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第1話

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 石畳で舗装された通りには、両側に赤煉瓦製の家や商店が隙間なく並んでいる。

 店はどこも活気であふれており、呼び込みの声が途絶えない。そこに並ぶのは、鮮やかな色彩の布織物だったり、装身具だったり、剣や甲冑だったり。

 中には、鳥かごの中に小さなドラゴンをいれて、軒先につるしている店もあった。
 足を止めて、しげしげと鳥かごを覗き込めば、縦割れの瞳孔とバッチリ視線が合う。すると、鳥かごのドラゴンはおれに向かって口を開き、小さな炎をボウッと吹きかけてきた。

「うわっ!」

「ははは、兄ちゃん、フェアリードラゴンは初めて見るのか? 正面から視線を合わせちゃいけねぇよ。そうすると、コイツらはケンカを売られてるって思って、すぐに攻撃態勢に入るからなぁ」

 縦にも横にも大きい店の店主が、あわてて後ろに身を引いたおれを見て大笑いした。

 そして、慣れた手つきで鳥かごの中に手をつっこみ、フェアリードラゴンを背中側から掴んで、自分の肩に乗せる。

「ほら、見てみろ。こうやって背中から触れば、大人しいもんさ」

 店主の言葉通り、フェアリードラゴンは落ち着いた様子で、その広い肩の上に寝そべった。

 その様子に、道を歩いていた家族連れがおれと同様に足を止める。そして、十歳ほどの子どもは父親の手を引っ張って、フェアリードラゴンが欲しいとねだり始めた。

 それを見た店主は、家族連れにターゲットを移行したのだろう。さっそく自分の肩からフェアリードラゴンを下ろして、子どもの掌に乗せてやった。

 おれはその隙に、そっと店の前から離れる。

 そして、しばらく歩いた道の途中で、そっと足を止めた。この胸に湧いた感動が、とうとう抑えきれなかったからだ。

「――すごい……! まさか、最新のMMORPGはここまで進化していたなんてな……!」

 ――思い返せば、事の始まりは一ヶ月前のこと。
 
 おれの独り暮らしのアパートの郵便受けに、一通の手紙が投函されていた。

「先行体験へのご招待……?」

 小さなダイニングテーブルで一人寂しく、仕事帰りに買ってきた惣菜を、夕食としてつつきながら、手紙の内容を読んでみる。
 手紙にはこう記載されていた。

-------------------

 この度は、弊社の新規開発のVR型MMORPG「God's Garden」の先行体験へご応募いただき、誠にありがとうございます。
 厳選なる抽選の結果、河野奏斗様がご当選されましたので、お知らせいたします。

 先行体験の開始にあたり必要なVR装置の機材は弊社から貸与をさせていただきます。こちらの機材貸与、設置に際し、河野様に負担いただく費用は一切ございませんので、何卒ご安心くださいませ。
 
 つきましては、先行体験への同意書・機材貸与使用契約書・秘密保持契約書を、後日、河野様のご自宅へお送りさせていただきます。

 恐れ入りますが、到着後、8日以内に同封しました返信用封筒にて、弊社へご返送を頂けますようお願い申し上げます。

-------------------


「ん、んん……? おれ、こんなの応募したっけ? ああ、いや、でも思い返せばなんかそういうバナー広告をクリックしたような気がするな……」

 動画を見ていた時に、確か、そういう内容のバナー広告が出てきたのだ。

 いつもならすぐに広告バナーなんて消してしまうのだが、その時は、妙にそこに書かれていたキャッチコピーが気になって、クリックをしてしまった。

 あれには確か……そうだ。『自宅で気軽に異世界にログインしてみませんか? このバナー広告を見ている貴方への特別なご招待!』って書いてあったっけ。
 今思うと、なんで自分が惹かれたのか分からないくらいの、ありきたりのキャッチコピーだけど。

 おれは夕食をつつく手を止めて、もう一度、その手紙の内容をじっくりと読み込んでみる。

 ゲームの内容としては、よくあるファンタジー系のMMORPGのようだ。

 VR型装置を使用し、この世界から古き神々が統べる『God's Garden』へ魂のみで向かってもらう。
 そして、神の用意したアバターに貴方の魂が乗り移ると書いてあるが……まぁ、これはVRでゲームの世界にログインすることを、ストーリーの設定的にそう表現しているのだろう。なかなか凝っている。

 『God's Garden』は魔法とモンスターの存在する異世界。そして、ゲームにログインした後は、自身の好きな職種を選択し、クエストや大型ミッションをこなして経験値を溜めることができる。
 職種は、騎士・戦士・傭兵・商人・錬金術師・貴族・魔法使いの七職から選べるという。
 強くなるにつれて、職種は上位職へ派生することができるようだ。

「なかなか面白そうじゃないか。それに、VR型MMORPGが無料で体験できるなんてすごいぞ! これは応募するしかないな」

 ウキウキとした気分で、丁寧にその封書を封筒に入れなおし、引き出しに片づける。
 
 独り暮らしの会社勤めのおれは、趣味らしい趣味がなく、もっぱら休日はゲームをして一人で家にいるのが常だった。
 だが、最近は自身の持っているゲームも、MMORPGも、一通り遊び飽きてしまったところだった。

 VR型MMORPGかぁ……いったいどんな感じなんだろう? 先行体験が出来る日が楽しみだ!
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