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再会
1.
■
「私は、探してないわ。帰って下さい」
今ならば、ダグは裏庭で水浴びをしている。あの子が見つかる前に彼を帰さなければならないと、リュシーは強く思った。
「そうだね。君にとって俺の居場所は探すまでもない。金を搾り取るターゲットである俺の家をね」
「なんのこと?」
「優しくてかわいい恋人が、俺の実家と連絡を取り合っているなんて知りもしなかった。体を差し出して金を貰って暮らす異国の生活は快適だったかい?」
ぱしんっ。
反射的に、リュシーは目の前の頬を叩いていた。
学生時代の滑らかな頬ではない。精悍な男性の顔だった。
「ふっ。いろいろ化けの皮が剥げたようだね、リュシー」
「……何しに来たの? 私を貶すためだけに遠いこの国まできたなら、ご苦労様でした。お帰りはあちらよ」
テーブルにダグがくれた焼き魚を置く振りをして後ろを向き、雑なそぶりで扉を指し示す。その間に、リュシーは呼吸を整えた。
「そんなに邪険にするなよ。あれだけお互いをむさぼりあった仲じゃないか。それとも、むさぼっていたのは俺だけで、君は演技だったのかな」
振り向きざまに振り上げた手は、振り下ろす前に掴れた。
「そう何度も叩かれてやる訳にはいかないな」
「帰って」
「何故? 君としては正当な報酬を受け取っただけなんだろ。なら堂々としていればいい。何も知らない馬鹿な貴族のガキに体を差し出した代わりに、3年も国の定めた治癒院で奉公をしなくて済んだ上に、この家を買うだけのお金を稼げたんだってね」
「この家は、治癒師として勤めだしてからのお給金で買ったのよ。中古だけれど、気に入ってるわ」
「ふぅん。一人で暮らすには確かに広い家だ」
ダグラスが部屋を見回す。玄関を開けてすぐにキッチン兼リビングがあるこの家は、侯爵家の嫡男であるダグラスからすればペットの小屋だろう。
けれどこの国の民家としては平均的な造りだし、なにより庭が広いのが気に入っている。特に、ダグが。
「久しぶりに会った友人に、茶の一杯も振舞ってくれないのかい? 俺は君にそんな振る舞いを教えた記憶はないんだが。あぁ、俺は君の金蔓でしかないから、マナーなど関係ないのか」
厭味ったらしい物言いに憤慨し、リュシーは乱暴に薬缶をコンロに乗せた。
「あぁ。失礼そういえば君には火の魔法は使えなかったんだ」
そういってダグラスが、つ、と軽く指を動かした。リュシーの持つ薬缶から熱を感じる。
「わ、相変わらず便利ね!」
「魔法が使えないことが不便なだけだ」
一言何か口に出す度に言い返されて、リュシーはストレスでどうにかなってしまいそうだった。
早く追い出さなくてはならないのに。
「ねぇ、お茶ならすぐ近くにいいカフェがあるの。そこで美味しいお茶とケーキを頂きながら話をしましょうよ」
誘ってから、我ながら突然すぎるとリュシーは自分に呆れた。
「なるほどね。ここに一人暮らしをしている訳じゃないのか。だから俺を追い出したい、と」
ダグラスが、勝手に食器棚に並べておいたカップを取り出し睨んでいた。
子供の手が届きにくいよう高い場所に並べていたのだ、それが背の高いダグラスにはかえって目に付きやすかったのだろう。
「ふっ。ペアとか。ベタだな」
両手に持ったマグカップを馬鹿にしながら、カチンと打ち付けているダグラスの姿に、リュシーはすべてを忘れて激高した。
「返して! それは、大切なものなの」
取り戻したマグカップを守るように抱きかかえる。傷がついていたらどうしようということしか、リュシーは考えられなくなっていた。
「そのマグカップ……」
その声に、リュシーは我に返った。
背中を、痛いほど見つめられているのが分かる。
なんと言い訳しようか、リュシーは悩んだ。そもそも言い訳をする必要はあるのかどうか。
頭の中は忙しいのに、リビングの空気は凍り付いたように、張り詰めていた。
「ママー! タオルまだー?」
バターンと裏庭に続く勝手口が開いて、上半身どころかズボンと靴まで脱いで下着一枚だけになったダグが、駆け込んできた。全身びしょ濡れの彼が動くだけであたりに水滴が飛び散る。
突然の裸の子供の乱入に動きが止まったダグラスに気が付いたダグが、リュシーが止める前に、彼に飛びついた。
「うわー、お客さん? 大人の男の人がこの家に来たのなんて初めてだ! こんにちは、僕はダグ。仲良くしてください!」
自分そっくりのスタールビーの瞳ににこやかに見上げられて、ダグラスは口をぱくぱくと開け閉めした。
「私は、探してないわ。帰って下さい」
今ならば、ダグは裏庭で水浴びをしている。あの子が見つかる前に彼を帰さなければならないと、リュシーは強く思った。
「そうだね。君にとって俺の居場所は探すまでもない。金を搾り取るターゲットである俺の家をね」
「なんのこと?」
「優しくてかわいい恋人が、俺の実家と連絡を取り合っているなんて知りもしなかった。体を差し出して金を貰って暮らす異国の生活は快適だったかい?」
ぱしんっ。
反射的に、リュシーは目の前の頬を叩いていた。
学生時代の滑らかな頬ではない。精悍な男性の顔だった。
「ふっ。いろいろ化けの皮が剥げたようだね、リュシー」
「……何しに来たの? 私を貶すためだけに遠いこの国まできたなら、ご苦労様でした。お帰りはあちらよ」
テーブルにダグがくれた焼き魚を置く振りをして後ろを向き、雑なそぶりで扉を指し示す。その間に、リュシーは呼吸を整えた。
「そんなに邪険にするなよ。あれだけお互いをむさぼりあった仲じゃないか。それとも、むさぼっていたのは俺だけで、君は演技だったのかな」
振り向きざまに振り上げた手は、振り下ろす前に掴れた。
「そう何度も叩かれてやる訳にはいかないな」
「帰って」
「何故? 君としては正当な報酬を受け取っただけなんだろ。なら堂々としていればいい。何も知らない馬鹿な貴族のガキに体を差し出した代わりに、3年も国の定めた治癒院で奉公をしなくて済んだ上に、この家を買うだけのお金を稼げたんだってね」
「この家は、治癒師として勤めだしてからのお給金で買ったのよ。中古だけれど、気に入ってるわ」
「ふぅん。一人で暮らすには確かに広い家だ」
ダグラスが部屋を見回す。玄関を開けてすぐにキッチン兼リビングがあるこの家は、侯爵家の嫡男であるダグラスからすればペットの小屋だろう。
けれどこの国の民家としては平均的な造りだし、なにより庭が広いのが気に入っている。特に、ダグが。
「久しぶりに会った友人に、茶の一杯も振舞ってくれないのかい? 俺は君にそんな振る舞いを教えた記憶はないんだが。あぁ、俺は君の金蔓でしかないから、マナーなど関係ないのか」
厭味ったらしい物言いに憤慨し、リュシーは乱暴に薬缶をコンロに乗せた。
「あぁ。失礼そういえば君には火の魔法は使えなかったんだ」
そういってダグラスが、つ、と軽く指を動かした。リュシーの持つ薬缶から熱を感じる。
「わ、相変わらず便利ね!」
「魔法が使えないことが不便なだけだ」
一言何か口に出す度に言い返されて、リュシーはストレスでどうにかなってしまいそうだった。
早く追い出さなくてはならないのに。
「ねぇ、お茶ならすぐ近くにいいカフェがあるの。そこで美味しいお茶とケーキを頂きながら話をしましょうよ」
誘ってから、我ながら突然すぎるとリュシーは自分に呆れた。
「なるほどね。ここに一人暮らしをしている訳じゃないのか。だから俺を追い出したい、と」
ダグラスが、勝手に食器棚に並べておいたカップを取り出し睨んでいた。
子供の手が届きにくいよう高い場所に並べていたのだ、それが背の高いダグラスにはかえって目に付きやすかったのだろう。
「ふっ。ペアとか。ベタだな」
両手に持ったマグカップを馬鹿にしながら、カチンと打ち付けているダグラスの姿に、リュシーはすべてを忘れて激高した。
「返して! それは、大切なものなの」
取り戻したマグカップを守るように抱きかかえる。傷がついていたらどうしようということしか、リュシーは考えられなくなっていた。
「そのマグカップ……」
その声に、リュシーは我に返った。
背中を、痛いほど見つめられているのが分かる。
なんと言い訳しようか、リュシーは悩んだ。そもそも言い訳をする必要はあるのかどうか。
頭の中は忙しいのに、リビングの空気は凍り付いたように、張り詰めていた。
「ママー! タオルまだー?」
バターンと裏庭に続く勝手口が開いて、上半身どころかズボンと靴まで脱いで下着一枚だけになったダグが、駆け込んできた。全身びしょ濡れの彼が動くだけであたりに水滴が飛び散る。
突然の裸の子供の乱入に動きが止まったダグラスに気が付いたダグが、リュシーが止める前に、彼に飛びついた。
「うわー、お客さん? 大人の男の人がこの家に来たのなんて初めてだ! こんにちは、僕はダグ。仲良くしてください!」
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