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第二章:誰がために鐘は鳴る
13.誤解
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義理の父母となるゾール侯爵夫妻の死。
義兄エストの賭博借金。そして本人は寝たきりで意識不明の状態。
残された若妻は持参金目当てでの婚姻だったと知りショックを受けている。
たった一日で受ける衝撃にしてはあまりにも多岐に渡る不幸の連続に、常になく身体が重く感じていた。
疲れた体を引き摺り自室へと戻ると、そこで待っていたのは、ずっと自分の寝室から出てこようとしなかった愛しい妻の姿だった。
「ピア。大丈夫なのか。今日は体調がいいのかい?」
丸みを失った細い身体に眉を寄せながら、その肢体を抱き寄せようとした時だった。
「触らないで!」と頬を打たれた。
なんで叩かれたのかも判らなくてその場に棒立ちになる。
「こんな時間に香水の移り香を残して夫婦の寝室に帰ってくるなんて。非常識よっ!」
言われて、ピアに伸ばした手の袖口あたりから香水の香りが微かに香ることに気が付いた。
先ほどカロラインを慰めたあの些細な触れ合いから移っていたのかもしれない。微かなすずらんの花の香りはそういえば喪服姿のカロラインから香っていた気がする。
「違う。これは、今日のゾール侯爵夫妻の葬儀の後で、カロライン夫人が落ち込んでいたのを慰めただけだ」
エストが行っていた非道とも思える婚姻の理由も告げるべきか、そんなことを悩みながらも説明をしようと試みた。
話せばわかって貰えると思っていたのに。
詰られたその言葉が、心を抉る。
「慰めた? そんなことを言って、あの時、私を力ずくで奪ったように、カロラインにも力ずくで……」
ダンッ。
「それ以上言うな。確かに私は、キミに侮辱されても仕方のない事をしたのだろう。しかし、カロライン夫人はキミと仲の良い又従姉なのだろう? 彼女はいま、嫁入り先の父母を一遍に亡くし、頼りにすべき夫も倒れた不幸の身の上だ。そんな辛い状況にある彼女を侮辱するのはやめたまえ」
後でピア自身が自分の言葉を後悔する、と続けたかった言葉は最後まで伝えることは出来なかった。
「辛い状況にあるのは、私の方だわ! 信じていたアナタに、暴力で身体を暴かれてっ。それでも愛があるからこそだと信じて産んだ子は、失った。それなのに、強引な行為で私を妊娠させた諸悪の根源ともいえる夫はそれに寄りそうこともしてくれずに、他家の嫁を案じて夜中まで帰ってこない」
「……っ!!」
言われた言葉に、再び殴られた気がした。
ピアは、最愛の妻は、自分を諸悪の根源だと思っていた。
それは、言葉の綾かもしれない。勢いで、心にもない言葉が口をついて出ただけかもしれない。
冷静な時ならば、そう考えることもできた。
しかし。今のアルフェルトは、疲れすぎていた。
肉体的にも、精神的にも。
今日の葬儀も、葬儀後に判った事実にも、そうして何より、ピアの産んだ吾子の姿の記憶と、その子に下した冷たい決断についても。
疲れていた。
「お前が生んだ子? それはあの敵国の人間の特徴を、その身に刻んで生まれた子のことか? 私とは似ても似つかない。燃えるような紅い髪と瞳を持った、浅黒い肌をした、あの子供のことか?!」
投げつけてしまった言葉を無かった事に出来るなら、なんでもするだろう。
それくらい、今、自分が口に出した言葉を後悔したのは人生で二度目だった。
「ギャーーーーッ! 人殺し! 子殺しめっ!! 私の子供を、返せぇぇぇ!!!」
小さくて薔薇の花弁のようだと何度も思ったピアの唇から漏れ出したとは思えないほどの悲しみに満ちた怒声が、上がった。
義理の父母となるゾール侯爵夫妻の死。
義兄エストの賭博借金。そして本人は寝たきりで意識不明の状態。
残された若妻は持参金目当てでの婚姻だったと知りショックを受けている。
たった一日で受ける衝撃にしてはあまりにも多岐に渡る不幸の連続に、常になく身体が重く感じていた。
疲れた体を引き摺り自室へと戻ると、そこで待っていたのは、ずっと自分の寝室から出てこようとしなかった愛しい妻の姿だった。
「ピア。大丈夫なのか。今日は体調がいいのかい?」
丸みを失った細い身体に眉を寄せながら、その肢体を抱き寄せようとした時だった。
「触らないで!」と頬を打たれた。
なんで叩かれたのかも判らなくてその場に棒立ちになる。
「こんな時間に香水の移り香を残して夫婦の寝室に帰ってくるなんて。非常識よっ!」
言われて、ピアに伸ばした手の袖口あたりから香水の香りが微かに香ることに気が付いた。
先ほどカロラインを慰めたあの些細な触れ合いから移っていたのかもしれない。微かなすずらんの花の香りはそういえば喪服姿のカロラインから香っていた気がする。
「違う。これは、今日のゾール侯爵夫妻の葬儀の後で、カロライン夫人が落ち込んでいたのを慰めただけだ」
エストが行っていた非道とも思える婚姻の理由も告げるべきか、そんなことを悩みながらも説明をしようと試みた。
話せばわかって貰えると思っていたのに。
詰られたその言葉が、心を抉る。
「慰めた? そんなことを言って、あの時、私を力ずくで奪ったように、カロラインにも力ずくで……」
ダンッ。
「それ以上言うな。確かに私は、キミに侮辱されても仕方のない事をしたのだろう。しかし、カロライン夫人はキミと仲の良い又従姉なのだろう? 彼女はいま、嫁入り先の父母を一遍に亡くし、頼りにすべき夫も倒れた不幸の身の上だ。そんな辛い状況にある彼女を侮辱するのはやめたまえ」
後でピア自身が自分の言葉を後悔する、と続けたかった言葉は最後まで伝えることは出来なかった。
「辛い状況にあるのは、私の方だわ! 信じていたアナタに、暴力で身体を暴かれてっ。それでも愛があるからこそだと信じて産んだ子は、失った。それなのに、強引な行為で私を妊娠させた諸悪の根源ともいえる夫はそれに寄りそうこともしてくれずに、他家の嫁を案じて夜中まで帰ってこない」
「……っ!!」
言われた言葉に、再び殴られた気がした。
ピアは、最愛の妻は、自分を諸悪の根源だと思っていた。
それは、言葉の綾かもしれない。勢いで、心にもない言葉が口をついて出ただけかもしれない。
冷静な時ならば、そう考えることもできた。
しかし。今のアルフェルトは、疲れすぎていた。
肉体的にも、精神的にも。
今日の葬儀も、葬儀後に判った事実にも、そうして何より、ピアの産んだ吾子の姿の記憶と、その子に下した冷たい決断についても。
疲れていた。
「お前が生んだ子? それはあの敵国の人間の特徴を、その身に刻んで生まれた子のことか? 私とは似ても似つかない。燃えるような紅い髪と瞳を持った、浅黒い肌をした、あの子供のことか?!」
投げつけてしまった言葉を無かった事に出来るなら、なんでもするだろう。
それくらい、今、自分が口に出した言葉を後悔したのは人生で二度目だった。
「ギャーーーーッ! 人殺し! 子殺しめっ!! 私の子供を、返せぇぇぇ!!!」
小さくて薔薇の花弁のようだと何度も思ったピアの唇から漏れ出したとは思えないほどの悲しみに満ちた怒声が、上がった。
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