苺のクリームケーキを食べるあなた

喜楽直人

文字の大きさ
5 / 50
本編

第五話 シンプルパウンドケーキ

しおりを挟む

 

 その週末も、サリはいつものように父の商会で書類仕事の手伝いをする為に寮から実家へ帰っていた。
 昼過ぎに今日のノルマとして渡されていた書類の清書を仕上げると、笑顔の父親から「上がっていい」と言われたのだ。
「前回はちょっと遅くまで突き合わせすぎてしまったからね。今日は早めに上がるといい」
 そう言われて、サリは喜んで実家を出た。
 前回は、相手の癖字を判読するのに時間が掛かってしまって門限ギリギリになってしまったのだ。
「そうだ。ちょっといいお土産を買って帰ることにしましょう」
 サリは、遠方にある為実家に帰ることもできず寮で過ごしているクラスメイト達へ何か特別なお土産でも買って帰ることにしようと思い付き、サリに取って特別なとっておきを買う事にした。

 なによりも、今日のサリには時間だけでなく予算という面でも余裕がある。
「仕事の報酬はキチンと払うよ。見習い価格だけれどね」
 毎回ウインクしながら支払われる賃金だが、先々月に受けた資格試験に合格することができたので、今回からちょっぴりではあるが給金が上がっていたのだ。

「前回は何も買って帰れなかったもの。その分も残っているから、今日は奮発しちゃいましょう」

 いつもは下町で売っている、数だけはたっぷり入っているシンプルな飴や焼き菓子など、安くて数がいっぱい入っているものを選んで買って帰っているのだが、今日はなんとなくお祝い気分もあって贅沢をしてみたくなったのだ。

 そこで、サリは父の商会が経営しているカフェに向かうことにした。
 季節の果物を使った華やかなデザートとそれに合わせて各種取り揃えた紅茶を楽しめるお店だが、店内飲食だけでなく持ち帰り用の売り場もある。
 さすがにその店の新作ケーキを人数分というのは無理でもパウンドケーキを買うことはできる。一番シンプルなものにはなるが、それでも人数分に切り分けてひと口ずつでも皆でお喋りしながらなら楽しく食べることができるだろう。

「いらっしゃいませ。あら、サリお嬢様、表からお入りということは本日はお客様ですか?」
 店長のハンナが笑顔で挨拶してくれるのに「そうなの。お給料で寮にお土産を買っていこうと思って」と返せば、「では本日最も高額な商品を……」とノリノリで返された。
「いやね。見習いのお給金が、そんな高額な訳ないでしょう? パウンドケーキを1本。一番安いのを下さい。リボンも箱も要らないわ。どうせすぐ食べちゃうし。紙で包んで下さいな」
「ハイ。お買い上げありがとうございます。ただいまお包み致しますので少々お待ちくださいませ」
「ありがとう」
 サリは気心の知れた店長とお約束のやりとりを交わすと、包装を待つ間に店内を見回した。

 隅々まで掃除が行き届いていることを確かめ、商品ディスプレイなどに一切の乱れがないことを確認してひとり愉悦を感じる。

 商品として置かれている物はケーキだけではない。
 ケーキと一緒にプレゼントできるような刺繍入りのハンカチや小さなアクセサリーにリボン。そして国内各地から運ばれてきたお酒。果物。お酒と果物に関してはこのカフェでケーキを作る為にも使用されている。
 ケーキの味を気に入ったなら、それらを一緒に買って帰るのだ。
 贈り物としても、女性陣へは甘い物を、男性陣へは酒を一緒に贈ることができると評判だった。統一感のある箱に丁寧に納めれば、受け取る側にも家族みんなへの贈り物だと喜んで貰えることになる。

 つまり、王都の商業地内でも一等地に立つこのカフェは、ヴォーン商会の情報発信の場であり流行の穂口を掴むアンテナのようなものでもあるのだ。
 この店で最も売れる物が、王都の流行を作っていく。
 店が売りたいと思ってもそれが売れるとは限らない。
 売れないものでも商会のポリシーとして仕入れを切ったりしないが、売れるならば最大限に売り込んでいく。それがサリの実家であるヴォーン商会である。


 カフェなので、店の中では持ち帰る事の出来ない限定品や作りたてのケーキを紅茶と一緒に楽しめるとあって、午後のこの時間は結構な客入りがある。その盛況を背中で感じながら、サリはディスプレイに並べられた新作の美しいストールを眺め、うっとりしながら『沢山売れますように』と祈りを込めていると、不意に視界が暗くなった。

「ふむ。商会長の娘というものは、まるで自分こそがこの店のオーナーであるかのように店にいるのだな。それとも店の売り物は自分の物だとでも思っているのか」
 余りに失礼な物言いに、サリは憤慨して振り向いた。

 背の低い自分の視線の先には、美しい刺繍が施された織物だけが映っている。
 そろそろと見上げれば、冷たい瞳がサリを見下ろしていた。

教授プロフェッサー

 キーンと耳の後ろで金属音が鳴り響き、サリは視界が昏くなっていくような不快さを、ごくりと唾を飲み込んでやり過ごした。

 何か言わなくてはと焦るものの、不思議と舌が縺れて言葉が出ない。

「ふん。言い訳もなしか。事実でしかないならば、それも当然が」

 つまらなそうに呟くと、教授はくるりと身体を翻し、姿勢よく出口へと歩き出した。

 サリの膝が、ガクガクと震え出してそのまましゃがみ込みそうになった。けれどここで倒れてしまえば、大騒ぎになるだろう。そうすれば店に迷惑が掛かってしまうと思って、なんとか震える膝に力を入れて耐えた。

 運よくなのか、非道な言葉を口にすることを誰にも知られたくないと教授も気を配ったのか、サリと教授の他には誰も近くにいなかった。
 先ほどの教授の失礼な物言いは、他の客には聞かれていないだろう。
 傍に誰もいなくてよかったと、ホッとする。

 あれは間違いなく、伯爵からのヴォーン商会もしくはサリ自身への中傷だ。

 吹けば飛ぶような一代爵でしかない成り立て准男爵家が運営する商会が、英雄と名高い魔法使いウィザードアーベル=シーラン伯爵から批難を受けたなど、たとえそれが事実無根の中傷でしかなかろうとスキャンダルでしかない。

 悔しいが、王都に住むすべての人間における信頼度が違う。

 先ほどは、あまりにもサリにとって教授が口にした批難の内容が慮外すぎて、頭の中で言葉として構築するのに時間が掛かり過ぎてしまったせいで反論すらできなかった。

「次に会った時には、きちんと説明できるかしら。ううん、ちゃんと分かってもらわなくては。だって私個人だけの話ではないもの」

 あれは、ヴォーン商会自体への中傷と成り得る。
 商会を私物化する家族がいるなど、明朗会計を謳っているヴォーン商会にとって恥辱でしかない。

 ぎゅっと、両手を握り締め、次に顔を合せた時には必ず釈明をしてみせるのだと心に誓う。

 けれど、そんな決意を横にして、サリは、あの冷たい瞳に見下ろされていると普段の自分が自負しているような働き者で真面目で博識な自分とはまったく違う、小さくて愚かなもうひとりのサリになった気がしてしまうようだった。

 苦手だ。思えば、最初の出会いからしていけない。

 サリはできることなら、もう二度とあの冷たい瞳で見下ろされることがないよう祈った。


「お待たせいたしました。パウンドケーキの準備が出来ました」
「……ありがとう」

 にこやかに笑う店長から差し出されたそれを受け取る。

 まだほのかに温かいパウンドケーキの包み紙を胸に抱いて、サリは足早に、逃げるようにして学園の寮への道を歩いていった。





しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

王子様と過ごした90日間。

秋野 林檎 
恋愛
男しか爵位を受け継げないために、侯爵令嬢のロザリーは、男と女の双子ということにして、一人二役をやってどうにか侯爵家を守っていた。18歳になり、騎士団に入隊しなければならなくなった時、憧れていた第二王子付きに任命されたが、だが第二王子は90日後・・隣国の王女と結婚する。 女として、密かに王子に恋をし…。男として、体を張って王子を守るロザリー。 そんなロザリーに王子は惹かれて行くが… 本篇、番外編(結婚までの7日間 Lucian & Rosalie)完結です。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

恋は、やさしく

美凪ましろ
恋愛
失恋したばかりの彼女はひょんなことから新橋の街中で上司にお姫様抱っこされ……!? ――俺様な美形上司と彼女とのじんわりとした恋物語。 性描写の入る章には*マークをつけています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...