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第五章 婚約志望者の秘密
23.初仕事 12 帰還
しおりを挟むおじさんが椅子に座り、親父とダルクは並んで反対側の壁に寄りかかる。狭い部屋に椅子は一つしかなく、座るスペースがない。
「お前は帰ってろ。後で説教な」
親父がくいと窓を示す。屋根伝いに帰れってことらしい。
……説教か。ああ、失敗だったもんな。
クロが、俺の肩に乗ってきた。あ、屋根の上に連れて行って欲しいのか?まあ、降りたい時に降りるだろう。
窓から身を乗り出し、周囲を見渡す。誰もいないことを確認して、窓枠に足を乗せて、飛び上がり屋根を掴む。
よじ登ろうとするときに、俺がいた場所に座る親父とダルクが見えた。おい、座りたかっただけかよ。
ため息を吐きながら、屋根に登る。
そこには、一人、人がいた。
月明かりを背に、さらさらと揺れる髪。小さな顔。
「……リーナ」
屋根は、緩い三角形だ。てっぺんにいるリーナのところに、俺は歩いて行った。
クロは、俺の肩から降りてリーナの足元に行く。
「ねえ、なに、してるの」
……ん?
「なに、してたの」
俯いていたリーナの表情は、見えない。
「なんで、こんなとこにいたの」
えーっと、何から話そうか。
「なんで、こたえないの」
あ、いやその。これには訳が
「しつもんに、こたえて。でないと」
あ、ちょっと、まっ
こつ。
リーナの手が俺に触れた瞬間、風が吹いた。
視界がぐるりと廻る。
俺は隣の家の屋根に吹き飛ばされた。
いや、ちょっと、まずいって。周りのやつらに気づかれたら!
「わかった!わかった話すから!!落ち着けって!!」
リーナは、とっ、と、静かなひと蹴りで俺に肉薄する。
うわ、ほんとにまずいって!国王いるんだぞ国王!ばれたらどうすんだ!!
俺は、必死に逃げた。
とりあえず、エリサさんとディアスさんのところに行かないと。リーナがどこまで聞いてるのかわからない。
くすくす笑いながら、リーナは風を切って俺に肉薄してくる。やばい、あれ最大級に怒ってる。
ぶわっと風が吹いて飛ばされ、着地点にはすぐに追いついてくる。
ぎりぎり手加減されてる。そう感じるには充分だった。
大きな緑色の瞳が、月明かりを反射してぎらりと輝いた。その鋭い目と素早い身のこなしは、なんだか猫みたいだ。
屋根を蹴る音もほとんどしない。一体どうやって。
俺なんかよりよっぽど、この仕事に向いていそうだ。
巻き込んでしまうと思ったけど、これ、そうなっても全然問題ないんじゃないか?
……やっぱり、面白いな。こんなに強いのに、ふつうに生きようとしてるんだ、こいつは。
いけないのかもしれないけど。
全部、話してみたくなった。
なあ。そんなに強いのに、周りと全然違うのに。
ひとりぼっちな気分には、ならないのか?
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