始まりはよくある婚約破棄のように

喜楽直人

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お見合い編(過去)

2.2人でお茶会を



「……オレファン殿下。いくら何でも失礼すぎます」

 そう口では言ったものの、ミリアは自身の判断の甘さに眩暈がした。


 ミリアは、自身も正式に招待されたお茶会だと思っていたのだ。
 実際にオレファンからの招待状も来た。

 他にもご令嬢がいるものだとばかり思っていたのに、目が泳ぐ侍女から案内を受けた休憩室でお茶を飲んでいた時に起きた、扉の外で揉める声に顔を出したばかりにこんな事になってしまった。

「やぁ。姿が見えないから、探しに来ちゃった。待ってるから、急ごう?」

 ふわりと手を取られて、促された。
 周囲は慌てていたが、「始まっちゃってる」と言われれば気が急いた。

 そうして。

 お茶会の準備がされていた王族専用の庭先で、たった一人、席に座るご令嬢の姿を見つけた時、事の次第に気が付いたのだ。

 おもわず足が止まったミリアを、オレファンは笑顔で抱きかかえて、そのままお茶会の席へと向かってしまった。

 すぐに暴れるなり抗議するなりすれば良かったのに。あまりのことに頭が働かず、そのまま運ばれてしまったのは、まさに失態だった。

 テーブルセッティングがふたり分のみな事を確認したミリアはふたたび気が遠くなった。


 そうして。


 今、新たに淹れ直された紅茶を前に、ミリアはようやくオレファンの膝から降ろして貰えたところだった。

 ニコニコと笑うオレファンは、それでもミリアのすぐ横に椅子を移動して座っていて、顔もすぐ近くにある。

 正直、ミリアは怖くて仕方が無かった。


 自分の婚約者候補たちとの顔合わせに、違う令嬢を連れていき、しかも抱きかかえたまま膝の上に座らせるなど、言語道断の行いである。

 しかも、その膝の上に座らされたのは、公爵令嬢たる自分なのだ。

 もし他に誰もいなかったら絶対に声を上げて泣いていたと思う。というか、泣きたい。今すぐ。

 しかし公爵令嬢として教育が始まっているミリアは、ここで泣き出す訳にはいかないと、果敢に原因の追究を試みた。

「あのっ。な、なんで、私のコト好きなんですか?」
「なんでって。……なんでも?」
 こてん、と首を傾げられて途方に暮れた。

「……そんなのヘンです。こうしてお会いしたのだって、まだ二回目です。適当なウソをいわれているのではありませんか?」
「ヘンって。そんな……嘘なんかじゃないよ! 好きだもん!!」

「ウソに決まってます。からかってるだけだから理由が言えないんでしょう」
「ウソじゃない!」
「じゃあどうして私が好きなのか、ちゃんと教えてください」
「だって好きなんだもん! 理由なんかない! 好きなの!」

 大きな声で否定されて吃驚はしたものの、そんな程度のことで誤魔化されないと、ミリアは目を眇めてオレファンを観察した。

「意味がわかりません」

 家庭教師は言ったのだ。
 物事にはすべてその起因となる物事があり、それを受けて人の感情は生まれ、行動する原理となる、と。

 初めて顔を合わせた時からずっとこの調子のオレファンを信じることができないのは、ミリアにはオレファンとの思い出も何もなかったからだ。

「わかんない! 僕だってなんでこんなにミリアが好きですきですきで好きなのか何て、全然わかんないんだよっ」

 突然、ぐいっと顔を寄せられて、そのあまりの近さにミリアはパニックになった。

「っ。わかんないって。そんな……その程度なら私は婚約したくあ」

 それでも、懸命に自身の主張を口にする。
 ここで譲ったらあとで後悔する、それだけはわかっていた。
 
「やだ! やだやだやだやだ。僕は絶対にミリィ以外のお嫁さんなんか欲しくない。僕はミリィが好きなの! だいすきなんだもん。それは絶対本当なの。信じてくれなくても、事実なの。ほんとうにすきなの」

 怒涛の勢いで告白を言い連ねられる。
 しかし、そこに中身はあるようなないような。なんともあやふやで実がない気がして、でも、だからこそ本音のような気が、ミリアにはしてきていた。

「なんで、そんな……」
「なんでなんて僕が知りたいよ。だって会いたいんだもん。いつもいつもミリアを見ていたい。いつだってミリアだけが特別で、ずっとずっと一緒にいたくてたまらなくて。視界にいないと寂しくて泣きたくなるし、傍にいると嬉しくなるし、胸がどきどきしてなんかくすぐったくなる。朝起きたらすぐに会いたいし、勉強していて『ミ』って聞こえるだけでミリアのことが頭に浮かんでくるし、食事中は出てくるメニューで美味しいなって思うとミリアに食べさせたくなるし、むしろミリアの好きなものが食べたいし、できれば毎回一緒に食べて、僕が口元まで運び入れてあげたくなる。寝る前には明日は会えるかな、会いたいな、今すぐでもいいな、むしろ今すぐ会いたいなって、ベッドの中でジタバタしちゃう。そのどの時間も、全部すっごく嬉しくて幸せな気持ちなの。だから、もっともっと傍に、一番近くにいきたくなるの!」

 真剣そのものの表情で息継ぎ少な目に語られる言葉には、やはり実がないようで確かな熱だけがある。

「で、でんか。や。近いです」
「だって! すきなんだもんっ! ウソじゃないの!」

 太陽がそのものより輝いてみえる金の髪と宝石そのものような美しい翠色の瞳。
 形のよい唇は、艶々していて先ほどのタルトを飾っていた果物のようだ。
 普段すべてのパーツが完璧に配置された完璧な顔が、今は感情も露わに眉を顰め目も不安そうに揺れている。

 必死の形相で迫りくるオレファンに椅子の背ぎりぎりまで追い詰められて、ミリアは途方に暮れた。
 そのあまりに真剣で、全身全霊の思いで訴えかけてくるオレファンに、ついにミリアは折れた。
 
「わ、わかりました。殿下の想いはウソじゃないって。わかりましたから! す、少し離れてください」

 降参だった。

 好きとか嫌いとか、服の色やデザイン、お菓子の種類などしかわからないミリアには全く分からないそれについて、熱意をもってそれを話すオレファンと議論を交わすのはあまりにもミリアに不利だった。

「ミリア、わかってくれたんだね! 嬉しい! ありがとう。だいすき、ミリア。今度から、ミリィって呼んでいい? 僕のことはファレって呼んでね?」
「え。いやです。というか先ほどから勝手に呼んでましたよね? やめてください」
「呼ばせてくれないし、呼んでもくれないの? なんで? ぼく、こんなにミリィのこと好きなんだよ? もしかしてまだ僕の想いを疑ってるの? しんじてくれてないの? どうすれば信じてくれるの? ねぇ」

「わかりました! わかりましたから、殿下、もうちょっと距離を」
「ミリィ、だいすきだよ。いつか、僕のお嫁さんになってね」

 この日、ミリアは初めて、家庭教師が教えてくれた言葉にも間違いはあるのだと知った。


 ──人は、理由などなくとも全てを突き動かすだけの熱を生むことがある。



 それを初めて目の当たりにして、ミリアはとにかく泣きたいほど、怖かった。


(まずはおかあさまに、お話ししてみよう)

 ぎゅうぎゅうとオレファンの腕に抱き締められながら、ミリアはそう誓った。




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