苺のクリームケーキを食べるあなた

喜楽直人

文字の大きさ
39 / 50
本編

第三十八話 王太子は断罪する

しおりを挟む



「私自身に対しては、さきほど掴みかかってきただけだ。だが、それ以上に許せない事をしていたんだ、彼女と、そしてなにより、君の姉君の婚約者がね」

 王太子から突然見つめられて、サリは声も出ないほど驚いた。
 しかし、それ以上に教授が驚いていた。

「殿下、何を言われるんですか! あなたは私の味方なのではないですか」

 焦って立ち上がると、サリの目の前で王太子殿下となにやら揉めだした。

「何故私がお前の様なボンクラ男の味方をせねばならんのだ、フリッツ。大体、王太子たる私の側近であるにも関わらず、この国の経済を支えている組織についてまったく知らないとはどういうことだ」

 目を細めた王太子から睨まれて、教授が言葉に詰まっている。
 いつも冷静沈着で居丈高な教授が、王太子の言葉ひとつで赤くなったり白くなったりと顔色を変えていく様は、サリだけでなく参列者の誰にとってもあまり見た事の無い情景だ。

「確かに、お前には国民の健康を守るという重要な使命がある。だが、だからといってたかが女の甘言を鵜呑みにして情報を錯誤したまま吹聴して回るとは。情けない」

 両てのひらを天へと向け、肩を竦めてみせる。芝居じみたポーズでフリッツを甚振りに掛かる王太子は、なにやらとても楽しそうだった。

 いや、楽しそうに見えたのはそこまでだった。

 表情が一瞬で引き締まり、王太子の話す声のトーンが一段下がる。

「お前がくだらない女の嘘を見抜けずあっさりと信じ込んだせいで、我が国の宿願であったヴォーン家に爵位を与えて国に縛り付けるという陛下の肝いりであった案件まで台無しになる寸前となったのだぞ。文官が気が付いて良かった。一代爵である准男爵位の返還に関する申請書にはまったく不備がなかったものだから、受付たのがお前並みの判断力しかないような文官であったならそのまま受理してしまうところであったわ。どうしてくれるんだ、この国からヴォーン商会が丸々隣国へ引っ越してしまっていたら。どれだけの損害をこの国へ与えると思っているんだ」

 その言葉に、教授は大きなショックを受けたようだった。
 サリへと振り返り、問い詰めた。

「君は、僕と結婚が嫌で、隣国へ出国するつもりだったのか。それほど、僕が嫌だったのか」

 会話の筋を無視する教授の態度に苛立ったのか、王太子が声を荒げた。

「おい、聞いていたのか。私はこの国への損失に関して話を……おい、フリッツ」

 しかし肩を抑えて振り向かせ様にも、フリッツはじっと答えを返そうとしないサリを見つめたままだ。

「……」

「僕を一生、赦すつもりはないのか。受け入れる余裕はこれっぽっちも、まったくないのか。確かに、僕はそう言われても仕方がないことをした。赦される筈もない。それだけのことを、僕は君にした自覚がある」

 ぎりりと音が聞こえそうなほど、教授が歯を食いしばった。

 空白が、辺りに漂う。

 はくはくと幾度も口を開けたり閉じたりを繰り返した後、ようやく教授は、絞り出すように、続く言葉を紡ぎ出した。

「わかっている。目の前にいる君を好ましいと思っていながら、それでも先に聞かされていたマイナスのイメージにしがみつき、心を揺らさない揺らして堪るものかと意固地になった。そうして、より辛辣な言動を繰り返した。嫌われても仕方がない」

「!!!」

 聴き間違いだろうか。今確かに、教授は、サリを好ましいと思っていたと、口にしたのではなかろうか。

 バクバクと自分の心臓の音がうるさく耳に響いて、教授の言葉が上手く聞き取れない。

 サリは耳元まで響く鼓動の音があまりにも大きく激しすぎて、このままでは自分が破裂してしまうのではないかと思った。

 いや、もしかしたら既に破裂して死んでしまったのかもしれなかった。

 何故なら、この場には自分と教授以外にも沢山の人がいる筈なのに、サリには教授しか見えなかったからだ。

 周りを見回そうにも視線を外す事すらできずに、ただ教授が喋る言葉を、一心不乱に聞き取ろうと、耳を澄ます事しかできない。
 一音たりとも聞き逃したくなかった。

「僕は、僕の我儘で約束を果たさずにいたにも拘らず黙って待っていてくれた女性を信じ込み過ぎた。そのせいで、彼女がした発言の裏も碌に取らず、理不尽で不当な言動を君とキミのご家族に対して行ってきた。それは偏にその情報を伝えてきたその人のせいではなく、きちんと情報を精査することなく鵜呑みにした僕自身の不明によるものだ」

「僕の世界は、狭かった」

「それでも、君と君達家族はずっと誠実に対応してくれていた。ヴォーン准男爵の治療に当たっている間、君たち家族は愛情溢れる理想的な家族だった。とても自然で、素晴らしい絆で、結ばれていた。村人との遣り取りや使用人達との間の関係も、とても……とてもではないが悪辣な商売を行っている人達には、見えなかった」

 訥々と、ゆっくり言葉を探すように途切れさせながら、それでも真摯に伝えようとしている教授の姿が、サリの目には眩しく映る。

 あれほど頑なであった教授が実は自分達家族を認めていてくれたこと、そしてそれをこうして皆の前で言葉にして伝えてくれることに胸が熱くなる。

 なによりも、こんな時でも教授の背筋はまっすぐで。それを見ていると、サリまでいつもよりもまっすぐ立たねばならない気がするのだ。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里
恋愛
社交界デビューの日。 訳も分からずいきなり第一王子、エルベルト・フォンテーヌ殿下に挨拶を拒絶された子爵令嬢のロザンヌ・ダングルベール。 後日、謝罪をしたいとのことで王宮へと出向いたが、そこで知らされた殿下の秘密。 それによって、し・か・た・な・く彼の掃除婦として就いたことから始まるラブファンタジー。

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王子様と過ごした90日間。

秋野 林檎 
恋愛
男しか爵位を受け継げないために、侯爵令嬢のロザリーは、男と女の双子ということにして、一人二役をやってどうにか侯爵家を守っていた。18歳になり、騎士団に入隊しなければならなくなった時、憧れていた第二王子付きに任命されたが、だが第二王子は90日後・・隣国の王女と結婚する。 女として、密かに王子に恋をし…。男として、体を張って王子を守るロザリー。 そんなロザリーに王子は惹かれて行くが… 本篇、番外編(結婚までの7日間 Lucian & Rosalie)完結です。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

東雲の空を行け ~皇妃候補から外れた公爵令嬢の再生~

くる ひなた
恋愛
「あなたは皇妃となり、国母となるのよ」  幼い頃からそう母に言い聞かされて育ったロートリアス公爵家の令嬢ソフィリアは、自分こそが同い年の皇帝ルドヴィークの妻になるのだと信じて疑わなかった。父は長く皇帝家に仕える忠臣中の忠臣。皇帝の母の覚えもめでたく、彼女は名実ともに皇妃最有力候補だったのだ。  ところがその驕りによって、とある少女に対して暴挙に及んだことを理由に、ソフィリアは皇妃候補から外れることになる。  それから八年。母が敷いた軌道から外れて人生を見つめ直したソフィリアは、豪奢なドレスから質素な文官の制服に着替え、皇妃ではなく補佐官として皇帝ルドヴィークの側にいた。  上司と部下として、友人として、さらには密かな思いを互いに抱き始めた頃、隣国から退っ引きならない事情を抱えた公爵令嬢がやってくる。 「ルドヴィーク様、私と結婚してくださいませ」  彼女が執拗にルドヴィークに求婚し始めたことで、ソフィリアも彼との関係に変化を強いられることになっていく…… 『蔦王』より八年後を舞台に、元悪役令嬢ソフィリアと、皇帝家の三男坊である皇帝ルドヴィークの恋の行方を描きます。

処理中です...