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第一章 ヒロイン視点 悪役令嬢の断罪

3.学校なんか行かなくても

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「リーナちゃん、お水もらえるか?ちょっと酔ってきたみたいだ」

はっと、顔を上げる。
眉尻を下げたカラムが、こっちを見てる。
いけない。私、今、どんな顔してる?

ぐるぐると回る黒い気持ちを抑える。

「はい、かしこまりました!今持ってくるね」


けいごを使って、ちゃんとおしごとできることをアピールする。
そうだ。あんないやなことを思い出して、私の朝が台無しになるなんてごめんだ。
私を一番かわいがって、なでてくれているカラム。カラムには、早い時間にしか会えないんだから。

走らないで、早足で。お水を取りに行く。


料理をしているお父さんとお母さんの近くにある水瓶から、木のコップにお水を移す。

お母さんが、ぽんと頭に手を置いた。
じんわりと、あったかい何かが体のまんなかに広がった。


ここを継ぐしかないのなら、もういっそ一日中ここにいて、料理の勉強でも始めた方がいいんじゃないかな。


学校の成績は、私がいつもトップだ。魔法だって一番できる。
だって全部家で勉強して知ってるから。

本当は剣術だって、裏庭でお父さんに物心ついた頃から鍛えられている。
授業にさえ出られたら、あいつらをまとめて叩きのめすくらいの自信はある。


学校、行かなくて、いいかな。

いつも、お母さんに切り出そうとして、やめる。
それもなんだか、よるのおしごとがいそがしいから学校に来れないのねとか、あの子達は言い出しそうだ。

一生、街を歩くとそんな目で見られるなんて、嫌だ。


大通りのいざかやが何よ。私が何したっていうのよ。うちのお客さんが減らないのは変だなんて、なんでいえるの。関係ないじゃん。


あったかい気持ちと、黒いぐるぐるした気持ちが、戦っている。いけない。今は、学校じゃないんだ。
蓋をしろ。おさえろ。笑うんだ。

お父さんが、お母さんが、悲しむ。うちのお店があんなこと言われてるなんて、知られたら。


「カラム、お水!どうぞ」

ことんと、木のコップを置く。
あ、いけない。お水を汲んだコップをそのまま持ってきてしまった。ひとつのコップを使ってお水をすくってから、もうひとつに移さなかった。

これじゃ、コップが濡れたまま渡すことになっちゃうのに。


そうしたら、私の髪を更にカラムが激しくぐしゃぐしゃにした。
頭がぐらんぐらんする。
ずいぶんと長く、頭をぐしゃぐしゃにしてくる。


カラムの手は温かかった。
気づかれた。たぶん。なにかあったこと。

お客さんをいやな気分にさせるなんて、最低だ。
なにしてるの私。


「なんか困ったことがあったら俺らに言えよ。いつでも悪いやつなんかやっつけてやるんだからな」

にいっと口のはしを上げて、カラムが混じり気のない笑顔を向けてくる。


ふっと、肩の力が抜けた。
黒い気持ちが、すうっと私の奥に押し返される。

ぐるぐるする黒いものは、学校で私を守ってくれるけど。
今は、出てこなくて大丈夫。

私も、にっと笑い返した。


そう。学校には、行かなきゃ。
私は何もわるいこと、してないんだもの。

あんなの、夜のわるい夢だ。
どうせ私には、なんにもできやしない。

私の朝は、今から始まるんだから。


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