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ラウール
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グレモリーを連れだって、サルサーレの街から南下する。
公爵を連れて飛んだ際に見ていた町や村を、上空から再確認しながら移動する。
特に気になる事も無い。
サルサーレ領とジョンテ領の間に大きな門はあるが、仰々しい見た目とは裏腹に出入りは自由で平和的だ。
北の国に関しては、領地間の隔たりは無いに等しい。
危険な敵はいないか注意していたが、特に見当たらない。
洞窟や山、森などに近付かなければ、余程のイレギュラーが無い限り、レベルの高い悪魔や魔獣と遭遇する事は無いだろう。
平原などには、中レベル帯以下の魔獣や凶暴な動物はいるが、それは銀等級以下の冒険者の仕事であって、俺がそれを奪うのはお門違いだ。
ほぼ寄り道する事無く、ジョンテ領の中心都市に辿り着く。
サルサーレの街程の面積はないが、街を囲った高壁や深い掘から高い防衛力があり、商店や建造物の多さから、かなり栄えている事が分かる。
ジョンテ領は、ボルストンにある七つの領地の中で、広さだけをとれば上位に入るが、人が暮らしやすいとされる平原地帯は、東西を山脈に挟まれ、縦長に伸びた景観となっている。
ジョンテ領最南に広がる巨大な樹林帯は帰らずの森とも比喩され、何百年に渡りたくさんの冒険者を飲み込み、全く開拓が進んでいない。
更に先の山河を越えて、南の国へ行くのは不可能と言われている。
隣接する流通経路が北のサルサーレ領のみで、経済的には逼迫しているようだ。
エリックがサルサーレを標的にしたのには、そんな背景が関係しているのかもしれない。
俺はここの新領主として、何が出来るのだろうか?
面倒ごとを押し付けられただけかもしれない。
「ジョンテ家の人々はどうなったんだ?」
グレモリーに疑問をぶつけてみる。
やはり、世間知らずのお嬢様より、悪魔グレモリーの方が補佐役として役に立つ。
「エリックの両親は責任をとって自死したわ。
今は、長男が一人で切り盛りしてるみたい。
彼は人望もあり、いい跡継ぎとして期待されていた様ね」
じゃあ、その長男が新領主になればいいんじゃない?
両親が死に、領地剥奪されたのに、事後処理をしているとは見上げた男だ。
そもそもどういった経緯で、俺にこのジョンテ領主の話が持ち上がったのか?
もし、公爵の言うままにサルサーレ領を貰っていたら、公爵がジョンテ領を治めていたのかもしれない。
となると?元々、公爵はジョンテ領を狙っていたと考えるのは邪推だろうか。
国王と公爵の間で、何か取り引きがあったとも考えられる。
「アデリッサ、先に城に行って長男と話しておいてくれ。
俺はちょっと街の様子を見てくるよ」
グレモリーに引き継ぎ等の面倒事は押し付け、俺は街の入り口に降りる。
まだ顔バレしてないから、のんびりと街を散策しよう。
門番は何処かのクランが担当しているのだろうか。
特に呼び止められる事なく、すんなり入れた。
人の出入りは少なく、行商人も然程いない。
だが、宿屋やギルドは冒険者達でそこそこ賑わっている。
何処へ行っても冒険者は多いようだな。
噴水のある公園で、吟遊詩人みたいな奴が弦楽器を鳴らしながら歌っている。
聞こえてくる歌詞の内容は、ジョンテ家が没落し、新しい貴族がやってくる。
果たして、吉と出るか凶とでるか。
ジョンテ領の行く末を憂いた物悲しい曲だ。
それを聞いている町民達の顔はどこか浮かない。
街全体に笑顔がない。
エリックはこの街の人々から笑顔を奪ったのだ。
商店街を歩くと、通りや店先には綺麗な女性が比較的多い。
エリックは、自分の領地から女性を攫ってなかったのだろうか?
もしそうだとしたら、カチンとくるな。
城に近づくにつれ、貴族が住んでいる高級住宅地も見えてきた。
何かしら人集りが出来ている。
あら?なんだか騒がしいな。
あれは暴動じゃないか?
荒くれた領民達が、貴族の館に石やら何やらを投げ込み、尚且つ門を壊そうとしている。
今回の不祥事により領民の不満が爆発したのだろう。
兵はどうしたんだ?
誰も止めに来る気配がない。
見て見ぬ振りなのか?
華麗にスルーして城まで歩いていくと、やはり城門前にも、武器を持った過激な領民達が暴れていた。
門は堅く閉ざされている。
これは、力付くで止めたとて、領民の不平不満は溜まる一方じゃないのか?
こういう時はどうしたらいいんだ?
色々、面倒臭いな。
【北の盾】のみんな早く来てくれないかなぁ。
あ、俺って、絶対領主向いてない。
そもそも領主って、美女取っ替え引っ替えって話じゃなかったの?
お先真っ暗だよ。
正直、こんな領地なら要らなかったなぁ。
エリックの尻拭いなんてごめんだ。
門から入れないから、城の窓からグレモリーを見つけ出し、近くに【転移】した。
「うわあぁぁあ!」
なんだなんだ?
グレモリーが冷たい目で俺を見ている。
目線を下に向けると、尻餅をついた灰色の短髪貴族があんぐりと大口を開けていた。
「い、いきなり、現れた?」
ああ、【転移】を見てビックリしたのか。
そして、こいつがエリックの兄貴なのだろう。
濃い眉毛、暑苦しい二重に彫りの深い顔。
エリックと似てるのは、髪の灰色だけだ。
母親が違うらしい。
弟エリックは妾の子だった。
「ラウールさん、この方がここの新しい領主となるテツオ様です」
「あ、貴方が……
はっ!こ、この度は愚弟が多大なるご迷惑をお掛けしっ!」
ラウールという名のエリックの兄貴が、床に頭を擦り付けながら謝りだした。
「あー、やめて下さいお兄さん。
今日は建設的な話をしにきました」
グレモリーに目配せすると、彼女はラウールの肩をガッと掴んで無理矢理立たせた。
おいおい、悪魔がそんな力入れると腕がもげちゃうよ。
「もうちょっと貴族らしく振る舞いなさいよ。
すいません、世間知らずで」
三人でテーブルを囲んで話をする事にした。
どうやらラウールは、財政難の立て直しに昼夜問わず忙しく、悪魔の存在は全く知らなかったようで、エリックの怪しい動きにも全く気付いていなかった。
ラウールは両親と弟を一気に失い辛いだろうが、この領地の事を誰よりも知っているこいつには、これからまだまだ働いて貰おう。
なるべく【洗脳】は使いたくない。
「私が形式上、新領主となりますが、執務はほぼこちらアデリッサ嬢が担当します。
ラウールさんには引き続き、この領地の為に仕事をして頂きたいのです。
辛いかもしれませんが、お願いしてもいいでしょうか?」
ラウールは立ち上がり、俺の両手を握りしめ、泣いて感謝を述べた。
「ありがとうございます!
精一杯やらせていただきます!」
家族の罪を償う機会を与えられた事に、心底感謝しているようだ。
今回のケースだと、最悪、一族郎党ことごとく処刑もあり得るらしい。
法律どうなってるの?
ラウールに椅子に座るよう促す。
差し当たって、街の暴動を早いとこ鎮静化させておきたい。
どうなっているのか聞いてみると、ラウールの灰色い太眉が困った感じに曲がる。
「この街に住んでいた貴族の殆どが家を捨て、私兵を連れ、サルサーレや他領地へ引っ越していったんです。
資金難の為、暴動を鎮圧する兵を雇う事も出来ません。
このままじゃ、暴動にかこつけて、もっと酷い犯罪が横行する危険性があります」
ギルドは基本、対人外戦を想定した機関だ。
領民を守るのは領主であり、その兵である。
街の入り口にいた門番が相手をするのはあくまで人間の敵、魔物に対してだけだ。
なるほど、上手くできている。
などと感心している場合ではない。
……ふむう。
「では、暴動は私にお任せください。
今日のところはなんとかしてみます。
明日には、私が所属するクランのメンバーがこの街に到着するので、しばらくは何とかなるでしょう。
ですが、予算確保は急務です。
ラウールさん、金銭を流通させる為にこの領地には何が必要でしょうか?」
ラウールに、この領地が抱える問題と改善策を全て吐露させた。
なるほど、流石は後継者なだけあって、良く分かっていらっしゃる。
まぁ、俺なら全て実現可能な案件だが。
ひとまず、当面の危機を乗り切る為に、ラウールに白金貨を百枚渡しておく。
ラウールは面食らっているが、金はその場凌ぎにしかならない。
【土魔法】で金貨を出し続ける事は簡単だが、それでは街の経済は一向に流通しないのだ。
街自体が色んな仕事で溢れ、人が動いていかなければ本当の再生はない。
あ、ヤバい。
面倒事に完全に首を突っ込んでしまっている。
だが、こうなったらやるしかない。
ラウールを連れて城を出た。
——ジョンテ城・城門
門前では、まだ暴徒と化した領民達が荒れ狂っていた。
失業した者、貴族に怒る者、それぞれに暴れる理由が何かしらあるのだろう。
彼らの真意は救済を求めている。
俺とラウールは門上部の見張り台に立つ。
ジョンテ家の貴族の出現に、暴徒の手がピタリと止まった。
「民よ!聞いてくれ!
私の隣にいるこの方が、新しい領主となるテツオ侯爵である!
この領土は、必ず再生する!
近いうちに、必ず皆に安定した暮らしを約束しよう!」
ラウールの宣言に領民達がざわつきだした。
期待されていたラウールの言葉は、民の心に響くのか?
「貴族の言う事は信用できねー!」
「騙されるなー!」
何処からか石が飛んできて、ラウールの頭に直撃する。
それを皮切りに群衆はまた暴徒化し、破壊活動を再開しだした。
駄目だ。ここでの貴族の信用は、限界まで失墜している。
——グゥオオオオオ!
突如、恐ろしい雄叫びが空に響いた。
「な、なんだアレは?」
「ま、魔物だー!」
暴徒が異変に気付き、空を見上げると羽の生えた魔獣が四体、群衆に向かって襲いかかってきた。
門前に降りた二体の魔獣に体当たりされ、簡単に弾き飛ばされる領民達。
その背後にも魔獣が二体着地し、挟まれた形で逃げ場が無くなる。
数人が武器を構え無駄な抵抗をするが、【キマイラ】と呼ばれる強大な力を持つ獅子の様な魔獣には、何も通じない。
前足や尻尾でことごとく武器を弾き飛ばされてしまった。
そこへ、上空から羽根の生えた人型の悪魔が舞い降りてくる。
それは【リリム】という女型の悪魔だった。
全長150センチくらいで、本当は蠱惑的で美しい顔をしているが、戦闘用なのか牙が生えた恐ろしい鬼面を被っている。
その艶かしい女体は、局部を紐の様な黒い闇で隠しただけの全裸に近い格好だ。
「ニンゲン達、暴れたいなら私も混ぜなさいよォ。
バラバラにコロしてあげるからァ。
キャハハハハ!」
悪魔の言葉は、群衆に絶望の恐怖を一瞬で植え付けた。
逃げ場の失った領民達はその場にへたり込み頭を抱え、命乞いをし震えている。
「私が相手だ!
民は私が守る!」
さぁ、こうなっては俺の出番だ!
剣を構え、上空のリリムに向けて門から飛び上がる。
「お前が領主なの?
決めた!
お前を殺して、ここを私の住処にするわ!」
リリムが俺に向かって急降下してくる。
俺の渾身の一撃をスルリと躱し、逆に爪による鋭い一撃を胸に食らってしまった。
ブシュッと赤い血が勢いよく噴き出す。
完全に舐めてた。
めちゃくちゃ痛ぇ!
「テツオ様っ!」
ラウールが悲壮な顔をして俺の名前を叫ぶ。
民が固唾を飲んで俺の戦いに見入っている。
「私が負ける訳にはいかないんだー!」
大きく叫び、渾身の一撃をリリムの頭に叩き込んだ。
仮面がひび割れ、リリムが顔を隠すように抑える。
「つ、強い……
逃げるわよ!」
リリムが溜まらず上空に飛び上がると、それを追うようにキマイラ四体も飛び上がり、瞬く間に逃げ去っていった。
出血が思いのほか酷く、気を失いかけ群衆の輪の中に墜落する。
爪に毒とかないよね?
民の何人かが、俺を気遣い、俺の肩を抱え、ポーションまで使ってくれた。
ポーションには止血効果もあるのか、みるみる血が止まった。
すごいのね、ポーションて。
でも、ダメージは残っているみたいだから回復量は弱い。
ハイポーションないの?
ラウールが近付き、俺を抱え上げる。
「またいつ襲ってくるか分からない!
皆は安全な場所へ避難せよ!」
暴動は悪魔の乱入で収束した。
傷付き倒れている俺に向かって、領民達から拍手が起こり始める。
騒ぎを聞きつけた人々が門前に殺到する。
拍手はどんどん大きくなり、次第に歓声へと変わっていった。
領民達は新領主を称え、テツオという名前は一瞬にして街に広まる事となった。
公爵を連れて飛んだ際に見ていた町や村を、上空から再確認しながら移動する。
特に気になる事も無い。
サルサーレ領とジョンテ領の間に大きな門はあるが、仰々しい見た目とは裏腹に出入りは自由で平和的だ。
北の国に関しては、領地間の隔たりは無いに等しい。
危険な敵はいないか注意していたが、特に見当たらない。
洞窟や山、森などに近付かなければ、余程のイレギュラーが無い限り、レベルの高い悪魔や魔獣と遭遇する事は無いだろう。
平原などには、中レベル帯以下の魔獣や凶暴な動物はいるが、それは銀等級以下の冒険者の仕事であって、俺がそれを奪うのはお門違いだ。
ほぼ寄り道する事無く、ジョンテ領の中心都市に辿り着く。
サルサーレの街程の面積はないが、街を囲った高壁や深い掘から高い防衛力があり、商店や建造物の多さから、かなり栄えている事が分かる。
ジョンテ領は、ボルストンにある七つの領地の中で、広さだけをとれば上位に入るが、人が暮らしやすいとされる平原地帯は、東西を山脈に挟まれ、縦長に伸びた景観となっている。
ジョンテ領最南に広がる巨大な樹林帯は帰らずの森とも比喩され、何百年に渡りたくさんの冒険者を飲み込み、全く開拓が進んでいない。
更に先の山河を越えて、南の国へ行くのは不可能と言われている。
隣接する流通経路が北のサルサーレ領のみで、経済的には逼迫しているようだ。
エリックがサルサーレを標的にしたのには、そんな背景が関係しているのかもしれない。
俺はここの新領主として、何が出来るのだろうか?
面倒ごとを押し付けられただけかもしれない。
「ジョンテ家の人々はどうなったんだ?」
グレモリーに疑問をぶつけてみる。
やはり、世間知らずのお嬢様より、悪魔グレモリーの方が補佐役として役に立つ。
「エリックの両親は責任をとって自死したわ。
今は、長男が一人で切り盛りしてるみたい。
彼は人望もあり、いい跡継ぎとして期待されていた様ね」
じゃあ、その長男が新領主になればいいんじゃない?
両親が死に、領地剥奪されたのに、事後処理をしているとは見上げた男だ。
そもそもどういった経緯で、俺にこのジョンテ領主の話が持ち上がったのか?
もし、公爵の言うままにサルサーレ領を貰っていたら、公爵がジョンテ領を治めていたのかもしれない。
となると?元々、公爵はジョンテ領を狙っていたと考えるのは邪推だろうか。
国王と公爵の間で、何か取り引きがあったとも考えられる。
「アデリッサ、先に城に行って長男と話しておいてくれ。
俺はちょっと街の様子を見てくるよ」
グレモリーに引き継ぎ等の面倒事は押し付け、俺は街の入り口に降りる。
まだ顔バレしてないから、のんびりと街を散策しよう。
門番は何処かのクランが担当しているのだろうか。
特に呼び止められる事なく、すんなり入れた。
人の出入りは少なく、行商人も然程いない。
だが、宿屋やギルドは冒険者達でそこそこ賑わっている。
何処へ行っても冒険者は多いようだな。
噴水のある公園で、吟遊詩人みたいな奴が弦楽器を鳴らしながら歌っている。
聞こえてくる歌詞の内容は、ジョンテ家が没落し、新しい貴族がやってくる。
果たして、吉と出るか凶とでるか。
ジョンテ領の行く末を憂いた物悲しい曲だ。
それを聞いている町民達の顔はどこか浮かない。
街全体に笑顔がない。
エリックはこの街の人々から笑顔を奪ったのだ。
商店街を歩くと、通りや店先には綺麗な女性が比較的多い。
エリックは、自分の領地から女性を攫ってなかったのだろうか?
もしそうだとしたら、カチンとくるな。
城に近づくにつれ、貴族が住んでいる高級住宅地も見えてきた。
何かしら人集りが出来ている。
あら?なんだか騒がしいな。
あれは暴動じゃないか?
荒くれた領民達が、貴族の館に石やら何やらを投げ込み、尚且つ門を壊そうとしている。
今回の不祥事により領民の不満が爆発したのだろう。
兵はどうしたんだ?
誰も止めに来る気配がない。
見て見ぬ振りなのか?
華麗にスルーして城まで歩いていくと、やはり城門前にも、武器を持った過激な領民達が暴れていた。
門は堅く閉ざされている。
これは、力付くで止めたとて、領民の不平不満は溜まる一方じゃないのか?
こういう時はどうしたらいいんだ?
色々、面倒臭いな。
【北の盾】のみんな早く来てくれないかなぁ。
あ、俺って、絶対領主向いてない。
そもそも領主って、美女取っ替え引っ替えって話じゃなかったの?
お先真っ暗だよ。
正直、こんな領地なら要らなかったなぁ。
エリックの尻拭いなんてごめんだ。
門から入れないから、城の窓からグレモリーを見つけ出し、近くに【転移】した。
「うわあぁぁあ!」
なんだなんだ?
グレモリーが冷たい目で俺を見ている。
目線を下に向けると、尻餅をついた灰色の短髪貴族があんぐりと大口を開けていた。
「い、いきなり、現れた?」
ああ、【転移】を見てビックリしたのか。
そして、こいつがエリックの兄貴なのだろう。
濃い眉毛、暑苦しい二重に彫りの深い顔。
エリックと似てるのは、髪の灰色だけだ。
母親が違うらしい。
弟エリックは妾の子だった。
「ラウールさん、この方がここの新しい領主となるテツオ様です」
「あ、貴方が……
はっ!こ、この度は愚弟が多大なるご迷惑をお掛けしっ!」
ラウールという名のエリックの兄貴が、床に頭を擦り付けながら謝りだした。
「あー、やめて下さいお兄さん。
今日は建設的な話をしにきました」
グレモリーに目配せすると、彼女はラウールの肩をガッと掴んで無理矢理立たせた。
おいおい、悪魔がそんな力入れると腕がもげちゃうよ。
「もうちょっと貴族らしく振る舞いなさいよ。
すいません、世間知らずで」
三人でテーブルを囲んで話をする事にした。
どうやらラウールは、財政難の立て直しに昼夜問わず忙しく、悪魔の存在は全く知らなかったようで、エリックの怪しい動きにも全く気付いていなかった。
ラウールは両親と弟を一気に失い辛いだろうが、この領地の事を誰よりも知っているこいつには、これからまだまだ働いて貰おう。
なるべく【洗脳】は使いたくない。
「私が形式上、新領主となりますが、執務はほぼこちらアデリッサ嬢が担当します。
ラウールさんには引き続き、この領地の為に仕事をして頂きたいのです。
辛いかもしれませんが、お願いしてもいいでしょうか?」
ラウールは立ち上がり、俺の両手を握りしめ、泣いて感謝を述べた。
「ありがとうございます!
精一杯やらせていただきます!」
家族の罪を償う機会を与えられた事に、心底感謝しているようだ。
今回のケースだと、最悪、一族郎党ことごとく処刑もあり得るらしい。
法律どうなってるの?
ラウールに椅子に座るよう促す。
差し当たって、街の暴動を早いとこ鎮静化させておきたい。
どうなっているのか聞いてみると、ラウールの灰色い太眉が困った感じに曲がる。
「この街に住んでいた貴族の殆どが家を捨て、私兵を連れ、サルサーレや他領地へ引っ越していったんです。
資金難の為、暴動を鎮圧する兵を雇う事も出来ません。
このままじゃ、暴動にかこつけて、もっと酷い犯罪が横行する危険性があります」
ギルドは基本、対人外戦を想定した機関だ。
領民を守るのは領主であり、その兵である。
街の入り口にいた門番が相手をするのはあくまで人間の敵、魔物に対してだけだ。
なるほど、上手くできている。
などと感心している場合ではない。
……ふむう。
「では、暴動は私にお任せください。
今日のところはなんとかしてみます。
明日には、私が所属するクランのメンバーがこの街に到着するので、しばらくは何とかなるでしょう。
ですが、予算確保は急務です。
ラウールさん、金銭を流通させる為にこの領地には何が必要でしょうか?」
ラウールに、この領地が抱える問題と改善策を全て吐露させた。
なるほど、流石は後継者なだけあって、良く分かっていらっしゃる。
まぁ、俺なら全て実現可能な案件だが。
ひとまず、当面の危機を乗り切る為に、ラウールに白金貨を百枚渡しておく。
ラウールは面食らっているが、金はその場凌ぎにしかならない。
【土魔法】で金貨を出し続ける事は簡単だが、それでは街の経済は一向に流通しないのだ。
街自体が色んな仕事で溢れ、人が動いていかなければ本当の再生はない。
あ、ヤバい。
面倒事に完全に首を突っ込んでしまっている。
だが、こうなったらやるしかない。
ラウールを連れて城を出た。
——ジョンテ城・城門
門前では、まだ暴徒と化した領民達が荒れ狂っていた。
失業した者、貴族に怒る者、それぞれに暴れる理由が何かしらあるのだろう。
彼らの真意は救済を求めている。
俺とラウールは門上部の見張り台に立つ。
ジョンテ家の貴族の出現に、暴徒の手がピタリと止まった。
「民よ!聞いてくれ!
私の隣にいるこの方が、新しい領主となるテツオ侯爵である!
この領土は、必ず再生する!
近いうちに、必ず皆に安定した暮らしを約束しよう!」
ラウールの宣言に領民達がざわつきだした。
期待されていたラウールの言葉は、民の心に響くのか?
「貴族の言う事は信用できねー!」
「騙されるなー!」
何処からか石が飛んできて、ラウールの頭に直撃する。
それを皮切りに群衆はまた暴徒化し、破壊活動を再開しだした。
駄目だ。ここでの貴族の信用は、限界まで失墜している。
——グゥオオオオオ!
突如、恐ろしい雄叫びが空に響いた。
「な、なんだアレは?」
「ま、魔物だー!」
暴徒が異変に気付き、空を見上げると羽の生えた魔獣が四体、群衆に向かって襲いかかってきた。
門前に降りた二体の魔獣に体当たりされ、簡単に弾き飛ばされる領民達。
その背後にも魔獣が二体着地し、挟まれた形で逃げ場が無くなる。
数人が武器を構え無駄な抵抗をするが、【キマイラ】と呼ばれる強大な力を持つ獅子の様な魔獣には、何も通じない。
前足や尻尾でことごとく武器を弾き飛ばされてしまった。
そこへ、上空から羽根の生えた人型の悪魔が舞い降りてくる。
それは【リリム】という女型の悪魔だった。
全長150センチくらいで、本当は蠱惑的で美しい顔をしているが、戦闘用なのか牙が生えた恐ろしい鬼面を被っている。
その艶かしい女体は、局部を紐の様な黒い闇で隠しただけの全裸に近い格好だ。
「ニンゲン達、暴れたいなら私も混ぜなさいよォ。
バラバラにコロしてあげるからァ。
キャハハハハ!」
悪魔の言葉は、群衆に絶望の恐怖を一瞬で植え付けた。
逃げ場の失った領民達はその場にへたり込み頭を抱え、命乞いをし震えている。
「私が相手だ!
民は私が守る!」
さぁ、こうなっては俺の出番だ!
剣を構え、上空のリリムに向けて門から飛び上がる。
「お前が領主なの?
決めた!
お前を殺して、ここを私の住処にするわ!」
リリムが俺に向かって急降下してくる。
俺の渾身の一撃をスルリと躱し、逆に爪による鋭い一撃を胸に食らってしまった。
ブシュッと赤い血が勢いよく噴き出す。
完全に舐めてた。
めちゃくちゃ痛ぇ!
「テツオ様っ!」
ラウールが悲壮な顔をして俺の名前を叫ぶ。
民が固唾を飲んで俺の戦いに見入っている。
「私が負ける訳にはいかないんだー!」
大きく叫び、渾身の一撃をリリムの頭に叩き込んだ。
仮面がひび割れ、リリムが顔を隠すように抑える。
「つ、強い……
逃げるわよ!」
リリムが溜まらず上空に飛び上がると、それを追うようにキマイラ四体も飛び上がり、瞬く間に逃げ去っていった。
出血が思いのほか酷く、気を失いかけ群衆の輪の中に墜落する。
爪に毒とかないよね?
民の何人かが、俺を気遣い、俺の肩を抱え、ポーションまで使ってくれた。
ポーションには止血効果もあるのか、みるみる血が止まった。
すごいのね、ポーションて。
でも、ダメージは残っているみたいだから回復量は弱い。
ハイポーションないの?
ラウールが近付き、俺を抱え上げる。
「またいつ襲ってくるか分からない!
皆は安全な場所へ避難せよ!」
暴動は悪魔の乱入で収束した。
傷付き倒れている俺に向かって、領民達から拍手が起こり始める。
騒ぎを聞きつけた人々が門前に殺到する。
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