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第一章

ヒューバート様からの提案

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 彼はしばらく次の言葉を躊躇い、黙っていました。やがて意を決したように、わたくしを見上げたのです。

「聞いてくれる?」

 もちろん。

 わたくしは期待に胸を膨らませながら、心の準備を整えました。たとえ彼のご両親の葬儀の日であろうと、わたくしはいつだってプロポーズを受ける覚悟が──。

「僕、昔から女性が苦手って言っていたよね」

 わたくしは戸惑いました。

「え……ええ」

 それは存じておりました。ですが、ヒューバート様は表面上そんな素振りなど見せず、全ての女性に平等に優しく接し、社交的に振るまっていたのです。なぜなら、貴公子の中の貴公子だから。

 今あえてそれを持ち出すということは、もしかして……。

 嫌な予感がしました。これって、プロポーズではなく、もしかしてカミングアウトでは?

「それってつまり、男色家という──」
「ああ、違うよ。そうじゃない」

 ヒューバート様は苦笑いなさいました。

「同性に恋愛感情は、持ったことがない」

 私は安堵のあまり泣きそうになりました。良かった。ならば、わたくしヒューバート様と結婚できますわね!

 そこでまた、別の嫌な予感がムクムクと頭をもたげてきました。

「まさか、妹しか愛せないとか」

 ヒューバート様は特にシスコンというわけではございませんが、わたくしの兄クライヴはとんでもなくわたくしを溺愛してくるので、よもやと思ったのです。

「ミラベルを? やめてくれよ気持ち悪い。ついでにクライヴのシスコンも気持ち悪いよ」
「それについては、わたくしも同意いたしますわ」

 可愛がってくれるのは、嬉しいのですが。

 妹が可愛すぎて結婚させたくない? ばっかじゃないの? とミラベルからも突っ込まれておりましたもの。クライヴ兄様とミラベルは犬猿の仲なのです。

「そうじゃなくて、僕って古い血筋の大貴族だろう? しかも長男だ」
「ええ」
「それに──」

 前髪を掻き上げて、アンニュイなため息をつくヒューバート様です。

「容姿端麗、文武両道の美丈夫で、色の混じりあうヘイゼルの瞳がセクシーだって言われている。その上、腹筋はフェンシングの成果で八ブロックに割れているし、何より地代収入は、うちよりも広い領地を持つペンサー公爵家にだって引けを取らない……。みんなから高嶺の令息と言われているだろ?」

 罪な男だよねと、ヒューバート様は呟きました。わたくし、すっかり忘れておりました。

「ヒューバート様、まさかご自分しか愛せないとかいう、アレでござますか?」

 彼はナルシストなのでございます。青ざめているわたくしに、彼はまた苦笑いを見せました。

「違うよ、シンシア」

 それから、すっと笑みを引っ込めます。

「僕はね、物心ついた頃から──まだ四歳くらいから、令嬢たちから狙われていた。おそらく親御さんからけしかけられていたと思うんだけど……お菓子を大量に口に詰め込まれたり、窒息しかけたほどチュウされたり、僕の取りあいで幼女同士が血まみれの殴りあいになったり、ずっと大変だったんだ」
「分かりますわ」

 近くで見てきましたから。わたくし、おそろしくて間に入っていけませんでした。

「今さら、そんな鮫のような令嬢たちの中から結婚相手を見つけろと言われても……」

 深々と息をつくヒューバート様でございます。わたくしはウンウンと同意いたしました。彼の頭を撫でながら。

 大丈夫ですわ、わたくしがおりますから。あと一年ほど待っていただければ、結婚できる年齢ですからね。

「今日の葬儀で僕の親族は、参列した父の知り合いの貴族から、たくさんのお見合い写真を押しつけられたようだ。さすがに葬儀の日に喪主──僕には直接交渉はしなかったけどね……。でも泣いているミラベルにまでだよ? なんだと思っているんだか」

 優しいヒューバート様が、怒りのこもった言葉を吐きました。穏やかな彼にしてはすごく珍しいことです。

 たしかに、両親を亡くして悲しんでいる妹に、兄のお見合い写真を渡すなんて最低ですわ。

「僕はまるで皿に載ったローストビーフさ。これだけ虎視眈々と女性たちから狙われれば、逃げたくなる気持ちも分かってくれるだろうか」

 ええ……まあ。

「そこで相談なんだけど」

 ヒューバート様はわたくしの太腿から頭を浮かせ、本題に入りました。

「シンシア、僕と婚約してくれないか?」
「ええ、もちろ──」
「僕はまだ結婚したくない。シンシア、協力してもらえないだろうか。僕が『特別』な女性を見つけられるまで……いや、せめて妥協できる女性を見つけられるまで、僕の婚約者になっていてくれないかな?」
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