ヤバい男に捕まった

喜楽直人

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「ホラな! 詐欺なんかじゃないんだっつーの!」
 明らかにホッとした様子を見せつつ、健司は虚勢を張って声を主張した。

「『結婚したら同じ財布になるんだから』って言われて。それで」
「そうですか。では、健司さんは婚約破棄の慰謝料に加えて、ここと、もしかしたら他にもあるかもしれない莉子さんに立て替えさせた総額をきちんと支払って下さい。あぁ、法定金利もきちんと乗せて下さいね」
「はぁ?!」
「当たり前です。この立替については、2人が婚約関係にあったからこそ行われたものです。その前提条件を壊したのはあなただ。法に基づいてきちんと返して当然でしょう」

 健司が莉子のカードに頼るようになって半年。週に最低1回、最近は2,3回に増えていた。つまり総額はかなりの纏まった額になっている筈だ。

「そんなの。借用書もない借りた金のことなんか、知らねーって」

 健司が視線を逸らした。

 増えていく一方のカードの支払い額に脅え、「少しだけでも立て替えた金額の埋め合わせをして欲しい」と健司に申し出たのは先月だ。
 その時に言われたのが、「結婚したら同じ財布を使うんだし」という言葉だった。
 その意味するところを、莉子は間違えて解釈した。

 さきほどの「借用書のない借りた金など知らねーって」という健司の言葉は、莉子の微かに残っていた健司への気持ちを、完膚なきまでに叩き壊した。

 彼は莉子を、婚約者ではなく、いいように使える財布代わりとでも思っていたのだろう。
 名ばかりの婚約者に据えておけば好きなだけ金を使わせてくれる筈だった相手が、形だけでも逆らったことに、気を悪くしたのだ。

 莉子を完全に馬鹿にした婚約破棄はきっと、惨めな女が金を返せと怒鳴り込んでくることなど考えられなくするために行われたのだ。
 プライドを叩き潰して、逆らえ無くする為に。


「そうですか。ではやはり、この店の主人へ健司さんが与えた許可も、無効ということに」
 八幡はそこまで言って、ちろりと視線を店のオヤジへと移した。
「健司っ! おまえ、俺の店を潰す気か!」
「だって、そんな金、俺ないよ」

「あはは。無銭飲食の告白ですか。面白いですね」
 冷たく笑う八幡へ、健司と店のオヤジが恨みを込めた視線を送る。
 しかし、八幡という男は、まったく歯牙にも掛けることはなかった。


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