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第二章:誰がために鐘は鳴る
1.命が助かった令嬢は、喜ぶのか嘆くのか
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■
「彼女はまだ目を覚まさないのか。本当に身体に異常はないんだろうな?」
あの日からもうひと月。
植え込みの陰で気を失っているところを発見された彼女は、王宮内に用意されていた彼女の部屋のベッドの上で、今日も静かに横たわっていた。
食事どころか水すら飲んでいないというのに、彼女の頬が瘦せこけることもない。
「はい。骨折どころかかすり傷ひとつ負ってはおりませなんだ。2階から飛び降りるところを見た人がこれだけ多くなければ、ただ眠っておられるだけだと思う程に。ただ、心の臓の動きはよくありませんな。通常の10分の1ほども動いておりません」
信頼する宮廷医師が神妙に答える。
そう言われても、ベッドの上で眠り続けている彼女の顔はあまりにも白いし、伏せられた長い睫毛すら生きている人間のものではないように思えてくる。
その全てが作り物めいて見えて、アルフェルトは目の前の彼女がまだ生きていることを確かめたくなった。
「リタ……」
真っ白な美しい頬へ、指を滑らせる。
指先へ返ってきた、死んでいるとしか思えない冷たく硬い感触に怯み、アルフェルトは慌てて手を引き寄せた。
とっさに、今すぐ聖水で手を洗いたくなった。せめてハンカチで死の穢れを拭い取りたくなる。
けれど、さすがに医師の見ている前でそれをすることはできない。
あまりにも冒涜的だからだ。
そう考えられるくらいの分別は今のアルフェルトにもあって、触ってしまった右手を握りしめた。
彼女はまだ、生きているのだから。
いいや。アルフェルトはある意味彼女を殺したのだ。
このゲイル王国の貴族令嬢として二度と表舞台に立てなくなるような致命傷を負わせた。
あの日、彼女の背中に向かって伸ばした手が届かなかったことを、アルフェルトはずっと悔やんできた。眠れぬ夜も幾つも越えた。
「リタ。目を、覚ましてくれ」
そうして、最後に遺したあの言葉を、いますぐ取り消して欲しかった。
リタ・ゾール侯爵令嬢。
長きに渡り婚約者であった令嬢に対して、アルフェルトは、皆が見ている前で婚約破棄を言い渡した。
「彼女はまだ目を覚まさないのか。本当に身体に異常はないんだろうな?」
あの日からもうひと月。
植え込みの陰で気を失っているところを発見された彼女は、王宮内に用意されていた彼女の部屋のベッドの上で、今日も静かに横たわっていた。
食事どころか水すら飲んでいないというのに、彼女の頬が瘦せこけることもない。
「はい。骨折どころかかすり傷ひとつ負ってはおりませなんだ。2階から飛び降りるところを見た人がこれだけ多くなければ、ただ眠っておられるだけだと思う程に。ただ、心の臓の動きはよくありませんな。通常の10分の1ほども動いておりません」
信頼する宮廷医師が神妙に答える。
そう言われても、ベッドの上で眠り続けている彼女の顔はあまりにも白いし、伏せられた長い睫毛すら生きている人間のものではないように思えてくる。
その全てが作り物めいて見えて、アルフェルトは目の前の彼女がまだ生きていることを確かめたくなった。
「リタ……」
真っ白な美しい頬へ、指を滑らせる。
指先へ返ってきた、死んでいるとしか思えない冷たく硬い感触に怯み、アルフェルトは慌てて手を引き寄せた。
とっさに、今すぐ聖水で手を洗いたくなった。せめてハンカチで死の穢れを拭い取りたくなる。
けれど、さすがに医師の見ている前でそれをすることはできない。
あまりにも冒涜的だからだ。
そう考えられるくらいの分別は今のアルフェルトにもあって、触ってしまった右手を握りしめた。
彼女はまだ、生きているのだから。
いいや。アルフェルトはある意味彼女を殺したのだ。
このゲイル王国の貴族令嬢として二度と表舞台に立てなくなるような致命傷を負わせた。
あの日、彼女の背中に向かって伸ばした手が届かなかったことを、アルフェルトはずっと悔やんできた。眠れぬ夜も幾つも越えた。
「リタ。目を、覚ましてくれ」
そうして、最後に遺したあの言葉を、いますぐ取り消して欲しかった。
リタ・ゾール侯爵令嬢。
長きに渡り婚約者であった令嬢に対して、アルフェルトは、皆が見ている前で婚約破棄を言い渡した。
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