始まりはよくある婚約破棄のように

喜楽直人

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ミリアの知らないオレファンの過去編

宰相補佐オレファン・オリゴマーの日常・1






「ご機嫌麗しゅう、オレファン殿下。新たに宰相補佐として就任された尊き御身がようやくこのコットをお呼びと聞いて、急ぎ参上を」

 執務室の扉を開けると、大仰な仕草で両手を挙げて近付いてくる壮年の男に対して、オレファンは視線もあげず長々と続きそうな挨拶に言葉を被せて打ち切った。

「コット子爵、貴方の領地から提出されていたこの補助金申請は不備が大きいので今年度の補正予算から外した。補助金を諦められずどうしてもというのであれば、今週中に資料を纏め直し再提出するように。まぁどんな資料を付けてこようが、私が補佐として裁定を下すからには、その内容で通すことはないがな。では帰って宜しい」

 机の上に置いていた、あらゆる箇所に不可の理由を朱書きされた書類をコットに向かって押しやると、オレファンは横にいる執政官へ「では次の者を」と声を掛けた。

 それを受け無言で頭を下げた執政官は、オレファンが机の上へと投げ置いた昨年と全く同じ理由と金額が書き写されただけの申請書の束を手に取ると「却下」と大きく判を押された封筒へとしまう。
 そうして未だ事態が飲み込めていないのか動けないままであったコット子爵の手へとその封筒を押し付け退席を促した。

「で、でででで殿下?」

 事態は飲み込めていないのだろうが、とにかく補助金が受け取れないらしいということだけは理解したコットが、首だけ廻してオレファンへと声を掛ける。
 しかし当然ながらオレファンの視線がコット子爵へと向けられることはなかった。
 代わりにすぐ傍で退席を促している執政官がにこやかに訂正を加えた。

「ここでは敬称ではなく役職で。宰相補佐とお呼びください。さぁ、補助金を諦めないおつもりでしたら、早く書類を持ち帰って精査し直されなくては」

 さぁ、と笑顔の執政官に押し出されて、コットが悔しさに顔を真っ赤に染めた。
 けれども確かに腕の中に戻された書類に不備があることは知っているコットには言葉を尽くして説得することもできない。
 腹立ちまぎれなのか、コットは執務室の重厚な樫の扉を力いっぱい雑に閉めて出ていった。

「まったく。国の予算をなんだと思っているのか。いくら人手不足だからといって、過去5年分遡っても同じ山の同じ橋が同じ時期に壊れて同じ予算で同じ橋を架ける為の特別予算を申請されて受け入れるなど、審査官の目は木の洞か何かなのか」

「わぁ、殿下すごいですね。早口言葉お上手」

 パチパチパチと手を叩かれ賛美してくる執政官に、オレファンはこれこそ沼に杭というものだと大きく息を吐いた。

「まぁいい。僕は忙しいんだ。早く次を連れてこい」

 シッシと手を振り、オレファンは机の上の書類に視線を戻した。

 補助金申請却下を下したのは実に20年振りのことだという。まだオレファンが生まれる前のことだ。民草が困っているならば手を差し伸べるのが国の役割だと当時の国王がそう決めたのだ。

 最初は良かった。申請する方もきちんと弁えていたからだ。

 気が付けば申請すれば貰えるならば貰って当然の金だとして補正予算でしかない筈のそれは常態化し、貰わなくては損とまで言い放つ貴族まで出る始末。

 勿論、これを申請するのは領地経営が上手くできなかった証でもあるので、ある程度良識と誇りを持つ貴族は恥ずべき行為であると、毎年積み立ててやり繰りをしている。

 しかし恥を恥だと思わぬ輩というのは何処にでも蔓延る黴のように発生するものだ。
 恥を恥とも思わないので、体裁を整えることすら怠るようになり、前年の書類を書き写しただけのものを提出するエール伯爵のような者まであらわれるようになってしまった。

 担当部署も、あまりにも多い申請の数に手が回らなくなり、提出を受けた書類に判を押すだけとなるのに時間はあまり掛からなかったようだ。

 学園を卒業し、厭々ながらオレファンが宰相補佐という新しい役職を受けるまで、誰からも指摘されることなく放置されていた。

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