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第五章 婚約志望者の秘密

24.そして話し合う

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リーナの家まで追い立てられて、最後は首根っこを掴まれて連れ込まれた。

猫じゃねえんだから。
ああもう、かっこ悪い。

「あら、おかえりなさい」

裏口からは、すぐに厨房に入れる。
エリサさんとディアスさんが、座って野菜の皮むきをしていた。


……こんな夜中にやることじゃないよな、それ。

「わるいやつ、つかまえてきた」

リーナは、ぐいと俺を二人に突き出す。

なんだか俺は、二人と目を合わせられなかった。
俺の失敗も、知られている気がして。恥ずかしくて。
くす、と笑われ、店内のテーブル席を勧められた。


リーナも座る。エリサさんは、水の入ったコップを
二つ、置いてくれた。


「さあ、話しなさいよ。どこに行ってたの。なにしてたの。あのおじさん誰。なんで内緒にしてるの。危なかったんじゃないの」

ぎりぎりぎり。俺の手がテーブルの上できつく握られる。ちょ、折れる!折れるって!!

しかし、どこまで話していいのか。
そっと、エリサさんを見る。こくりと、頷かれた。

しゃべって、いいんだな。


「なあ、リーナ」

「なによ犯罪者」

がくっと力が抜けた。俺じゃねえよそれ。

「あのさ、この話すると、リーナも完全に巻き込まれるんだけど、聞きたい?けっこう大変な秘密なんだ」

「うちの父さんと母さんは英雄だけど、それよりも?」


ぶちまけてきやがったな。

救国の英雄。荒ぶる街の守り神、王都の基礎となる力、闇の精霊を鎮めたという、英雄譚。
その英雄が、エリサさんとディアスさんなんだ。

本当はそこに、俺の親父と母さんも入っているんだけど、王位継承がややこしくなるから秘密だ。

「ほんとはカラムとお母さんもなんだよね?」


あ、知ってたのか。

「いつから聞いてた?」

「こないだの、アリスの会議の時。私がちょっと行って連れ戻そうかってお母さんに言ったら、止められた」

リーナの様子は、アリスが心配、よりも、めんどくさいから片付けちゃおうよ、という雰囲気だ。
こいつ、聞いてたのに多分アリスちゃんの事情、庶子のこととかはわかってないな。実際の父親のところにいるんだ、連れ出すだけじゃ誘拐だ。


「そしたら、お貴族様の事情があるのと、私が目立ったらニムルスやロザリーのことがばれちゃうからって、お母さんに止められたの。その時初めて聞いたよ、それぞれの事情」


おかしいな、とは、思わなくはなかったんだそうだ。
親父は決まった時間にほぼ毎日ごはんを食べに来る。冒険者なら、遠征ばかりしてあまり街にはいられないはずなのに。
俺が妙に強いのも怪しんでた。
まあ、リーナの家と同じようなものは、うちにはあるからな。調理器具や皿だけじゃなくて剣とかもあるけど。


「なんで、はなしてくれなかったの」

……巻き込みたくなかったからだ。


「はなしてって、いったよね」

リーナを守る自信が、なかったんだよ。

「ニムルスさぁ、私に勝てると思ってんの?」

思ってない。だから、そうじゃなくて。

「じゃあ、信用ないんだ。そんなにニコニコしながら、こ、こんやく、してもいいって、いいながら、信じて、ないんだ」

いや、違う。俺が、悪くて


ぽた、ぽた。雫が、リーナの膝に落ちる。

「信じて、ないんだ」

違う。違う違う!!


俺は、気がつけば席を立って、リーナを抱きしめていた。

「ちがうんだ。自信が、なかったんだよ。今日の初仕事だって、大失敗だ。俺は、リーナを巻き込んでもちゃんと守る自信が、まだないんだ。ちがうよ。信じてないわけじゃない」


一生懸命に話した。でも、手の中のいきものはひっく、ひっくと声を上げて泣き止まない。

「あんたなんかに……ひっく……守られなきゃなんないなんてこと……ひっく……ないのにぃ」

うええと勢いを増すリーナの涙を、俺は肩口で受け止めていた。服がしっとりしてくる。


「うん、ごめん、俺が、弱いとこ、見せたくなかったんだ」


リーナを守れない。自分で対処しないといけない危険に放り込むかもしれない。

なにも知らなければ、そんなことにはならないかもと思っていたけど。

ごめん。そんなに、気にしてたんだ。


「まだ、リーナを守るくらい強くないけど、頑張るから。だから、まってて」

ぎゅっと、力を込める。ほんとうの、きもち。

 


でも、リーナはやっぱり、リーナだった。

がばっと起き上がって、涙でぐちゃぐちゃの、潤んだ瞳が真っ直ぐにこっちを向いた。


「待たない!なんで守られなきゃなんないのよ。むしろ私があんたを守るのよ。わかった!?」


ばん、と、叩かれたとても頑丈なはずのテーブルは、ぱっかりと真っ二つに割れた。

……うわぁ。このテーブル、触った本人の力に合わせて頑丈になるやつだよな。どうやったそれ。


はいはいはい、そこまで、と、エリサさんに止められて、二人で頭を撫でられた。


……はぁ。待ってはくれなそうだ。巻き込むしかないよな。


ぐぬぬぬ、と泣きながら口をへの字にしているリーナの顔には、くっきりとうめぼしができていた。
ロザリーそっくりだ。

ロザリーには、あんなに嫌なことされたのに。
一緒に働いて、ちょっと嫌味を言うだけで。リーナは結局ロザリーを鍛え上げている。今では数人程度の奇襲なら、ロザリーは余裕で乗り切るだろう。


リーナは自覚していないと思う。
俺にはない、まっすぐな、なんだかとてもきれいな力。それに巻き込まれて変わっていくものを、確かに俺は感じている。


ぐしゃぐしゃの最高にかわいらしいその顔を見て、俺はもっと強くならなきゃって、思った。
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