時間を戻して異世界最凶ハーレムライフ

葛葉レイ

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ナタリー

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 この日のニースは、朝から喧騒に包まれていた。
 ここヴェスレイ領の領主スナイデル公爵デュークの実子が、この街に来訪すると噂が飛び交ったからだ。
 領内とはいえ危険地帯デッドゾーンが存在する街へ、領主の血縁が訪れるのは、実に二十年振りの事だった。
 ニースで最も盛んな商店街を通り抜ける道路は、石畳で舗装され、歩行者だけでなく、多くの馬車が行き交っている。

「はぁ、なんて下品な場所なのかしら。人も建物も汚くて臭いわ」

「……………………」

 可憐なドレスで身を包むうら若き乙女は、馬車の窓からニースの街を眺めつつ、溜息と不満を漏らす。
 同乗している執事らしき男性は、何も聞こえてなかったかのように読書へと耽っている。

「貴女方も大変よね。わざわざこんな田舎まで連れてこられて」

 隣の執事が無視するので、令嬢はふぅ、と一つ溜息を吐き、正面に座る二人の同乗者に矛先を向けた。
 両者共に、白金を基調としたローブを纏い、ミトラと称す聖帽を被っている。
 聖帽から垂れるベールが顔を覆い隠し、若い女性である事は分かるが、表情までは窺い知れない。
 領都ヴェスレイから遥か遠いニースまでの道中、咳払いや溜息といった呼吸の乱れなど無く、姿勢も一切崩さず、指の一本すら動かない程なので、実は人形なのではないかと疑い始めていた。

「…………」

「コホン…………、聖女様に語り掛ける事は禁じられておりますぞ。女性の顔を覗くのもマナー違反でいけませんな」

 静寂を掻き消す軽い咳払いをした執事は、本に目を落としたまま、公爵令嬢へ釘を刺す。

「何よ、あんたが無視するからじゃない」

「奇蹟の体現者であらせられる聖女様との帯同は、正に貴族の誉れ。粛々を任務を遂行する事こそが、公爵様直々に、お嬢様へと任せられた大事なお役目。解りますな?」

「そんなの分かってるわよ!仕事はきっちりこなすわ。私が言いたいのは、せっかく若い女の子と同じ空間にいるのに、世間話の一つも出来ないのがおかしいって言ってるの!まるまる一刻(約四時間)もよ!」

「最初にお伝えしたでしょう。
 お役目の間、聖女様は天使と同義。人であって人に非ず。
 俗世とは乖離しているのです」

「だからって、移動中は仕事中なの?
 馬車の中までずっと無言とか…………知らなかったわよぉ…………大体…………ぶつぶつ…………」

 令嬢の勝ち気な口調は、次第と小さくなっていく。
 執事はその様子を見て、何か言おうとしたが、頭を振ると、再び本へと目を落とした。
 不貞腐れた令嬢は、車窓の外へ意識を向ける事にする。

「あっ…………!ちょっと、止めて!」

 彼女は何かに気付くと、大きな声で従者に命令した。
 馬が大きくいななき、馬車はガタガタと激しく揺れた後、急停止する。
 令嬢がスカートを捲くし上げ、急いで馬車を降りた。

「聖女様の聖行を止めるとは…………ぬ?あれは…………」

 この街にはミスマッチな煌びやかなドレスを靡かせ、公爵令嬢はとある冒険者集団の前へと躍り出た。
 ニースへ突然来訪した貴族は、住民達の注目を否応にも集める事になる。

「ナナリー、久しぶり」

 自分より背の高いロローネの背に隠れたまま、ナナリーは少しだけ顔を出し、声の主を覗き見している。

「冒険者になっても相変わらずオドオドしてるのね」

「何だ?知り合いなのか?」

「ああ、リーダーはまだ知らなかったっすね」

「…………ナタリーお姉様です」

「姉…………?お前、貴族出身だったのか」

「…………よろしくてっ!」

 声をかけた自分を差し置き、勝手に話し始めた事が気に障り、ナナリーの姉ナタリーは言葉を遮る。
 貴族は自分勝手な輩が多い。

「えっと、そちらの殿方は?」

 馴れ馴れしくもナナリーをお前呼ばわりする不遜な男が現れた。
 女性五人でパーティを組んでいるのだと、執事から事前に報告を受けている。

 えっ?じゃあ、誰こいつ?
 顔はそこそこ、いや領都でも少ないくらいの整った容姿ではあるが、所詮は田舎の冒険者。そんな奴がどうして妹と一緒にいるのだろう。

「この方はパーティリーダーを務めて下さっておられる同クラン金等級ゴールド冒険者ティムさんです」

「へへっ、どうも。へぇ、あんまり似てないんだな」

 私の身体を、特に胸元を中心に、ジロジロと舐め回すような視線を送ってくる下品な男。
 それなのに、それなのに!
 この子達は、なんでこんな男に従順に従っているのだ。
 恐らく等級差でもって、無理矢理に言う事を聞かせているに違いない。

「今から朝メシなんだが、よかったらお姉さんも来るかい?」

「いえいえいえいえ、全く結構ですわ。わたくし、大事な任務中ですので。
 それと、言葉遣いには注意された方が良くってよ」

「へへっ、そいつぁ手厳しい。忠告ありがたくいただいておきやす」

「ナナリー、いくら金等級ゴールドだからって、殿方と近付き過ぎるのは、関心しませんわ」

「お嬢様、急ぎませんと」

「えっ、ええ…………えぇっ!」

 執事に催促されたナタリーは、馬車の方へ視線を向け、そして、唖然とする。
 どんなに話し掛けても全く微動だにしなかったあの聖女が、禁忌のベールを捲り上げ、窓からこちらへ齧り付くように覗いていたのだ。
 あいにく私が振り返った途端に、すぐに顔を引っ込めてしまったが、間違いなくティムとかいう男性冒険者を見ていた。
 初めて見た聖女の素顔。光り輝いて見える金髪に、優しい緑の瞳。絶世の美少女だ。
 そんな聖女が何故?疑問が次々と湧いて出る。

「何であの男を見てたの?ねぇ、あの男を知ってるの?貴女、この街に来たのは初めてよね?あの男に何かあるの?」

「……………………」

「お嬢様、およしなさい」

 馬車に乗り込むや真っ先に聖女へと詰め寄るナタリーお嬢様。
 しかし、聖女は何事も無かったように、ベールの奥で無言を貫いている。
 こうなってはもう駄目だ。意識が今ここにあるかどうかすら定かでは無い。
 もはや何の反応もしないであろう。
 だが、諦めたわけではない。
 好奇心が疼いて、もうどうしようもない。
 絶対に明らかにしてみせる。

 そう自分に誓うナタリーであった。


 ————————


 ティムこと俺は、メンバーと軽く朝食を済まし、クラン【凍てつく永劫アイシクルアイオーン】のホーム、通称【古神殿】へとやってきた。
 てっきり二十階層に到達したヒーローを、多くの団員が出迎え、てんやわんやの宴が催されるものだとばかり思っていたが、古神殿に到着すると、何故か俺だけがすぐに会議室へと連れて行かれ、威圧的な幹部風団員三名に囲まれ、長い長い聴取が始まった。
 クランに所属する団員には、依頼で得た情報を報告、又は提供する義務がある。
 止むを得ず、地下迷宮ダンジョン十九階層の地形や鋼植物、魔物等の情報を事細かく説明していく。
 幹部達の関心は、攻略云々よりも、新しいエリアで採掘出来る鉱石や素材にあった。
 クラン運営を何よりも優先する彼等にとっては、他クランに先んじて、いち早く利益を独占したい算段なのだろう。

「もっと詳細に説明してくれんかね?」
「そこは本当に魔物がいなかったんだな?」
「この分布図は正確じゃないなぁ、そもそも……」

 なんて面倒なんだ…………

 しかし、ティムを演じ続けるには避けて通れない、か。
 細かい休憩を挟みつつ、聴取は昼過ぎまでに及んだ。
 俺から根こそぎ情報を得た彼等は、労いの言葉一つ無く、急ぐように退室していった。
 他クランより早く調査隊を派遣しなければいけないらしい。
 ようやく解放された安堵感なら、俺は硬い椅子に座ったまま大きく伸びをした。
 すると、笑い声と共に誰かが入ってきた。


「うふふ、ようやく終わったのね。ティムくん、お疲れ様」

「あ、セーラさんどうも」

「今、新しいお茶を淹れるわ」

 この女性は、クランマスターの秘書をしているセーラだ。
 そういえば以前、レストランで俺の歓迎会が催された時、クランマスターの側にいたっけ。
 あの時の効率的な采配は、お見事だった。
 今回の執拗な聴取も、彼女の細かな気配りがあったからこそ乗り切れたといっても過言ではない。
 休憩の度に、新しい紅茶を出してくれたし、優しい言葉もかけてくれた。
 真面目そうな眼鏡ときっちり着こなしたスーツ姿から、第一印象は堅そうな事務女だったが、紅茶を淹れる際の無防備な後ろ姿や尻や胸元は、否応にも俺の下半身を刺激したし、会話時の優しい微笑みと、妙に近い距離感からかかる吐息は、俺を思春期時代の少年へと戻した。
 恐らくこの女性は、十八歳であるティムを子供扱いしているのである。
 中身が二十五歳の性欲餓狼とも知らず。

「ついこの前昇級祝いをしたばっかりなのに、もう金等級ゴールドになっちゃうなんて、本当に凄いわ。きっと、いっぱい頑張ったのね」

 紅茶を注ぎながら、自分の事のように喜ぶセーラ女史。

「はい。いっぱい頑張りました」

「うふふ」

「ご褒美が欲しいです」

「あら?金等級ゴールドになったんだから、クランからお祝いがあるわよ?」

「セーラさんから欲しいんです」

「え?私から?えっと…………何が欲しいの?」

 ————————

「おっぱいが見たいです」

「ええっ、何言ってるの?」

 彼女の笑顔が、一瞬で真顔に戻った。
 真顔どころか、眉間に皺が寄っている。
 だがもはや、引くに引けぬ。

「セーラさんのおっぱいを見せて下さい」

「ふぅ、聞き間違いじゃ、無さそうね。
 十年前、貴方がここに来たばかりの時分、私とお風呂に入ってたでしょ?私の裸なんていっぱい見てた筈よ。
 冗談でお姉さんをからかわないで」

 セーラはやれやれといった感じで横を向き、こめかみを指で抑えながら、昔話を語りだす。
 なるほど、ならば子供扱いを逆手にとるか。

「はい!セーラさんとのお風呂は楽しかったです。あと、セーラさんの裸とっても綺麗でした。ですが、今じゃもう、その記憶も朧げで…………」

 彼女は頬を一気に赤らめ、こちらを横目でチラリと見た。

「だから、もう一度見たいんです!セーラさんのおっぱいが!お願いします!」

「もう、恥ずかしいからそれ以上言わないで。困るわ」

 くっ、これだけ押しても駄目か。
 はっ!そういえば、クランマスターともしや?

「見せれないって事は、もしかして、団長とそういう仲なんですか?」

「えっ?団長?彼とはただの仕事仲間よ」

「じゃ、じゃあ!」

「落ち着いて、私もう二十六よ?成人してから十年も経っちゃったし、貴方とは八才も年が離れてるわ。ティム君には、これから若い子がいっぱい寄ってくるわよ?」

 だからこの世界は成人が早過ぎるんだって。
 二十六才なんて、実際の俺と一個しか年が違わないじゃないか。
 ここは押しの一手あるのみ!

「セーラさんのおっぱいじゃないと意味が無いんです!」

「ああ、もう!そんな真剣な目で見つめないで…………」

「正直、地下迷宮ダンジョンは本当に厳しいところでした。次は生きて帰れるかどうか…………」

「そんな事言わないで」

「最後に思い出が欲しいんです!」

「…………そうね…………分かったわ。でも、こんな場所じゃ恥ずかしいから、私の部屋まで来て」

 よっしゃ!言質いただきました!

 セーラに手を引かれ勢いよく会議室を飛び出し、早歩きで廊下を進んでいく。
 その手の優しい温かさに、これからの展開を想像し、無性に興奮してくる。

 古神殿を基にしたクランホームは、長年に渡って増改築を繰り返しのだろう。
 廊下は、神殿に隣接された宿舎棟に繋がっていた。
 宿舎の最上階である三階は、女性団員のフロアらしく、どことなくいい匂いがする。
 別段、男子禁制にはなっていないらしく、数人の男性団員とすれ違う事もあった。
 そして、遂に彼女の部屋へと到達した。

「さぁ、入って」

 自分の大事なテリトリーへ異性を招き入れるその一言に、興奮を禁じ得ないと言わざるを得ない。
 期待と緊張を感じつつも、今、侵入成功!
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