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結婚編
3.愛を告げるのはあなた
……他の女性のところに、行っていたのではないのですか?
言葉の続き、本題を告げることができずに止まってしまったミリアに、オレファンが「あぁ!」と慌ててミリアから離れていく。
突然、肩に感じていた夫のてのひらの温度が失われて、ミリアは放り棄てられたような気がした。
悲しくて、寂しくて。
涙の溢れる速度が一段と早くなる。
溢れて、溢れて。瞳が溶けて無くなってしまうのではないかと思う程、涙が溢れて止められなかった。
「愛しています。ずっとずっと、あなたが母親になっても、僕の恋人でいて下さい」
そんな言葉と共に、泣いているミリアに向かって差し出されたのは、チョコレート色をした一輪の薔薇の花だった。
いや、花ではなかった。
受け取った花から漂ってくる甘い香りは、チョコレートそのものだ。
「……本当は、ひと月前のバレンタインデーに贈るつもりだったんだけど、全然上手にできなくて。師匠に合格を貰えたのが昨夜だったんだ。ごめんね、当日は普通の花束と髪飾りで」
しょんぼり顔のオレファンから聞かされた事情に、ミリアは全身から力が抜けていくのが分かった。
男性から愛を告げられる恋人の日とされるバレンタインデーには、すでにオレファンの瞳の色をした色石で作られた髪飾りと赤い薔薇の花束を貰っていた。
愛らしい髪飾りは、オレファンの瞳の色と同じエメラルド。金の枠に施された細工も細やかで、既製品であったとしても王都でも人気のある宝飾品職人作の手による一点物であることに間違いない。
けれども、あの日の渡し方が素っ気なく感じた理由が、予定していた手作りの品物を用意できなかったから等というミリアの想像していた所とはまったく別の部分に在ったなど、想像できる人間がいるだろうか。
チョコレート細工というのはとても繊細で、作るのには相当な技量が必要になる筈だ。王都でも、花の形に作られたチョコレート細工が売られているのは一軒だけである。
そうしてそのお店のチョコレートを、ミリアはとても好きで好んで食べていた。
「まさか、あのお店へ修行に?」
だから、帰って来るのが遅かったのか。
「自分で作ったチョコレートの薔薇の花をプレゼントしたいと思って、店主に伝授して貰おうとしたんだけど門前払いを喰らっていたのが三か月前かな。そこから王宮のパティシエにチョコレートの作り方の基本を教えて貰うことにして、そこで合格を貰えるようになったんで、それを持ってもう一度店主に願い出て、やっと許可を貰えたのがふた月前だった。でもそこからもう一度チョコレート菓子を作る基本から教え直されて、細工に取り掛かれた時にはバレンタイン過ぎててさぁ」
しょんぼりした様子で明かされていく事実に、ミリアが呆然とする。
「だから、当日はお店で既製品を選んだだけになっちゃったんだ。ごめん。本当にごめんね?」
大きな瞳に涙をいっぱい湛えて謝罪するオレファンに、ミリアの涙が止まった。
震える声で、確認する。
「……では、先々週の休日出勤も?」
「そう。だって、平日の仕事帰りに寄るだけじゃ時間が足りなくてさぁ」
「…………では、昨夜、にゅ、入浴を済まされてからお帰りになったのは?」
「あぁ、あれね。このチョコレートの薔薇を褒めて貰って嬉しくて。バンザイってしたら、ボウルに残ってた溶けたチョコレートをひっくり返しちゃってさぁ。頭から被っちゃった☆」
「火傷は!? 怪我はされていないのですか?」
「うん。大丈夫。結構冷めてたから固まり掛けだったんだ。でも髪の間に入っちゃって、どうにもならなくてお風呂借りたんだ」
「そう……なのですか」
ホッとした様子で力が抜けたミリアに、オレファンが嬉しそうだった。
「ふふっ。嬉しいな。ミリィに火傷の心配されちゃった」
「ファレ、私は怒っているんですよ?」
「ごめん。でも、うれしくて」
ニコニコと嬉しそうに笑うオレファンに、ミリアは絶対零度の怒気を覚えた。
「ファレ様、謝る所をお間違えですわ?」
「え?」
突然、様子の変わったミリアに、オレファンは驚いて挙動不審になる。瞳が定まらず、オロオロとしだした。
「え、がんばったんだけど。ミリィは気に入ってくれなかった? モデルにした薔薇が悪かったかな。先生の作ってくれたのはアイーダだったんだけど、木瓜薔薇が良かった? もっと花弁の多い八重咲の……アブラハムダービーとか、あっ、アフロディーテとか?!」
「ちがいますっ!」
あまりに明後日なオレファンに、ミリアは即行で否定を入れる。
「え。じゃあ?」
完全に首を傾げて悩みだしたオレファンに、ミリアは大きなため息を吐いた。
「……わたしはっ。私は、ファレに、傍にいて貰えた方が嬉しいです。休日も、行き先を嘘を吐いて出掛けてしまうとか、夕食を共にできないとか……ひとりで過ごすのは、寂しくて」
「ごめん! ミリィ」
がばりと強く抱き締められた。
そして再び、慌てた様子で顔を背けて身体を離された。
意味が分からなすぎて、ミリアはやっぱり泣きたくなった。
「ごめん、ごめんなさい。嘘吐いたことは、全面的に僕が悪かった。ひとりにしてしまったのも、僕が悪かった。僕は、ミリィの為に努力できることが楽しかったし、これを受け取ったミリィの顔を想像すると嬉しくて愉しみで仕方がなかったけど。でも、ごめんなさい!」
許して下さい、とそう泣くオレファンの胸に、ミリィは自分からしがみついた。
「え、あの……ミリィ、ミリアさん? あの……駄目だよっ」
あわあわと、何故か懸命にミリアから身体を離そうとするオレファンに強引にミリアはしがみつく。
そうだ。欲しいならば、そう主張して、自分から手を伸ばせばよかったのだ。
常に与えられていたから、忘れていた。思い付きもしなかった。
「さみしかったんですからね。さみしくて、悲しくて。……ファレに、他に好きな女性ができたんじゃないかって、おもっちゃったほど」
言葉に出してみればあまりにも簡単な事だった。
ミリアだってオレファンとこうして触れ合うことが好きなのだ。
欲しければ自分から手を伸ばせばいい。それだけだ。
「えぇっ?! 無いない。そんな事、ある訳がない。ミリィ以外の女の子を好きになるなんていない」
「……子供は? 女の子だったら?」
つい、思ってもみなかった意地悪をミリアは口にする。
だってなんだか、今更ながら恥ずかしくなってきたからだ。
思えば、出会ってからずっと、オレファンから愛を告げられてそれに応える形でなら想いを告げたこともあったけれど、ミリアの方からそれを告げたのは初めてであった。
「ママになっても、ミリィは僕の、僕だけの恋人でいてくれるでしょう?……それに、それをいうならミリィの方が心配だ。息子が生まれたら、僕は二の次になったりしない?」
唇を尖らせて、言い難そうに告げられた言葉に、思わずミリアは破顔した。
「くっ。笑うミリィが可愛い。抱き締めたい」
拳を握って顔を背けるオレファンに、ミリアが抱き着く。
「なんで? 抱き締めてくれないの、ファレ」
嬉しそうに、全身で愛を伝えるが如く幸せそうに笑うミリアに抱き着かれて、オレファンは慌てて強引になりすぎないように、慎重な手付きで、身体を離そうと四苦八苦していた。
「だ、だって! ミリィを抱き締めたりしたら、それ以上の事をしたくなっちゃうじゃないか!! 添い寝するのだって怖いのに。お腹を蹴っ飛ばしたり強く抱きしめすぎて、お腹の赤ちゃんに何かあったらどうするのさっ」
「寝顔を見るのだって我慢してたのに!」
泣きそうな顔でされた告白に、ミリアの止まっていた涙が流れていく。
痙攣するように。声も出せずに、涙を流し出したミリアに、オレファンが弾かれたように彼女の身体を心配しだした。
「えっ?! えっ?!! ミリィ? 大丈夫? お腹痛くなっちゃった? ミリア、だ、誰か医者を! ミリィが、ミリィを、ミリィとお腹の子供をたすけてぇえぇぇ!!!」
廊下へと慌てて駆けだしていくオレファンを、ミリアは慌てて涙を拭きつつ、けれども満面の笑みで追いかけた。
もう安定期に入っているのだと、どうやって教えようかと考えながら。
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