転生者オメガは生意気な後輩アルファに懐かれている

秋山龍央

文字の大きさ
35 / 43

第三十五話

しおりを挟む
 ごくりと唾を飲み込み、意を決してゆっくりと窓をあける。隙間が開くと、ルーカスの妖精鳥はすぐさま部屋の中へと飛び込んできた。そのままおれの右腕に飛び乗り、その嘴に携えた手紙を差し出してくる。

 ……今までルーカスからもらった手紙は、ほとんどが切れ端を破ったような走り書きばかりだった。
 こんな風に正式な手紙をもらうのは、初めてかもしれない。

 おそるおそる妖精鳥から手紙を受け取ると、封を破って中を開く。
 手紙の出だしは、意外にも、おれへの謝罪の言葉から始まっていた。


 ――リオへ。まずは、謝らせてほしい。本当にすまなかった。

 君に言われた通り、僕は焦っていた。<神聖高等学院キングス・バレイ>の代表生徒と研究内容が被ったしまったこと、そして、彼のほうが僕の研究よりも大きく先行していたことが分かって……どうしたらいいのか分からなくなってしまったんだ。

 そんな時、君の発情抑制薬の研究レポートを読ませてもらって……その画期的な内容は、暗闇に一筋の光明が差したように感じた。そして、僕は光に誘われる蛾のように、その明かりに飛びついてしまったんだ。
 でも、君に語ったことも嘘じゃない。この薬が世に出れば、君はいい意味でも悪い意味でも、世間からの注目を集めるだろう。オメガ差別主義者のような連中に目をつけられる可能性もある。そんな状況から、君を守りたかった。

 僕は、近いうちに白百合学院エルパーサを自主退学して、プリンツ市へ戻ることになるだろう。もちろん、それは仕方のないことだ。でも、せめてその前に君に直接謝罪をさせてほしい。

 最後にもう一度、君に会って直接、僕の言葉で謝りたいんだ。そして……婚約者として、きちんとお別れを言わせてほしい。

 君と和解をしたことを示すことで、僕への処分を軽減したいわけじゃないんだ。その証拠に、謝罪の場は僕と君しかいない場所でさせてほしい。明日、もしも良ければ<金の酒>という宿屋に来てくれないか。住所を記しておく。
 ずっとずっと待っているよ。

 ――ルーカス・ブラウン


「…………」

 おれの予想に反し、ルーカスの手紙は殊勝なものだった。
 彼のことだから、てっきり、おれを罵倒する言葉から始まっているものとばかり思ったのに。

 それに――エルパーサを自主退学するという内容にも驚きだ。

 ルーカスはおれの発情抑制薬の研究を盗用したといえど、代表生徒に選ばれたのは彼自身の実力だ。元は優秀な生徒なのだから、無期停学で処分は終わりだろうと思っていた。それが、まさか退学とは……

 とはいえ、よく考えればこの状況では致し方ないかもしれない。

 こんな風に事態が明るみになってしまえば、白百合学院エルパーサにいるのはルーカスも針のむしろに座るような思いだろう。停学処分が解けたとて、今後、エルパーサに通い続けるのはかなりいたたまれないはずだ。

 ……だんだんと、憐憫の情に似通った感情が胸の内に湧いてくる。

 おれとしては、ルーカスをここまで追い詰めるつもりはなかった。
 だって、発情抑制薬そのものを完成させたのはルーカスだ。だからおれとしては、ルーカスと婚約破棄が無事に成立して、なおかつ、自分の今後の研究が問題なく続けられればそれで良かった。

 それに……おれだって、この研究は自分だけで考え着いたわけじゃない。
 この薬の着想や製造方法は、前世でプレイしたゲーム『聖なる百合園の秘密』から得たものだ。自分でゼロから生みだしたわけではないという点では、おれとルーカスは同じ立場だ。

 そもそも、これはまだレックスや両親には言えていないのだが……あの発情抑制薬には一点、問題がある。その問題点があるからこそ、おれは最初、躍起になってルーカスから研究を奪い返そうとは思っていなかったのだ。

 おれはただ、ルーカスとの婚約破棄ができて、今後の自分の発情抑制薬の研究に支障が出なければ、それで良かった。

 あるいは、父さんはおれのそんな甘さを分かっていたからこそ、おれには何も伝えずに、偶然を装って新聞記者をあの場に招いたのだろうか――

「……最後にもう一度だけ、話をするくらいいいか」

 おれはペンを手に取ると、ルーカスへの返事をしたためた。
 住所からして<金の酒>は王都の大通りからは少し外れた宿屋のようだ。

 まぁ、今日のサクラさんの話を聞く限り、ルーカスは王都のレストランや食堂から出禁になっているそうだからな……個室のあるレストランは予約ができないため、宿を取るしかなかったのだろう。

 手紙に了承の旨と、だいたいの時間を書いて、妖精鳥へ渡す。
 空色の妖精鳥は嘴に手紙をくわえると、すぐさま窓から飛び立っていった。その小さな姿は、夕闇に包まれてあっという間に見えなくなった。

 窓を閉めて、机の上に広げたレターセットを片付けようと手を伸ばした時、ふと、両親の顔が頭に浮かんだ。

「……ルーカスに会うこと、二人にも伝えた方がいいかな」

 両親にも、ルーカスが謝罪をしたいと言っていることを伝えようと思い、おれは自身の指輪を妖精鳥に変換させた。左手の中指につけていた指輪は、すぐさま金色の大きな鷹へと姿を変える。

「ピーッ!」

「よしよし、夜遅くに悪いな。宿にいる両親に手紙を届けてほしくて……」

 そこまで言って、おれははたと気が付いた。

 ……ルーカスに会いに行くなんて言ったら、うちの両親、絶対に反対してきそうだ。
 もしくは二人とも、一緒にについてくると言い出しかねない。

 うーん、どうしよう。ルーカスの手紙には『謝罪の場は僕と君しかいない場所でさせてほしい』って書いてあって、おれはそれに了承の返事を出してしまったものな……両親を連れて行ったら、その約束を裏切る形になる。そもそも、二人が来たらルーカスは謝罪をするどころではなくなるかもしれない。

「……二人には内緒にしておくか。レックスに一緒に来てもらって、彼に宿の外で待っていてもらおう」

 椅子に座り、彼宛に手紙を書き始めた。
 すでにこの時間では、寮長の許可なしに寮を出ることは禁止されている。そのため、妖精鳥で連絡をとるしかない。

 そうして、書き終えた手紙を妖精鳥に渡そうとしたところで、おれの脳裏に、先ほどのレックスの態度がよみがえった。思わず、手紙を差し出した手が中途半端な位置で止まってしまう。

 そうだ、ルーカスの手紙の衝撃で失念していたが……おれはレックスから避けられているじゃないか。つい、いつもの調子で彼をあてにしてしまった。
 
 というかおれは、今さっき、自分が彼に甘えすぎていたことを自覚したばかりじゃないか。
 それなのに、また彼に甘えようとしてしまった。

 ……こんなことじゃ駄目だ。おれは、レックスや両親に頼ってばかりじゃないか。
 婚約破棄の時だって、三人に力を貸してもらって、結局おれは何もしていない。
 もっと、ちゃんとしないと――

「ピィ?」

 妖精鳥が小首を傾げながら、おれが差し出しかけた手紙を見つめる。

「悪いな、やっぱりもういい」

 おれは手紙をぐしゃりと握りつぶして、ゴミ箱へと放り投げた。
 妖精鳥は不思議そうな眼差しで、紙くずとなった手紙をじっと見つめていたが、しばらくすると羽を羽ばたかせてベッドサイドの柵へと飛び移った。

「……シャワーを浴びて寝るか」

 ゴミ箱から目を背けると、おれは寮の共同浴場に向かうために着替えを用意し始めた。

 ルーカスからの謝罪の場へ赴くくらい、おれ一人でも良いはずだ。むしろ、こんなことでレックスを頼りにしているようじゃ、本当にいよいよ愛想を尽かされかねない。
 明日は、おれ一人で宿屋<金の酒>へと向かおう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

悪役令息(Ω)に転生したので、破滅を避けてスローライフを目指します。だけどなぜか最強騎士団長(α)の運命の番に認定され、溺愛ルートに突入!

水凪しおん
BL
貧乏男爵家の三男リヒトには秘密があった。 それは、自分が乙女ゲームの「悪役令息」であり、現代日本から転生してきたという記憶だ。 家は没落寸前、自身の立場は断罪エンドへまっしぐら。 そんな破滅フラグを回避するため、前世の知識を活かして領地改革に奮闘するリヒトだったが、彼が生まれ持った「Ω」という性は、否応なく運命の渦へと彼を巻き込んでいく。 ある夜会で出会ったのは、氷のように冷徹で、王国最強と謳われる騎士団長のカイ。 誰もが恐れるαの彼に、なぜかリヒトは興味を持たれてしまう。 「関わってはいけない」――そう思えば思うほど、抗いがたいフェロモンと、カイの不器用な優しさがリヒトの心を揺さぶる。 これは、運命に翻弄される悪役令息が、最強騎士団長の激重な愛に包まれ、やがて国をも動かす存在へと成り上がっていく、甘くて刺激的な溺愛ラブストーリー。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

悪役神官の俺が騎士団長に囚われるまで

二三@悪役神官発売中
BL
国教会の主教であるイヴォンは、ここが前世のBLゲームの世界だと気づいた。ゲームの内容は、浄化の力を持つ主人公が騎士団と共に国を旅し、魔物討伐をしながら攻略対象者と愛を深めていくというもの。自分は悪役神官であり、主人公が誰とも結ばれないノーマルルートを辿る場合に限り、破滅の道を逃れられる。そのためイヴォンは旅に同行し、主人公の恋路の邪魔を画策をする。以前からイヴォンを嫌っている団長も攻略対象者であり、気が進まないものの団長とも関わっていくうちに…。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます! 婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  ゆるゆ
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが、びっくりして憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! ノィユとヴィルの動画を作ってみました!(笑)  インスタ @yuruyu0   Youtube @BL小説動画 です!  プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったらお話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです! ヴィル×ノィユのお話です。 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました! 時々おまけのお話を更新するかもです。 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

処理中です...