ヤバい男に捕まった

喜楽直人

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「ところで莉子さん、健司さんの飲食費を建て替えた際に、この店からクレジット売上表お客様控えを貰っていますか? ピンク色か黄色をした、レシートみたいなものです」

 少し考えて、記憶になかったので首を横に振った。
 確かに他の店舗でカード払いにした時は貰うけれど、この店では酔っぱらった健司を車へと連れて帰ることばかり頭にあったこともあって記憶にない。
 そういえば、家に帰ってから見つけたこともなかった。

「そうですか。その時点で、詐欺を疑われても仕方がないですよね。お客に利用伝票を渡さずに何度も勝手に決裁を行なうなど。違法な行為だ」

 店はカードで決済を行う際に、きちんと客に対して引き落とし金額に対して同意を取ることになっているし、売上票を手渡すことになっている。

「利用状況について、カード会社に問い合わせて、この店だけじゃなく、莉子さんの身に覚えのない引き落としがないか全部精査させて頂きます」

「金を、健司が支払えば、俺の店は助けて貰えるのか」

 それに八幡は答えようとはしなかった。ただ微笑んでみせただけだ。

 実際に、莉子が立て替えた総額を算出する為にも、莉子の家に明細はあると思うが、八幡はカード会社へ問い合わせをするつもりだった。
 
 どういった状況で確認が必要になったのかを説明する際に、どこまで説明するのかは、相手次第というところがある。

 そうして今のところ、八幡には莉子に敵対する相手全方位に対して一切情状酌量を行なうつもりはなかった。

「逃げてもいいですけど、民事での示談が成立してからする詐欺事件の告訴と、示談交渉が決裂した挙句に逃亡し何の保障もしなかったという告訴では、当然ですけど科せられる罰は全然重さが変わってきますからね」

 健司も店のオヤジも心愛だけではなく、できるだけ空気に徹していたその他の客たちも、全員莉子を囃し立てていた時とはまるで別人だ。皆、青い顔をしていた。

 そんな彼らに「どちらでもお好きにお選びください」と八幡は笑いかけた。

「では、伝えたいことは全部伝えましたし、こんな場所からは一刻も早く去るのが一番ですね」

 そういって、恋人繋ぎしていた莉子の手にキスを落すと、「失礼」と抱き上げた。

「きゃあ」

 まさか、この歳になってお姫様だっこをされるとは思わなかった。
 視線が高い。はじめてきちんと見た八幡真弦という男の背は、莉子よりずっと高くて、鍛えているのかがっしりしていた。

 けれど、莉子を見つめる瞳はやわらかく蕩けている。

「大丈夫。僕はあなたを悲しませたりしません」

 足先はゆらゆらと揺れるし不安定な姿勢だと思えるのに、この腕の中ならと安心できると感じる。

 そうして八幡が私を店の外へと連れ出そうとして、弛んだ彼らの空気を再び一変凍り付かせた。 

「あぁ、そうそう。好き勝手に撮影していた莉子さんの泣き顔をSNSなどインターネットに晒すようなことがあったら徹底的に追い詰めますから。覚悟してくださいね。それがお嫌でしたら、万が一でも間違いが起こらないよう今すぐデータを削除してくださいね」

 慌てて店内のアチコチからスマホを取り出して操作する音が聞こえてきた。
 焦りすぎたのか、スマホを酒の中に落としただの、間違えて全データを削除したと叫ぶ声まであって阿鼻叫喚だ。

 罵り合う声を背に、莉子は今度こそ八幡真弦という男に、夜の街へと連れ出された。



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