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十九階層ボス
しおりを挟む地面から迫り出しているトロールの坊主頭。
最後の抵抗なのか、血管が浮かび上がるくらいに頭を硬くしている。
硬化する防御系スキルなのかもしれない。
だが、ナナリーの氷槍やロローネの戦斧による凶悪な連続攻撃の前に、抵抗虚しく破壊されていく。
どうやら頭部が弱点だったらしい。
それでも、やはりここは最深十九階層であり、トロールは彼女達にとって遥か格上の強敵。
最後の十体目を屠った頃には、彼女達の体力は限界を迎え、その場にへたり込んでしまった。
「大丈夫か?」
「はぁ、はぁ…………」
息も絶え絶えといったところか。
無理もない。
危険地帯は、最深部へ向かうほど、より深刻な恐怖が冒険者の精神を侵食していく。
強敵から受ける恐怖も甚大であり、体力の減少は更に加速する。
強い恐怖には、より高い精神力、あるいは魔法力でもって、抗う必要がある。
とはいえ、ボス部屋を前にして、今更撤退はありえない。
付かず離れずの位置で、インキュバス共に警備させているから、回復の為に再びテントを設営する選択肢もあるが、いかんせん時間が勿体無い。
いや、待てよ。…………付かず離れずの位置?格上の強敵?
しまった!
恐怖を与えていたのは、あのインキュバスの馬鹿共だったのではなかろうか?
くっそ、あいつら…………
————————
待機しているインキュバス達は、ようやく届いた主人からの連絡に色めき立った。
自分達の仕事はどうだったのか?
三者のうち誰の仕事が一番だったのか?
褒められたい一心で、主人の声を待つ。
「周囲に敵はいるか?」
『こっ、こちら異常ありません!』
「やはり異常はお前らだったようだ」
『えっ?今なんと』
「ふぅ、仕事は以上だと言ったんだ。
ご苦労、もう下がっていい」
『ははーっ!』
ご苦労。ゴクロウ?ブルーとグリーンにとって初めて賜った労いのお言葉
我らの原動力は、ご主人様の魔力そのもの。
然れば、苦労を感じる事などある訳も無し。
なんと勿体無きお言葉であろう事か。
インキュバス達は互いに見つめ合い、絶頂を遥かに凌駕する至福の中で魔法陣へ消えていった。
————————
即座にインキュバス共を撤退、消滅させると、パーティの三人は恐怖から解放されたのか、落ち着きを取り戻していた。
レベルが急激に上がっただけで、精神的にはまだまだ未熟な彼女達。
経験が圧倒的に足りないのだ。やむを得まい。彼女達のペースに合わせ、俺がフォローしてやらないとな。
ふぅ、と一息着く。
そして、はっとした。
今まで俺は、これほど他者を思いやった事があっただろうか?
無い…………かもしれない。
リリィやメルロスに対して、心配した事はあったかもしれないが、彼女達は出会った時点で、既に俺を超える高レベル帯の猛者だった。
目の前にいる少女達は、ちょっとしたミスですぐに命を落としてしまう低レベル冒険者。
危険な深層では、護らねばならないシーンが何度も訪れるだろう。
これ以上、俺に付き合わせてもいいのかどうか、いずれ決断する必要がありそうだ。
「あの…………、ティムさん?」
ナナリーが、俺の顔を心配そうに覗き込んでいた。
「ああ、みんな大丈夫か?」
「もう全然、大丈夫っすよー」
ステラが盾を掲げ、ロローネが斧をブンブン振り回し、快調をアピールしている。
本当は怖いくせに、健気な奴等だ。
そう思うとやはりこれ以上、俺の我儘に付き合わせるのは違う気がしてきた。
「ボス戦どうする?…………引き返すなら今のうちだぞ?」
ところが、すぐにステラが口を挟んだ。
「あたし!ティムさんと一緒なら、怖いのも痛いのも、全然平気なんだ!
だからさっ、あたしらはリーダーの決定に従うよ」
「そうっすねー。銀等級になれたのも、こんな階層まで死なずに来れたのも、ぜーんぶリーダーのお陰なんで、どこまでも着いていくっすよー!」
「私も、怖いのはとっても苦手ですぅ。
でも、ティムさんが居てくれるから…………
えっと、リーダーは、どうしてそんなに平気でいられるんですか?怖くないんですか?」
「怖いさ。でも、怖いのは魔物じゃなくて、一人でいる事だ。
だから、お前らが居てくれて、俺は本当に心強いよ」
そう言うと、三人の顔がぱぁっと明るくなった。
よーしよしよし!ボス戦行けそうだぞ。
嬉しくなったので、みんなの頭を撫でてやると、顔が真っ赤になっていった。
「おっと、すまん。やり過ぎてしまった」
「いえ、そんな事…………」
「あの、もっと頑張るんで、あたし、また頭撫でて欲しいな」
「私は日常的に撫で撫でして欲しいっすー」
「ちょっと、ロローネ」
「へへへ」
「あ、じゃあ私も…………」
何故だか、撫で撫での取り合いが始まった。
やはり、ティムはモテる。
————————
————
ボス部屋を開けると、ツルツルとまでは行かないが、大理石に似た黒光りする鉱石製の壁と床と十本程の太い柱で構成された空間が広がっていた。
さっきまでの暗い地下迷宮と違い、一定の光量があり、この部屋の主を照らしている。
ボスはトロールの群れだった。
頭部しか見てなかったから、今まで全身が分からなかったが、体色は黒ずんだ深緑、身長は三メートル弱、体型は全身が太く、短い脚と長い腕、大きな腹をしているが、膂力はかなり強そうだと分かる。
さて、トロールは元々穏やかな妖精の一種という。
だが、人間が悪に染まって魔人となるように、闇の力に侵され悪魔の手先となるトロールだっている。
それらを、ダークトロールとも呼ぶらしい。
【解析】
トロールキング
LV:75
HP:6805
MP:1805
驚いた。かなりの強敵だ。
恐らくだが、冒険者達が19階層までしか到達出来ていない原因がこいつなのだろう。
前方に陣取る配下のトロール四体も、LV60前後と決して侮れない。
彼女達も強くなったとはいえ、まだレベル50をようやく超えたところ。配下の一体すら倒せるかどうか。
ボス部屋の入り口である扉は、一度潜ると消失して、ただの壁になり、二度と引き返す事が出来ない。
つまり、生き残る為には戦って勝利し、先へ進むしかないのだ。
敵の大将であるトロールキングが、こちらを威嚇するような雄叫びを放つ。
ビリビリと皮膚を震えさせる程の威圧。
後ろを振り返ると、三人がその場で立ち竦み身動きが取れないでいる。
そういや、【強化】すんの忘れてた。
主であるキングの命令なのか、トロールの一体がこちらへ向かって突進してきた。
脚が短いからか俊敏さは感じないが、身体が大きいので迫力がある。
ともかく、パーティリーダーとして足止めしなくては。
素早くシンプソンナイフを放つ。
両肩両膝にナイフを食らったトロールは、勢いそのまま転がるように倒れた。
「総攻撃だ!」
すでに治癒を施し、金縛りから回復した三人がうつ伏せ状態のトロールへ一斉攻撃を開始。
やたら体力の高い敵だが、俺が放つシンプソンナイフによる麻痺効果が、トロールの行動を継続的に遅延させ、結果、一度も起き上がらせないまま倒し切る。
その一部始終を、トロールキングは不気味にもただ黙って見ていた。
妖精は、高い知能を持つ者も多いと聞く。
何か策略を練っているのかも。
心して掛からねば。
「ガルガゴボス!」
トロールキングがなんとも聞き取れない言語を発声すると、配下三体が同時に襲い掛かってきた。
次は転けないように、三体はじりじりと距離を詰めるように迫ってくる。
だが、こちらだって何も対策してない訳ではない。
柱と柱の間隔が狭い場所へ移動し、トロールを各個撃破出来るように陣取っていた。
なんてことはない。
俺達は、巨大な敵に対し、既に何度もこの戦い方をしてきているのだ。
柱の直径は四メートル程、間隔は三メートル未満。
トロールが武器であるメイスを満足に振り回すには、柱間に一体ずつが限界の範囲だ。
ステラが盾で攻撃を受け止め、ナタリーが後衛から魔法を放ち、ロローネが斧で致命傷を狙う。
敵は、ボロ切れを纏っているだけで、防御力は皆無に等しい。
肉体の頑丈さだけで、こちらの攻撃を耐えている。
浅い傷しか与えれなくても、じわじわと減っていくトロールの体力。倒すのは時間の問題だ。
すると、敵の大将が再び吼えた。
先程の状態異常をもたらした雄叫びと違い、俺達に異常は無い。
ゆっくり後退していく瀕死状態のトロール。
どうやら役に立たなくなった配下への指示だったようだ。
熱くなったロローネが、素早く後を追いかける。
「深追いするなっ!」
「あと少しで倒せるっすよ!」
俺の制止を振り切り、斧を構えて大きく飛び上がる。
そこで、想定外の展開を迎えた。
背後で何も出来ずにいた待機していたトロール二体が、なんとメイスを掲げ魔法を詠唱している。
【回復魔法】が瀕死だったトロールを全快させ、ロローネの斧をメイスで撃ち落とした。
「きゃうんっ!」
地面に激しく叩き付けられたロローネ。
大したダメージは無かったようだが、落ちた場所が良くない。
「いてて…………あっヤバ」
トロール三体に囲まれてしまい、彼女は青ざめた。
三本の大きなメイスが今まさに振り落とされようとしている。
ステラは既に走り出していたが、とても間に合いそうにない。
今回のボス戦において、俺はあくまでサポート役に徹し、出来れば彼女達の力だけで乗り切ってほしいと望んでいたが、こういった綻びが出るのは、やはりパーティの練度不足なのだろう。
やれやれ。
「こっちだ!ウスノロ!」
意識を逸らす為、大声を出し、敵の側面へと走りながら、シンプソンナイフに少し魔力を込め、トロールの腕を狙う。
放たれたナイフは簡単に突き刺さり、メイスを振りかぶったまま、トロール達の動きが止まる。
麻痺だ。
麻痺の効果は数秒程度だが、ロローネが逃げる時間は十分に稼げる。
魔法を使えば長時間拘束出来るが、今の俺はあくまでもティム。
ティムとして振る舞わなければならない。
実のところ、数日ティムを演じ続けているうちに、ティムが果たせなかった願いを叶えてやりたい思いが、俺の中に芽生えてきている。
これは、仮面の中に宿る魔力のせいなのかもしれない。
数秒の麻痺から立ち直ったトロール達は、再び魔法の詠唱を始めた。
「こいつら攻撃魔法を使うぞ!」
三人へ注意喚起。
隙を付いて後退したロローネの前へ、ステラが盾を構え、その後ろからナナリーが攻撃魔法を詠唱する。
トロールの持つメイスを媒体にして、三体の魔力が集結し、闇魔法の波動が放たれた。
その黒き波動は、ナナリーが持つ最強の氷魔法をいとも容易く掻き消し、ステラの盾へ直撃。ロローネが背中を支えるも耐え切れず、ナナリーを巻き込んで、弾き飛ばされてしまう。
ものすごい勢いで柱へと叩き付けられ、三人は気を失ってしまった。
三体のトロールが、最後の標的であるティムを取り囲むようにじわじわと距離を詰め始めた。
「ブロロロロロ……」
トロールキングが不気味な笑い声を上げている。それは、勝利を確信した余裕からくるものだろう。
しかし、笑ったのは敵だけでは無かった。
「フフフ、笑えるのか?気持ち悪い笑い方しやがって。
あいつらを気絶なんてさせるから、力を抑える必要が無くなったじゃないか、間抜けが」
「コォロォセェ!」
ボスが、部下への命令を聞き取れる言語で怒気を含ませて発した。
つまり、こいつらは人間の言語を理解しているのだ。
トロール達が、ティム目掛けて闇魔法を放つ。
「なんだ、喋れるのか。では、お前達に魔法の真髄をお見せしよう」
それと同時に直径1メートルくらいの高速回転する火球が大量発生し、闇魔法を掻き消した。
無数の火球は浮遊しながら、ゆっくりとボス部屋を埋め尽くしていく。
トロールの一体が、メイスでもって火球を薙ぎ払おうとする。
「刺激を与えるのは、おすすめしない」
火球に触れた瞬間、爆発が起こり、トロールの腕が吹き飛ばされた。
それを見た他のトロールの動きが止まる。
「傍観も、おすすめしない」
火球は次々と増殖していき、遂にはトロール達を完全に包囲した。
どうするのか様子を見ていると、腕を失ったトロールの身体がみるみるうちに黒く変色していく。闇を纏わせ、身体を硬化させているのだろう。
「チャレンジ精神は大事だ」
「グヌォオオオオ!」
全身真っ黒になったトロールが、雄叫びを上げて火球に突っ込んでいく。
ボボボボボンと、爆発音が連続して響き渡り、黒煙が巻き上がる。
煙が晴れると、そこにはもう何もいなかった。
横にいたトロールも、爆発の巻き添えで消滅していた。
残るはトロールキング一体のみ。
「が、特攻はおすすめしない」
怒り狂ったトロールキングが、一際大きな雄叫びを上げた。
「あ、それが一番おすすめしない!」
空間を激しく震わせる衝撃波が、火球に炸裂!
誘爆が連鎖し、大爆発が起こった。
全ての柱が崩壊し、壁や天井に大きな亀裂が入る。
廃墟然とした光景に、冒険者の一人が何事も無かったように平然と立っている。
部屋の片隅には寝息を立てる少女が三人。
階層のボスは呆気なく消えた。
「無駄死にはおすすめしない」
————十九階層ボス撃破。
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