苺のクリームケーキを食べるあなた

喜楽直人

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本編

第四話 冷めきったパスタ

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 何故、サリは自分が落ち込んでいるのか分からなかった。

 突然沈んでしまった気持ちを悟られないように、サリは視線を伸びきったパスタに向け、それをフォークで突っついた。何故だかいつもなら旺盛なはずの食欲が失せている。

 多分、あれだ。楽しみにしていた苺が奪われてしまったせいだ。

 ガブリ。

 皿にへばりつくように残されていたクリームケーキの残骸を、サリは一気に口へと掻き込んだ。その瞬間、クリームが喉の奥にへばりついて気道を塞ぐ。

「グッ。み、みず……」

 食欲が失せていたのに強引にクリームを喉に送り込んだせいだろうか。
 生クリームだとばかり思っていたが、どうやらバタークリームであったそれは簡単には喉の奥へと流れて行かず、喉奥に居座ってサリを苦しめる。

(あぁ、この軽い舌触り。全卵を使った昔ながらのバタークリームではなくて、メレンゲを使った最近流行り出したバタークリームなのね。白いから見間違えてしまったわ。でもそうよね、苺を落とさない保型性の良さは……うう、苦しい)

 砂糖を煮詰めて作ったシロップを混ぜ込みながら慎重に泡立てた卵白を、バターと混ぜて作るこの新しい製法のバタークリームが、すでに学園の食堂で供されているという情報を商会に伝えるまでは死ねない――。

 息も絶え絶えに胸を叩いて咽こんだサリは、水を求めて反対側の手を彷徨わせた。

 そこに冷たい水の入ったコップを手渡され、慌てて飲み干す。

「はぁ、ありがとう、エブリン。あなたは私の命の恩人よ。お陰で全方位に向けてクリームを放射しないで済んだわ」


「それは何より。だが、僕はエブリンなどという可愛らしい名前ではない。それから、あまり大きな声で下世話な会話をしないように。ここは勉学を究める学徒の園であって、くちさがないご令嬢方の暇をつぶす為のサロンではないのだからね」

 冷めた視線が、サリを見下ろしている。
 目の前に立っているのは、とても大きくて、そうしてやっぱり素晴らしく仕立てのいいスーツを着た男性だった。

「……“サー・クリームケー」
 その名を最後まで呟き切る前に、ギロリと睨まれて、サリは目を白黒させた。
 頬骨の高いプライドの高そうな顔は、そうしているとより一層貴族的で、冷たく見えた。

(図書館では、少しは優し気に見えたのに)

 そんなことが頭を過る。しかし、そんな馬鹿な最初から最後まで冷たくて嫌な物言いをする失礼な人だったわ、と取り消しつつ、サリは慌てて立ち上がって淑女の礼を取った。

「失礼致しました。“教授プロフェッサー”」

 腰を落として許しを待つサリに、目の前の教授がニヤリと笑った気配がする。

「准男爵家とはいえ、貴族籍にあるものしか入れないこの学園の生徒として恥ずかしくない言行動を心掛けるように。いいね、サリ・ヴォーン。そして、エブリン・オーレリア」

「え、私の名前も?!」

 ガタン、と慌てて席を立ったエブリンのスカートを、横に座っていたクラスメイトが抓んで引っ張る。そのファインプレーによって正気を取り戻した様子のエブリンも、慌てて淑女の礼を取った。

「オーレリア副団長には個人的にお世話になっている。しかしだからといってこの学園の教授として、一生徒である君の生活態度に目を瞑る訳にはいかない。増して君達二人は高等部の最終学年。二度目は注意では済まない。以後は気を付けなさい」

 厳然たる態度と言葉で、ふたりの会話について諫められた。
 サリは先ほどまでの自分がどのような様をこの人の目の前で晒していたのかと震えあがった。

「ハイ。ご配慮ありがとうございます。身を慎み、省みることに致します」

 対して、エブリンはあっさりと謝意を述べて教授の首肯を得ていた。
 今ほど、貴族同士の会話の妙を身に着けているクラスメイトが妬ましいと思ったことは無かった。


 結局、教授プロフェッサーは最後までサリに赦しを与えることなく、その足を優雅に動かして音も少ないまま立ち去って行った。




 教授の姿がすっかり食堂から出て行ったことを確認した周囲のクラスメイト達は、わぁっとサリを取り囲み、“サー・クリームケーキ”との関係について言葉強めに問い詰めてきた。
 熱く問い掛けてくる周囲に対して、サリは「図書室で、高い所にある本を取って貰ったことがあるの」と言葉少なく冷静に説明すると、皆、不躾にサリの頭へと視線を向けて、あっさりと納得して席へと戻っていった。

「なによ、失礼しちゃうわね。サリだって三段目までは自力で、四段目だって踏み台を使えば普通に本を選べるっていうのよ。ねぇ?」
「……四段目だって、手は届くわ」

 手……いいや、指は届いた。
 けれど、そこに入っていた本を取ってくれたのは、教授プロフェッサーだった。

「あら。目一杯背伸びして、指が届くだけじゃなかったのね!」
 エブリンの言葉に、周囲がどっと囃し立てる。これはいつものことだ。そうして私はそれに、わざとらしく憤慨してみせなくてはいけない。

 けれど、いつもの事の筈のエブリンのからかいの言葉に、サリはいつものようにやり返すことができなかった。



 サリの前に置かれたパスタは、もうすっかり冷えて固まって、食べられる物ではなくなっていた。




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