死刑宣告を受けた王宮魔術師、最後の夜に暗殺者に攫われる

秋山龍央

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第2話

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 ――目が覚めた時、おれはまだ自分が夢の中にいるのだと思った。

 身体を起こすと、なんともかぐわしい香りが鼻をかすめた。目をこすってあたりを見回す。
 天井はむき出しの梁が走り、棚にはハーブの束や干した果実、何に使うのか分からない瓶が並んでいた。窓際には乾いた薬草が吊るされている。

 暖炉には薪がくべられていて、時おりパチパチと爆ぜる音が響いていた。暖炉の上にかけられた鉄鍋ではスープを煮ているようで、ことことと小さな音が響いている。部屋に漂う香りの元はこれだと分かった。

「おれは……そうだ、確か昨日はいきなり裁定場に連れていかれたと思ったら、カリス殿下の毒殺未遂の犯人扱いをされて……」

 ぼうっとする頭をなんとか動かして、ゆっくりと昨夜の記憶をたぐる。

 そうだ、おれは確か……死刑を宣告されて、牢に入れられたんだ。
 でも、牢に閉じ込められたあとの記憶が判然としない。イザーク殿下がおれに会いにきて、取引をもちかけてきたのは覚えている。

 けれどその後――なんだかノリの軽すぎる自称・暗殺者がやってきて、おれを抱えて牢から脱出したというワケのわからない記憶があるのだ。

 そんなことあるはずがない。暗殺者にしては軽薄すぎる口調だったし、そもそも、魔術塔の厳重な警備を破って牢に忍び込んだ挙句、おれを抱えて脱出なんてできるはずがない。

 できるはずがないのに――おれを抱きかかえた彼の腕の感触は、しっかりと肌に残っていた。

「もしかして、これって死刑前に見てる幻覚なのかな……死への恐怖で、おれの脳が都合のいい夢を見せているとか……」

「都合のいい幻覚なら、もうちょい楽しい夢でもいいんじゃねーの?」

「うわぁっ!?」

 とつぜん耳元で囁かれた声に、おれはベッドの上で跳ねあがった。
 そんなおれに、声の主――昨夜、おれを牢から攫った暗殺者はけらけらと笑った。

「ごめんごめん、まさかそんなにイイ反応されるとは思わなくてさー」

「あ、あなたは……!」

「アナタなんて他人行儀すぎない? 俺のことは気軽にゼロ様って呼んでくれていいぜ? あ、まだ名乗ってなかったっけ?」

 燃えるようなオレンジ色の髪に翡翠色の瞳の男は、口元に笑みを描いてベッドの縁へと腰を下ろした。
 冗談まじりの言動とは裏腹に、彼の立ち振る舞いには、まったく油断も隙も見えない。そもそも、彼がいつの間におれのそばにきたのかさえ、まったく分からなかった。

「身体の調子はどうだい? 昨夜、俺がユウリちゃんを抱えて塔から飛び降りたらさ、ばったり失神しちゃって。いやあ、焦った焦った。悪かったね!」

 ひょうひょうと語るゼロを、おれは呆気にとられて見つめた。

 けれど、その言葉をきっかけに、昨夜の記憶が少しずつ、水面に浮かぶ泡のようにじわじわと脳裏に蘇ってくる。

 無慈悲な声で告げられた死刑宣告。周囲からの冷たい視線。
 鉄格子と、冷たい牢獄。そこに突如ひびいた、軽薄な男の声。

 そして――闇の中を駆け抜けた疾走感。

「……やっぱり、昨夜のあれは、夢じゃなかったんだ……」

 自分の声がかすかに震えているのが分かった。

 やはり――昨日の出来事は、すべて現実だったのだ。

 おれがカリス殿下の毒殺未遂の罪を着せられて、死刑を言い渡されたことも。牢に閉じ込められたことも。
 そして、この黒ずくめの男――ゼロに攫われたことも。

 思わず目を伏せる。
 あまりにも唐突で、重たすぎる現実に、心が軋んだ音を立てる。

 けれど、そんな空気を払うように、ゼロがぱんっと手を叩き明るい声を上げた。

「じゃあ改めましての自己紹介だ! 俺は完全無欠の善良な暗殺者のゼロくんっていうんだぜ、今後ともよろしくってな!」

「お、おれは……ユウリ・アマギ。あの、ゼロさんにはいろいろと聞きたいことがあるんだけれど……」

「さん付けなんていいって、ゼロって呼んでくれよ。どうしても敬称で呼びたいなら、ご主人様って呼んでくれると俺のモチベがあがるけど? あ、お兄様もありかな」

「……じゃあゼロって呼ばせてもらうね」

 なんだか頭痛がしてきそうなほどにハイテンションなノリだ。
 おれはこめかみを抑えながら、慎重に言葉を選んだ。

「どうしてゼロはおれを助けてくれたの? いや、そもそもこんなことをしたら、あなたが危ないんじゃ……!」

 今のおれの立場は、第一王子毒殺未遂の実行犯であり――なおかつ王都の牢から脱走した指名手配中の逃亡犯だ。
 おれを助けてくれたことが知られれば、ゼロだってただでは済まないはずだ。

 不安と困惑がないまぜになった声で問うと、ゼロはふっと口元を綻ばせた。

「そういうところ、変わってないなぁ」

「え?」

「ごめんごめん、こっちの話だよ。えっと、俺がなんでユウリちゃんを助けたか、だよね? まあ、それは単純なお話でさ。こう見えても、俺はカリス殿下の陰の部下なのよ」

「カリス殿下の!?」

「まず何から話せばいいかなー。あ、カリス殿下を毒殺しようとした挙句、ユウリちゃんを犯人にしたのがクソイザーク王子とクソヴェルナーだってのは話したっけ?」

「な、なにもかも初聞きだけど!?」

 もう何から驚けばいいのか分からなくなってきた……!

「ご、ごめん。あの、できれば順を追って話してくれる……?」

「もちろんオッケー! じゃあまずは、事の始まりかな。えっとさ、一カ月くらい前に、カリス殿下がユウリちゃんの籍をクソヴェルナーから自分の元へ移したいって話があったのは覚えてる?」

「うん。ただその話は、ヴェルナー様の進言で中止になったけれど……」

 おれがそう言うと、ゼロは舌打ちをして悪態を吐いた。

「そうそう、クソヴェルナーは人手不足を理由にユウリちゃんの移籍を中止にさせたけどさ。本当は、二つの理由があったわけ」

「二つの理由?」

「まず一つは、ユウリちゃんの研究費用と給料ね。ユウリちゃんさー、あのクソヴェルナーに中抜きされてんの気づいてないでしょ?」

「えっ……?」

 思いがけない言葉に、おれは目を丸くした。
 研究費用と給料を、中抜き? ヴェルナー様に?

「やっぱり気づいてなかったかぁ……俺の調査によると、ヴェルナーの下についてから三分の一くらいはずっと中抜きされてんぜ?」

「た、確かに同期と比べて少ないような気はしていたけれど……下級魔術師の給金なんてそんなものかと……」

 口ごもるおれを見て、ゼロは呆れたようにため息をついた。

「ハァ……そういうの、仕方ないで済ませちゃうタイプかー。だからヴェルナーなんかにつけ込まれるんだよ」
「……っ」

 おれはぐっと唇を噛んだ。その通りだったからだ。
 ゼロはそんなおれにかまわず、さらに言葉を続ける。

「ま、二つ目の理由はもっと分かりやすい。ユウリちゃんの魔術研究が完成しそうだったからだよ」

「おれの魔術研究?」

 思わずきょとんと首を傾げる。毒殺未遂の濡れ衣を着せられた理由が……おれの研究のせいだって言われても、ちっともピンとこなかった。
 だって、おれの研究は――

「おれが研究しているのは、義手や義足……えっと、病気やケガで手足が不自由になった方が装着する魔術装具だけれど、それがどうして……?」

「それなんだよね」

 ゼロはひとつ肩をすくめ、少し真面目な声音で続ける。

「カリス殿下は民衆の人気があるし、若い貴族からも支持されてる。でも、それでも王位継承が確定しなかったのは、なぜか知ってるかい?」

 おれは少しだけ言い淀み、それでも覚えていた事実を口にした。

「……その、殿下は生まれつき、両足が……そのせいで、保守派の貴族たちから王位継承に反対されているって……」

「正解! 一部のカビのはえた古臭い貴族どもは『まともに歩けない王子に何ができる』なんて、くだらねぇ理由でクソイザークを推してたわけ――今まではな」

 そう言って、ゼロはにやりと笑い、びしっと人差し指を突きつけた。

「でも、そこにユウリちゃんの画期的な研究が登場したワケよ! いままでの魔術装具って言えば攻撃魔法や防御魔法のサポートが主流で、身体機能の補完なんて誰も思いつかなかった――いや、考えようともしなかった。連中、魔術は選ばれた者の特権っていう頭カチコチの価値観が、骨の髄まで染みついてるからな」

「あ。それ、ヴェルナー様もよく言ってた」

「でしょでしょ? でも、カリス殿下は違った。君の論文を読んで『魔術装具にこんな使い方があったのか』って心から感動してた。だから、第二王子派であるクソヴェルナーから君を引き取って、全面的に研究の支援をするつもりでいたんだぜ」

「……おれの論文を、カリス殿下が……」

 先日の移籍の一件には、そんな理由があったのか――。
 腑に落ちると同時に、胸の奥にじわじわと、驚きと喜びが広がっていくのを感じた。

 そう。おれはヴェルナー様の研究を補佐する傍らで、独自に魔術研究をおこなっていた。前世の知識を活かして、義足や義手といった装具の再現を目指したのだ。

 ……前世の自分――天城ユウタは、病気で少しずつ身体が動かなくなっていった。

 それでも最期まで好きなゲームをして、笑って過ごせたのは、親身になってくれたお医者様、わがままを聞いてくれた看護師さんたち、装具を作ってくれた技術者の皆さん――多くの人たちの手と、医療の力に支えられていたからだ。
 あの時、おれがもらった「明日も生きたい」と思える力を――今度はこの世界で、おれが誰かに渡せれば。そう願って、始めた研究だった。

 けれど……おれの研究が評価されることはなかった。
 ヴェルナー様には「崇高な魔術をなんてくだらない用途に使うのか」と小馬鹿にされ、同期たちにも「そんなものを作るよりも、戦いに役立つ攻撃魔法を磨けばいいのに」と呆れられた。

 それなのに――まさか第一王子であるカリス殿下が、おれの論文を読んでくださっていたなんて、夢にも思わなかった。
 しかも、彼はおれの研究に期待してくれていたというのだ。
 自分の努力を認めてくれた誰かがいたということが、とても嬉しかった。

 思わず頬を綻ばせていると、なぜかゼロが拗ねたようなムスッとした表情を浮かべた。

「……言っておくけど、ユウリちゃんの研究論文を読んだのはカリス殿下だけじゃないからね? むしろ俺が最初に読んで、それをカリス殿下にオススメしたんだからね? そこんとこ勘違いしないように」

「え? ゼロもおれの論文読んでくれたの?」

「当たり前じゃん! ユウリちゃんが書いた論文は全部読んでるぜ?」

「そうなの? あ、ありがとう……」

 はにかみ笑いでお礼を言ってから、ふと、不思議なことに気がついた。

 なにせ、おれの書いた魔術論文は――完成したその日のうちに、ヴェルナー様に「魔術師の誇りを忘れた誇大妄想」と笑われて、論文も装具の試作品も、なにもかも取り上げられてしまったのだ。

 もう、あの論文はもう誰の目にも触れることはないと思っていた。だからこそ、まさかカリス殿下が論文を読んでくれるとは夢にも思っていなかったのだ。

 魔術塔への正式な提出や発表すら許されなかったものなのに……いったいゼロは、それをどこで手に入れたんだろう?

「ゼロは、おれの論文をどうやって読んだの? ぜんぶヴェルナー様に取り上げられたはずだけれど……」

「ん? もちろんヴェルナーの研究室から盗み出したに決まってるじゃん。俺、見ての通り、そういう諜報活動のプロですよ?」

 あっけらかんとした口調に、思わず固まってしまう。
 けれど、ゼロはまるで気にした様子もなく言葉を続けた。

「それにさ、ユウリちゃんが一生懸命書いた論文を、あんなクソ野郎の手元に置いとくのも気に入らないじゃん。なにかされてたら困るし? だから今まで取り上げられた分も、ぜーんぶ俺が大事に保管してあるから安心してね!」

「……あ、ありがとう……?」

 素直にお礼を言っていいのか、正直わからない。

 今、おれは窃盗を告白されている気がする。
 いや、確実にそうだよね?

 けれど――自分の研究を、知らないところで彼が守ってくれていたということに、胸がほのかに熱くなる。
 ……いや、それでも盗みはよくないことだけれど!

「でも、ゼロはどうしてそこまでしてくれたの? あ、もしかしてカリス殿下のご指示で?」

「んー? べつに、俺の個人的な趣味だけど?」

「しゅ、趣味?」

 なんと、カリス殿下のご命令ではなく――ゼロ自身の意向で、おれの論文をヴェルナー様のもとから盗み出してくれたらしい。

 でも、そうなるとますます分からなくなる。
 どうしてゼロは、そこまでしてくれたんだろう? 

 ヴェルナー様を含めた他の魔術師たちは、みんなおれの研究を馬鹿にしていたのに……

 さらに尋ねようとするおれに対し、ゼロははぐらかすように声を張り上げた。

「さて、そろそろ本題にいっちゃうぜ! えーっと……論文のことなんだけどさ、一つだけまずいことがあったんだ。俺が盗み出す前に、イザークにも読まれちゃったんだよね」

「イザーク殿下が?」

「うん。で、鈍いヴェルナーと違って、あの馬鹿王子は論文を読んでピンときちゃった。『この研究が完成したら兄上が一人で歩けるようになって、ただでさえヘボい自分は王位継承できなくなっちゃうよ~!』ってね」

「じゃあ、まさか……今回の事件は……」

「そう――イザークとヴェルナーが共謀して、カリス殿下を毒殺未遂の罪をユウリちゃんにかぶせたってワケ」

 ゼロの声音が、冷気を帯びたように低くなる。

「……連中は、もともとカリス殿下を殺すつもりはなかった。毒殺事件で周囲の目を引きつけておいて――ユウリちゃんの王宮魔術師の地位をはく奪し、その研究をこの世から葬り去ることが本当の狙いだったのさ」

 続けて、ゼロは吐き捨てるようにぼそりと呟いた。

「……ま、あのクソイザークは、ユウリちゃんを手に入れるっていう個人的な願望もあったみたいだけどね」
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