9 / 11
9.
しおりを挟む
「ところで莉子さん、健司さんの飲食費を建て替えた際に、この店からクレジット売上表お客様控えを貰っていますか? ピンク色か黄色をした、レシートみたいなものです」
少し考えて、記憶になかったので首を横に振った。
確かに他の店舗でカード払いにした時は貰うけれど、この店では酔っぱらった健司を車へと連れて帰ることばかり頭にあったこともあって記憶にない。
そういえば、家に帰ってから見つけたこともなかった。
「そうですか。その時点で、詐欺を疑われても仕方がないですよね。お客に利用伝票を渡さずに何度も勝手に決裁を行なうなど。違法な行為だ」
店はカードで決済を行う際に、きちんと客に対して引き落とし金額に対して同意を取ることになっているし、売上票を手渡すことになっている。
「利用状況について、カード会社に問い合わせて、この店だけじゃなく、莉子さんの身に覚えのない引き落としがないか全部精査させて頂きます」
「金を、健司が支払えば、俺の店は助けて貰えるのか」
それに八幡は答えようとはしなかった。ただ微笑んでみせただけだ。
実際に、莉子が立て替えた総額を算出する為にも、莉子の家に明細はあると思うが、八幡はカード会社へ問い合わせをするつもりだった。
どういった状況で確認が必要になったのかを説明する際に、どこまで説明するのかは、相手次第というところがある。
そうして今のところ、八幡には莉子に敵対する相手全方位に対して一切情状酌量を行なうつもりはなかった。
「逃げてもいいですけど、民事での示談が成立してからする詐欺事件の告訴と、示談交渉が決裂した挙句に逃亡し何の保障もしなかったという告訴では、当然ですけど科せられる罰は全然重さが変わってきますからね」
健司も店のオヤジも心愛だけではなく、できるだけ空気に徹していたその他の客たちも、全員莉子を囃し立てていた時とはまるで別人だ。皆、青い顔をしていた。
そんな彼らに「どちらでもお好きにお選びください」と八幡は笑いかけた。
「では、伝えたいことは全部伝えましたし、こんな場所からは一刻も早く去るのが一番ですね」
そういって、恋人繋ぎしていた莉子の手にキスを落すと、「失礼」と抱き上げた。
「きゃあ」
まさか、この歳になってお姫様だっこをされるとは思わなかった。
視線が高い。はじめてきちんと見た八幡真弦という男の背は、莉子よりずっと高くて、鍛えているのかがっしりしていた。
けれど、莉子を見つめる瞳はやわらかく蕩けている。
「大丈夫。僕はあなたを悲しませたりしません」
足先はゆらゆらと揺れるし不安定な姿勢だと思えるのに、この腕の中ならと安心できると感じる。
そうして八幡が私を店の外へと連れ出そうとして、弛んだ彼らの空気を再び一変凍り付かせた。
「あぁ、そうそう。好き勝手に撮影していた莉子さんの泣き顔をSNSなどインターネットに晒すようなことがあったら徹底的に追い詰めますから。覚悟してくださいね。それがお嫌でしたら、万が一でも間違いが起こらないよう今すぐデータを削除してくださいね」
慌てて店内のアチコチからスマホを取り出して操作する音が聞こえてきた。
焦りすぎたのか、スマホを酒の中に落としただの、間違えて全データを削除したと叫ぶ声まであって阿鼻叫喚だ。
罵り合う声を背に、莉子は今度こそ八幡真弦という男に、夜の街へと連れ出された。
少し考えて、記憶になかったので首を横に振った。
確かに他の店舗でカード払いにした時は貰うけれど、この店では酔っぱらった健司を車へと連れて帰ることばかり頭にあったこともあって記憶にない。
そういえば、家に帰ってから見つけたこともなかった。
「そうですか。その時点で、詐欺を疑われても仕方がないですよね。お客に利用伝票を渡さずに何度も勝手に決裁を行なうなど。違法な行為だ」
店はカードで決済を行う際に、きちんと客に対して引き落とし金額に対して同意を取ることになっているし、売上票を手渡すことになっている。
「利用状況について、カード会社に問い合わせて、この店だけじゃなく、莉子さんの身に覚えのない引き落としがないか全部精査させて頂きます」
「金を、健司が支払えば、俺の店は助けて貰えるのか」
それに八幡は答えようとはしなかった。ただ微笑んでみせただけだ。
実際に、莉子が立て替えた総額を算出する為にも、莉子の家に明細はあると思うが、八幡はカード会社へ問い合わせをするつもりだった。
どういった状況で確認が必要になったのかを説明する際に、どこまで説明するのかは、相手次第というところがある。
そうして今のところ、八幡には莉子に敵対する相手全方位に対して一切情状酌量を行なうつもりはなかった。
「逃げてもいいですけど、民事での示談が成立してからする詐欺事件の告訴と、示談交渉が決裂した挙句に逃亡し何の保障もしなかったという告訴では、当然ですけど科せられる罰は全然重さが変わってきますからね」
健司も店のオヤジも心愛だけではなく、できるだけ空気に徹していたその他の客たちも、全員莉子を囃し立てていた時とはまるで別人だ。皆、青い顔をしていた。
そんな彼らに「どちらでもお好きにお選びください」と八幡は笑いかけた。
「では、伝えたいことは全部伝えましたし、こんな場所からは一刻も早く去るのが一番ですね」
そういって、恋人繋ぎしていた莉子の手にキスを落すと、「失礼」と抱き上げた。
「きゃあ」
まさか、この歳になってお姫様だっこをされるとは思わなかった。
視線が高い。はじめてきちんと見た八幡真弦という男の背は、莉子よりずっと高くて、鍛えているのかがっしりしていた。
けれど、莉子を見つめる瞳はやわらかく蕩けている。
「大丈夫。僕はあなたを悲しませたりしません」
足先はゆらゆらと揺れるし不安定な姿勢だと思えるのに、この腕の中ならと安心できると感じる。
そうして八幡が私を店の外へと連れ出そうとして、弛んだ彼らの空気を再び一変凍り付かせた。
「あぁ、そうそう。好き勝手に撮影していた莉子さんの泣き顔をSNSなどインターネットに晒すようなことがあったら徹底的に追い詰めますから。覚悟してくださいね。それがお嫌でしたら、万が一でも間違いが起こらないよう今すぐデータを削除してくださいね」
慌てて店内のアチコチからスマホを取り出して操作する音が聞こえてきた。
焦りすぎたのか、スマホを酒の中に落としただの、間違えて全データを削除したと叫ぶ声まであって阿鼻叫喚だ。
罵り合う声を背に、莉子は今度こそ八幡真弦という男に、夜の街へと連れ出された。
46
あなたにおすすめの小説
あなたのことなんて、もうどうでもいいです
もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。
元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
真実の愛がどうなろうと関係ありません。
希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令息サディアスはメイドのリディと恋に落ちた。
婚約者であった伯爵令嬢フェルネは無残にも婚約を解消されてしまう。
「僕はリディと真実の愛を貫く。誰にも邪魔はさせない!」
サディアスの両親エヴァンズ伯爵夫妻は激怒し、息子を勘当、追放する。
それもそのはずで、フェルネは王家の血を引く名門貴族パートランド伯爵家の一人娘だった。
サディアスからの一方的な婚約解消は決して許されない裏切りだったのだ。
一ヶ月後、愛を信じないフェルネに新たな求婚者が現れる。
若きバラクロフ侯爵レジナルド。
「あら、あなたも真実の愛を実らせようって仰いますの?」
フェルネの曾祖母シャーリンとレジナルドの祖父アルフォンス卿には悲恋の歴史がある。
「子孫の我々が結婚しようと関係ない。聡明な妻が欲しいだけだ」
互いに塩対応だったはずが、気づくとクーデレ夫婦になっていたフェルネとレジナルド。
その頃、真実の愛を貫いたはずのサディアスは……
(予定より長くなってしまった為、完結に伴い短編→長編に変更しました)
愚者による愚行と愚策の結果……《完結》
アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。
それが転落の始まり……ではなかった。
本当の愚者は誰だったのか。
誰を相手にしていたのか。
後悔は……してもし足りない。
全13話
☆他社でも公開します
9時から5時まで悪役令嬢
西野和歌
恋愛
「お前は動くとロクな事をしない、だからお前は悪役令嬢なのだ」
婚約者である第二王子リカルド殿下にそう言われた私は決意した。
ならば私は願い通りに動くのをやめよう。
学園に登校した朝九時から下校の夕方五時まで
昼休憩の一時間を除いて私は椅子から動く事を一切禁止した。
さあ望むとおりにして差し上げました。あとは王子の自由です。
どうぞ自らがヒロインだと名乗る彼女たちと仲良くして下さい。
卒業パーティーもご自身でおっしゃった通りに、彼女たちから選ぶといいですよ?
なのにどうして私を部屋から出そうとするんですか?
嫌です、私は初めて自分のためだけの自由の時間を手に入れたんです。
今まで通り、全てあなたの願い通りなのに何が不満なのか私は知りません。
冷めた伯爵令嬢と逆襲された王子の話。
☆別サイトにも掲載しています。
※感想より続編リクエストがありましたので、突貫工事並みですが、留学編を追加しました。
これにて完結です。沢山の皆さまに感謝致します。
婚約破棄、別れた二人の結末
四季
恋愛
学園一優秀と言われていたエレナ・アイベルン。
その婚約者であったアソンダソン。
婚約していた二人だが、正式に結ばれることはなく、まったく別の道を歩むこととなる……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる