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本編

アレクが来ない

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 一曲目は学長も踊るはずだったのですが、ホール中央に姿が見えません。

 学長を含め、教員らは会場の隅に固まり、何か深刻そうに話し込んでいました。

 皆、せっかくの卒業パーティーだと言うのに、表情が暗いですわね。学長……、ご自分が出陣なさるのに、さらにはユベールさんまで送り出したくないでしょうに。

 でも彼の強い希望だというのだから、仕方ありません。

 弾むようなポルカが終わり、テンポのゆっくりしたワルツになった時、やっとわたくしは立ち上がりました。

 お友達の令嬢たちや、特待生クラスの平民のお嬢さんたちも、皆既に何曲も踊り、血色がよくなっております。

 ベルトラン様とユベールさんには案の定、女生徒が殺到しておりました。

 ファーストダンスはパートナーと踊る方が多いですが、あとは次々に相手を変えるのが普通です。

 女性の方からダンスを申し込むのもありなのです。

 そして、そのままパートナーを奪ってしまうのも、マナー違反ではございませんのよ。

 あわよくば、アレクをアリスさんからお借りしようとしていましたが、なぜか二人とも出席しておりません。

 学校行事をサボるなんて不真面目ですわ!



 ……なんて。



 本当は二人で何をしているのか考えるだけで、胸が張り裂けそうなのです。

 きっとお互いドレスアップした姿に再度ときめき、い、憩いの森に連れだって……まさか……ううう、ノエルは考えるのをやめました!

 わたくしは仕方なく、適当に一人でいる殿方を探しました。

 まったく踊らないのも、クラス長としてどうかと思いますからね。

 デブーノ子爵辺り、その辺りにいないかしら。

 どうせならイケメンがいいですわね。

 先ほどからこちらをじっと見つめている殿方がいますので、適当に彼の方に歩いて行きました。

 ぶっちゃけますと、いくらイケメンでも、アレク以外全員同じに見えます。

 男性はシンプルな黒の燕尾服が多いですからね。同じに見えても仕方ありません。

 でもこの殿方は……そうですわね、どちらかというとアレクに見えるというか……末期症状かしら、アレクそのものに見えるわ! もしかしたら全員アレクに見えるのかもしれません。

 病気だわ! わたくしったら、ほんと、どうしようもないわね。もう決意したはずよ!

 わたくしの足が、途中で止まりました。

「やっと気づいた」

 その殿方は、呆れたようにそう言いました。

 おそらくわたくし、とても間の抜けた表情をしていたのだと思われます。

 なぜなら、アレクがわたくしの顔を見て、プッと吹きだしたからです。

「間に合ってよかった」

 アレク禁断症状による幻覚ではありませんでした。

「遅いですわ」

 まったく……。

 眼鏡を取ったらイケメンって知ってましたわよ。

 美しいユベールさんとは違う、ちょっとヤンチャそうな、利かん坊。口を歪める、意地悪そうな笑顔。

 素直だったはずの子供時代から、たまにこういう顔でわたくしを見つめる時がありました。

 だから、アレクの本当の性格がよく分かりませんでした。

「ちょっと研究棟で色々揉めててね。学長には遅刻の許可を貰っていたんですよ」
「あら? アリスさんは?」

 尋ねた途端、腰に手をやられ、くるんと回されました。

 いつの間にかワルツは、テンポの速いものに変わっていました。

 驚いたことに、わたくしは翻弄されるほど、上手に踊らされていたのです。

「あ、アレクのくせに」

 わたくしは悔しくなって、さらに早くなったテンポについていこうとしました。でも彼の方がどうしてもリードしてしまうんですの。

 よく考えたら、ガリ勉アレク、運動神経だっていいのでしたわ! このままだと恋愛小説に出てくるスパダリじゃないの。

 生意気ですわ、アレクのくせに!

 曲が一旦終わると、わたくしたちは荒く息をしながら見つめ合いました。

 ──よかった。

 アレクとたくさん踊れたわ。

 わたくしに、悔いはありません。


 その時、ダンスを終えたモブ平民一味がやってまいりました。

「アレク! いったいなんで遅刻したんだ?」
「パートナーはどうしたんだよ??」
「お前、すごいまともな格好してるけど、ずっと寝てないんじゃなかったのかよ???」

 アレクは遠くからこちらを見ていた学長や講師たちに会釈して、すがすがしい笑顔で親指を立てました。

 学長たちが目を見張ってそれを受け、両手で拳を握りしめ、ヨッシャーと叫んでおります。

 いったい、なんですの???

 生徒たちも、狂喜している講師陣を何事かと見守ります。ついに教員たちは学長を胴上げし始めました。

 いい大人たちが大騒ぎです。

 楽団も、あまりの騒ぎに演奏を止めております。

 アレクは、わたくしを見て言いました。

「ギリギリ、できあがった。学長から許可を得ていたから、動作確認を終えてすぐ、研究結果を国立中央研究所に転送してきたよ」

 ざわっ、とざわめきが広がりました。

 すげー! と、ご学友たちに肩を叩かれ、次々に労いの言葉をかけられるアレク。

 そうなんですわね、苦労していたアレクの研究論文が、ついに──。

 良かったわ、卒業式までに提出できて。落第しなくて良かったわ!

 わたくしは、そっと後ろに足を引き、下がりました。

 アレクはわたくしが遠のいたことに気づき、いぶかし気に首を傾げます。

「ノエルお嬢様?」
「アレク、お伝えしたいことがあるの」

 わたくしの青春時代の終わりを意味する言葉。

 笑いさざめいていた周囲が、わたくしとアレクの様子に気づき静かになりました。

「アレク、貴方との婚約を解消するわ」
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