四天王に転生したら部下の双子に想像以上に執着されてるんだけど

秋山龍央

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第2部 闘技場騒乱

第二十六話

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「ゼノン……どうやら、その神造兵器の次の適性者はお前みたいだな」

 おれは抱えていたローズの身体をそっと床へ横たえ、自身の上着をかけた。
 その表情は、年相応の少女のようで、ただ穏やかに眠っているようにさえ見えた。

 ……ローズが最期に残した言葉は、まだ耳の奥に残っている。
 もし、もっと早く彼女と向き合えていたなら、この結末も違っていたのかもしれない。

 けれど――彼女はあまりにも多くの血を流しすぎていた。
 無関係な人々の命や想いを犠牲にし続けた彼女を、最後まで救うのはきっと難しかっただろう。

 だからせめて、今だけは安らかに眠っていてほしい。
 そう心の中でつぶやき、おれは立ち上がった。

 それからヴィクターとゼノンのもとへ歩み寄る。周囲には、香水瓶から放たれる柑橘の香りがうっすらと漂っていた。
 おれが近づいても、ベアウルフもワータイガーももう牙をむくことはない。むしろ、ゼノンの命令を待ちわびるように、じっと彼を見つめていた。

「……俺が、この神造兵器の適性者……」

 短い沈黙のあと、ゼノンはおもむろに口を開いた。

「えー!? 俺の神造兵器ってコレなのかよ!? もっとかっこいいのが良かったんだけど! これ、返品できねぇの?」

 場違いなほど不満げな声に、思わずおれは状況も忘れてずっこけそうになった。

「ゼ、ゼノン、お前……あんなに神造兵器を欲しがってただろ!?」

「だってローズのおさがりみたいだしさぁ……それにシキ様だって、俺に似合う神造兵器を探してくれるって約束してくれたじゃん! 俺、兄貴の村雨みたいに、もっと前線向きのカッコイイやつが欲しかった……」

 おい、不満が多いな!
 拗ねたように口を尖らせるゼノンに、思わずこめかみを抑える。

「一度決まったら、神造兵器の適性者は変えられないんだ。それができるなら、おれだってとっくにキャンディケインを手放してる」

 とはいえ、ゼノンの気持ちも分からなくはない。
 男の子なら、どうしたって前線で輝くようなカッコイイ武器に憧れちゃうよね。

「マジかよ……はぁ、なんか素直に喜べねぇな~」

 がっくりと肩を落とすゼノン。
 すると、ヴィクターが彼を慰めるように穏やかな声をかけた。

「いいじゃないですか、ゼノン。どうやらあなたはローズと違って、人よりも魔獣を操るのに長けているようですね。ほら、ベアウルフもワータイガーも……命令していないのに、もうこんなに従順です」

 見れば、確かにその通りだった。
 さっきまで荒々しく暴れていたはずの魔獣たちが、尻尾を振りながらゼノンをじーっと見つめている。

「魔獣使いなんて、すごくかっこいいじゃないですか」

「うーん……そうかぁ……?」

「それにですよ。まだ実験してみないと分かりませんが……その神造兵器は香りを嗅いだ人間を操れるんですよね。ということは――シキ様を操ることだってできるはずです」

「えっ、おれ?」

 いきなり名前を出されて、思わず変な声が出てしまった。
 その間にも、ヴィクターはゼノンへとひそひそと耳打ちを始める。

「つまりですね……もしこの神造兵器を使えば、シキ様に――」

「……な、なるほど。普段シキ様がやってくれないことも、これさえあれば……!」

「お、おい! さっきからなんの話をしてるんだ!?」

 ひそひそ話を終えたゼノンは、先ほどまでの不満顔がウソのように、満面の笑みを浮かべておれに向き直った。

「シキ様、やっぱりこの神造兵器、悪くねぇな! 早く皇城へ帰ろうぜ!」

「な、なあ……ヴィクターと何を話してたんだ? あ、やっぱいい。聞きたくない」

 か、帰りたくねえ……!

 そんなおれたちのやりとりを見ていたハルトとアメリが、苦笑いを浮かべながら近づいてきた。

「シキ……それにヴィクターとゼノン。今回は助けてくれて、本当にありがとう。君たちの機転がなければ、僕ら全員無事じゃすまなかったよ」

「あたしはアンタに地面に放り投げられたこと、忘れてないからね!」

 アメリがビシッと人差し指を突きつけると、ヴィクターはわざとらしく肩をすくめ、おれのほうを振り返った。

「シキ様、この女はいったい何の話をしているんでしょう? 頭のおかしい女のようです、近づかないようにしましょうね」

「忘れてんじゃないわよ!?」

 ハルトやアメリとの心のなごむ会話もそこそこに、コロッセオの壁の向こうから人の声と、ものものしい物音が響き始めた。

 どうやらこの騒ぎを聞きつけて、皇国軍の兵たちが集まりだしたらしい。あるいは、ローズの死によって眠らされていた兵士たちが目を覚ましたのかもしれない。

 それに気づいたハルトの仲間たちも、あわてて撤収の準備を始めていた。
 ローズに操られていた剣闘士や、囚われていたウルガ族の女性たちも、革命軍に肩を貸されながら次々と外へ運ばれていく。

 そして――ローズに捕らわれていた、あのウルガ族の幼い少女。
 シキに転生した日に出会い、目の前で連れ去られてしまった少女も、革命軍の一人に助け出されて支えられているのが見えた。

 あれなら、廃倉庫にいた姉とも、そう遠くないうちに再会できるだろう。
 その光景を見て、おれは胸の奥からほっと息をついた。

 撤収の準備を急ぐ仲間たちを背に、ハルトが笑顔を向けてくる。

「シキ、今日は本当にありがとう。ロペルとの戦いの時も……君たちには助けられっぱなしだったね」

 そう言ってから、今度はゼノンに顔を向けた。

「ゼノン、僕はハルトっていうんだ。僕に言われるまでもないと思うけれど……シキのこと、これからも守ってあげてほしい。彼はとても優しい人だから」

「はぁ? マジでテメェに言われるまでもねーな、さっさと消えろ」

「あはは……じゃあ、またね!」

 ハルトは苦笑して肩をすくめると、仲間と共に足早に去っていった。

 そして――革命軍と入れ替わるようにして、今度は鎧のきしむ音とともに兵士たちがどっとコロッセオへ押し寄せてくる。

 その先頭に立っていたのは――おれと同じ四天王の一人、ライオネル。
 鋭い眼差しで場内を見渡し、血と肉片の散らばる闘技場にその威圧的な気配を広げていた。

 場の空気が一変し、再び緊張が走る。
 そして、おれはライオネルと正面から向き合うことになった。

「シキ将軍……これはいったい、どういうことですかな?」

 びりびりと空気がひりつく。
 ライオネルの鋭い視線に、思わず喉が詰まった。
 闘技場には戦闘の痕跡があちこちに残り、壁には大穴があいている。なにより――血にまみれたローズの亡骸が横たわっているのだ。

 息を飲むおれの前に、ヴィクターとゼノンがさっと前へ出て、庇うように立った。
 そして、ヴィクターが落ち着いた声で告げる。

「私たちは、先日のリリア姫の侍女誘拐事件を調べていたのです。これはブラッドリー大臣からの直々の依頼でした」

 続けて、ゼノンが肩をすくめながら口を開いた。

「で、調べていくうちに、このコロッセオに不審な金の流れがあることが分かってんだよ」

「不審な金の流れ……?」

 ライオネルの眉が険しく寄り、ヴィクターが静かに頷いた。

「結論から言えば――試合で死んだと偽装された剣闘士たちが、人身売買として他国へ売られていたのです。そして、その首謀者こそが……ローズ様でした」

「なっ……! それは真か!?」

「ああ、本当だ。どうやらあの女は、剣闘士や戦争で捕虜にした連中の数をちょろまかして、自分の懐を肥やしてやがったらしいぜ。メイドを攫って革命軍の仕業に見せかけたのも、その一環だ」

「皇国と革命軍の双方に疑念を抱かせ、己の悪事を隠すための偽装工作だったというわけです」

 ライオネルの瞳が大きく見開かれ、全身がわなわなと震える。
 その怒りはローズの遺骸へと注がれ、鋭い眼光が突き刺さった。

「誇りある四天王が、かような真似をするとは……!? 事実であれば、断じて許されぬ。皇国の法を踏みにじるなど、まさしく国の恥!」

 声には烈火のような憤りが込められていた。
 だが――その視線がふいに、おれへと移る。

「……して、シキ将軍。なぜローズは死んだのですかな? しかも地下収容所の捕虜や剣闘士まで逃げ出している。革命軍と刃を交えた跡もあるようだが……どうにも腑に落ちぬ。説明していただけますかな?」

 どう答えるべきか迷ったその瞬間、おれが声を発するよりも早く、ヴィクターがさっと口を開いた。

「シキ様は、同じ四天王としてローズ様を説得するために、このコロッセオへ来られたのです」

 冷静な声音で、理路整然と説明を並べていくヴィクター。
 そして間髪入れず、ゼノンが一歩踏み出す。おれを背にかばうように立ちふさがり、鋭い眼差しでライオネルを見据えた。

「けどな、その女は自分の悪事がバレたと気づいた瞬間、俺たちまで始末しようとしてきやがった。しかも、運の悪いことに革命軍まで同じタイミングで襲撃してきたんだ。捕虜を救い出すためにな」

 二人の説明はよどみなく続いていく。

「本来なら巡回兵がいるはずですが……彼らもローズ様の神造兵器で眠らされており、我々も多勢に無勢で……」

「それに革命軍、あの聖剣使いまで持ち出してきやがったんだぜ。しかも結局、ローズは自分の神造兵器の制御を失って魔獣にやられて……あの有り様さ」

 二人の言葉はまるで打ち合わせていたかのように自然で、筋が通っていた。
 おれはただただ感心するばかりだった。

 すごい、今までなんの相談もしていなかったのに……!
 どうしてこんなにぴったり息が合うんだろう?

 それとも――二人は、おれがハルトたちを助けに行きたいと言い出した時点で、こうなることを見越していたのだろうか。

 そんなヴィクターとゼノンの説明を聞いていたライオネルは、顎に手をやり、鋭い眼差しでしばし考え込んだ。

「……なるほど、貴殿らがここにいた理由は理解した。それが本当ならば、コロッセオの金の流れを洗えば、真偽はすぐに明らかとなりましょう。シキ将軍、今宵は皇城へ戻られるがよい」

「ああ、そうさせてもらおう」

 そう返事をしながら、内心ではその場にへたり込みそうなくらいホッとしていた。

 だが、安心したのも束の間、ライオネルがふっと何かに気づいたように、きょろきょろと周囲を見まわして言葉を続ける。

「そういえば……ローズの神造兵器はどうしたのですかな? まさか、革命軍に奪われたのではあるまいな?」

「それはこちらで確保した」

 おれはそこで、ゼノンを掌で指し示しながら説明した。
 彼の手には、あのローズ・ドゥ・パルファンが握られている。

「恐らくだが……ゼノンが次の適性者になったようだ。今もあいつが神造兵器を使って、魔獣を従わせているんだ」

 視線を向ければ、今も魔獣たちはゼノンの指示に従って大人しくしている。
 それを見たライオネルが、珍しく明るい声をあげた。

「それは重畳! 神造兵器とその次代の適性者が無事に残っているのであれば、何も問題はありませぬな!」

 ライオネルの言葉に、おれは思わず眉をひそめた。

「その言い方だと、まるでローズの死は、何の問題もないと言っているように聞こえるが?」

 すると、ライオネルは驚いたように目を見開き、こちらの胸中を測るかのようにじっと見つめてきた。
 やがて戸惑いをにじませながらも、武人らしく静かに頭を垂れる。

「……これは失敬。確かに、軽率な物言いでしたな」

 ライオネルの謝罪に対して、おれは無言のまま頷いた。
 今はもう疲れ切っていて、それが精一杯だった。

 そして――コロッセオの後始末は彼に任せ、おれたち三人は皇城へ戻ることにした。

 なお、ゼノンが従わせていた魔獣は、彼が命じると素直に自分から檻へ入ってくれた。
 ヴィクターが言った通り、ゼノンはローズと比べると、魔獣を操る力に長けているようだ。

 ……ふと、頭をよぎる。
 思い返せば『ひよレジ』では、ローズが物語から退場する前に、ゼノンは殺されてしまっていた。
 もしも原作でローズとゼノンの死ぬ順番が逆だったなら――ゼノンは彼女の神造兵器を継いでいたのかもしれない。

 だが、そんな小難しいことは、今はどうでもよかった。

 今日はあまりにも多くのことが起こりすぎた。
 もう、なにも考えずにベッドへ倒れ込みたかった。
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