀な若者が自力でノエルを勝ち取るのをね」
素敵な響きですわ! それにもうアレクと約束しているし、貴族たるもの、そう簡単に一度決めたことを覆せません!
「学長、お父様の言う通りですわ! お断りします。だってわたくし、アレクと既に──ふごっふごっふごっ」
すごい勢いで、お父様に口を塞がれました。
ちょ、お父様、鼻まで一緒に塞がないで、死にますわ。
その隣で、お母さまに小さく窘められてしまいました。
「ノエルちゃん、労働者階級以下の平民との結婚は、うかつに口にしてはいけないわ。孤児であるアレクならばなおさら、蔑みの対象になってしまいます。それなりの実績が必要なの。アレクちゃんが国家研究員になってからでないと、口外してはいけません」
わたくし、しゅんとなってしまいました。でもおかしいですわ! わたしくし納得がいかなくて、お母さまの耳に囁き返しました。
「アレクは十三歳で既に功績を残しているわ。もう今からでも飛び級で卒業して、中央魔法研究所にお勤めできると思いますの」
そうよ、最年少国家研究員が誕生するところだったのに!
「だって、アレクちゃんが断ったのよ。自分はまだ未熟だって。学園に残りたいって」
動悸が速くなりました。……アレク、すぐ婚約発表できる立場になれたはずなのに、先延ばししましたのね。
コソコソ話をしているわたくしたちの横で、いつの間にか学長とお父様の言い争いが勃発していました。
「だいたい、売れ残ることは絶対にないぞ! 嫌われそうな性格をしているかもしれないが、すごくいい子なのだからな! おそらく可愛すぎるからやっかみを受けるのだ。こんな学校さっさと退学して社交界に出れば、結婚相手など引く手あまたなのだぞ」
「こここ、こんな学校ですと!? 貴様、昨今は貴族の子女は子を残すためだけではなく、知力と体力と教養に溢れ、魔法技術を磨かねばならぬという風潮を知らんのか」
「知っておるとも、だからうちの妻も未だにノブレスオブリージュってるのだろう」
ねーっ、と二人で顔を見合わせる両親に、わたくしはちょっとうんざりしました。
暑苦しいですわ。
とくに夫人を病で亡くした学長には、イラッと来たようです。
昔、わたくしのお母様に求婚したこともあるというこの学長ですが、振られた後にお見合い結婚。その後は愛妻家として知られていたとか。奥様が亡くなった時はやせ衰えて、二十は老けて見えたと聞きましたわ。
でも今は復活して、なかなかのイケオジなのよ? 再婚なさればいいのに、と思ってしまいます。
「とにかくだね、来学年からうちの息子をよろしく頼むよ、ノエルくん」
「ちょっと待ってくれ、それだけかね」
お父様が口を挟みました。
「なんだね、とっとと領地にお帰りください侯爵」
「呼び出したのはお前だろう! うちの娘、何かトラブルに巻き込まれているようだが? ──その、やはり嫌われているのかね?」
学長は、ああ、と呟くと、わたくしを見てほほ笑みました。
「まあ、君が他の生徒を階段から突き落としたり、学食を横取りしたり、皆の目の前で服を破ったりなんて噂は、私は信じておらんよ」
服なんて破ってませんわよ!? ……と考えてから、あれ? と思い出しました。
もしかして、カエルが服の中に入った時のことかしら。
アリスさんは、カエルアレルギーのくせに、なぜかカエルに好かれます。
屋外授業で写生大会をしていた時のことです。
「カエルが服に入ったわ!」
とブラウスのボタンをさらに広げたアリスさんに、みんな鼻の下を伸ばして何もしないのですもの。
薄情な人たち!
だからわたくしがアリスさんにとびかかり、ビリバリッとブラウスを破ったのです。
手を突っ込んでブラの中とか探りましたが、カエルはどこかに逃げてしまったようで、もういませんでした。
「周囲で百合がどうこう大騒ぎしておりましたわね、まさかあのことでしょうか」
「君はなんというか、本当にちょっと残念な子だな」
学長に言われて、また両親がヒートアップしてしまいました。
「君が嫌じゃなければ風評被害にも負けず、卒業までのもう一年、わが校で学んでくれたまえ。卒業パーティーは息子と出てくれると嬉しいのだが」
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