転生先は猫でした。

秋山龍央

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商会

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その翌々日、おれとロディはロットワンダ商会へ向かうことになった。

この街の作りは、大きなタマゴ形になっており、周囲をぐるりと外壁が囲んでいる。
冒険者ギルドがあるのはタマゴの太い底の方。街の中で一番森に近い区画で、おれ達が住んでいるのもここのタマゴの底エリアだ。
反対方向であるタマゴのとがった部分へと行くほどに、商会や職人街になっていき、そこから先は街の町長たちや貴族が住むエリアになっていく。つまり、タマゴの先端に行けば行くほど高級住宅街になっていく感じだ。
そして、ロットワンダ商会はそのちょうど中間のエリアにあった。

「ようこそおいでくださいました、ロデリック殿」

商会を尋ねたおれ達を出迎えてくれたのは、先日、薬草採取のクエストの際にコリン君のお付きをしていた男性だった。でも、あの時よりもロディに向ける表情に親しみがある。恐らくは、トロール襲撃の際の戦いの際にロディのことを信用に足る人間だと認めてくれたのに違いない。
もしくはあの時のロディのあまりにも頼りになる戦いぶりに、恋の炎が燃え上がったという可能性もなきにしもないが。もしも後者の場合には、ちょっと一度、彼とは個人的にお話させて頂く必要があるだろう。
うちのご主人様とのお付き合いを望まれるなら、まずは交換日記から始めて頂きたい。

「先日はロデリック殿が護衛について頂いたおかげで本当に助かりました。
正直、当初予定していた冒険者ではトロールの相手はきつかったでしょう。さすがはBランク冒険者、おみそれしました」
「いや、そんなことはない」
「それに、ロデリック殿の従魔の察知能力も大したものです。やはり道中、何の役にも立たないと仰られていたのはご冗談だったのですね」
「いや、その、そんなことはない」

……緊張のあまりか、なんだかロディにバグが発生しているようである。
しどろもどろというか、何だか同じ言葉の繰り返しになってるぞ。大丈夫か? まぁ、おれが何の役にも立たないのはその通りだけど。
ぺろりと、おれを抱えているロディの腕を舐める。こちらを見下ろしたロディと視線があったので、「にゃあ」と鳴く。すると、ロディがおれの頭を指先で優しく撫でてくれた。

ちなみに、今日も今日とてロディに抱っこされて運ばれているおれである。
でもしょうがない。ロディとおれでは歩幅も違うし、おれ一人で歩いていると、行く先々で色んな人間に声をかけられたり触られたりでちっとも進めなくなってしまうのだ。

やれやれ、モテすぎるっていうのも困りものだぜ……。
大半は悪い人じゃないんだけどね。でも時々、子供に尻尾を引っ張られることもあるんだよねー。
そういえば、今日はコリン君の妹ちゃんに会うんだっけ。妹ちゃんがそういうタイプのお子さんじゃないことを祈るばかりだ。

そういえば、おとといはロディと二回目の治療行為だったが、特にロディの態度がおかしくなることもなかったのでホッとした。
昨日は一日家で過ごしたのだが、いたって普通の休日だった。むしろ、前日に臨時収入があったためロディにも心の余裕があったのか、普段よりもゆったりとした表情でロディもやわらいでいたぐらいだ。

まっ、治療行為と言うには、おれが目一杯楽しませてもらったけれどね!
でもいいんだ。なんたって今回は、ロディから楽しんでいいと太鼓判をもらったのだから。罪悪感とカロリーはゼロの方が健康にいい。

……正直、ロディはどう考えてるのかなーと思わないでもないんだけど。
でも、今さら聞くわけにもいかないよなぁ。

……おれとロディが行っている行為は、いわゆる愛情の交歓行為じゃない。
おれの一番の目的は、ナーバス状態なロディに気分転換をさせること。そして、ロディの勃起不全を解消する手助けをすることだ。
だが、二回目のあの時。後半、ロディの痴態におれが勃ってしまったのは、もはや治療行為だからという言葉だけでは片付けられないだろう。あれがロディに見咎められなかったのは本当に幸いだった。

……うーむ。ロディの勃起不全もだんだんと回復の兆しを見せてきたし、おれも自分の善行ポイント稼ぎのためにこのまま治療行為は続けたいところであるんだけど。
でも、その……正直、このままこの行為を続けてたら、おれが我慢できなくなってロディに手を出しちゃいそうなのが怖いんだよなー。

初めの頃はけっこう人間体のおれにはつっけんどんな感じの態度だったロディだったけど、ここ最近はどっちの姿にも優しくしてくれる。だから、おれのことが嫌いだというわけじゃないと思う。おれとの行為だって、結局今まで一度も拒否をされたことはないし。

でも……だからっておれが調子に乗って、ロディに手を出したとして。
その時、ロディから拒否をされたとしたら――多分、めちゃくちゃおれは落ち込む。
っていうか、その図を想像するだけで気分が落ち込む。今、現に泣きそう。

だから、ジレンマなのだ。
このままロディへの治療行為を続けたい。
けれど、おれ自身の欲望を抑えきる自信がない。

だからってロディに「おれのことどう思ってる?」「ねぇ、言葉にしてくれないと分かんないよ」とか、言うのもなぁ。
恋煩い中の女子高校生かよ!

そこまで考えて、おれはふと気がついた。

……誰かにどう思われてるかなんて気にするの、これが初めてじゃないだろうか?

おれは元の世界では様々な男女とお付き合いをしてきた。おれが相手をふったこともあるし、逆に、相手から捨てられたこともある。
でも、その中で一度だって、相手にすがったり、追いかけたりしたことはなかった。相手の気持ちがおれから離れたことに対して、「まぁ、そういうコトもあるよね」以上の感情を思ったことはなかったのだ。

それなのに、おれは今。付き合ってもいない一人の男性からの気持ちについて、こんなに真剣に考えて、やきもきしたりしている。
それこそまるで、初めて恋に落ちた子供みたいに。

「クロ? 大丈夫か?」
「に゛ゃっ!?」

おもむろにロディから声をかけられ、おれは腕の中で飛び上がった。
尋常じゃないおれの驚きっぷりに、さすがのロディも目を丸くしている。

「ど、どうした? あまり静かだからどうしたのかと思ったんだが……どこか具合でも悪いのか?」
「にゃっ、にゃあ! にゃ、にゃ、にゃん!」

なんでもないなんでもない、とブンブンと首を横にふる。
おれの身体がふわふわの毛むくじゃらなのを、これほど感謝した日はない。そうでなければ、ゆでダコみたいに真っ赤になった顔をロディに見られてしまっていただろう。

ばくばくと跳ねっぱなしの心臓を抑えつつ、なんとか平静を装う。それでもロディは不思議そうにおれを見ていたが、そばにお付きさんがいるため、それ以上突っ込んでくることはなかった。

「ロデリック殿、こちらでコリン様とお嬢様がお待ちです」

そんなおれ達をお付きさんが案内してくれたのは、商館の裏手にある屋敷だった。
なかなか大きな屋敷で、ロディの住んでいる単身用の借家と比べると、10倍以上の大きさがある。しかし、ここは本宅ではないらしく、商館の商談や、取引相手を泊めるための別宅らしい。ロットワンダ商会って、本当に大きな商会なんだなー。

屋敷の中は、玄関は真っ白でピカピカの大理石となっており、天井からは豪奢なシャンデリアが下がり、壁には大きな絵画がいくつもかかっている。
前を先導してくれるお付きさんがいなければ、おれ達は一歩も進めなかっただろう。こんなお屋敷、おれだって元の世界でも行ったことがない。お付きさんの後について進むロディは、だんだんと顔から血の気が引いてきている。
おれは彼を安心させようと、もう一度「にゃあ」と穏やかな声で鳴いてみせる。
すると、ロディはおれを抱く腕をもぞもぞと動かし、おれの前足に触れてきた。そして、指先でおれのピンクの肉球をふにふにと弄りだす。
……まぁ、これがロディの精神安定剤になるならおれは何も言わないけど。

「――ロデリックさん、クロ君! お待ちしておりました!」

客間に繋がる大きな扉を開けると、コリン君が顔を輝かせておれ達に走り寄ってきた。
なお、扉が空いた瞬間、さすがのロディもおれの肉球からぱっと手を離した。

「コリン殿。今日はお招きにあずかり感謝いたします」
「いえいえ、むしろワガママをいって来てもらったのはこちらに方なんですから」

にこにこと笑顔を向けてくるコリン君。その後ろから、きぃきぃと、木のこすれるような音が響いてきた。

「コリンお兄様、その方がお話の……?」
「ああ、リリ。そうだよ、ロデリックさんが先日、トロールを一人で見事に討伐された凄腕の冒険者さ! ランクはBなんだよ、すごいだろう?」
「まぁ、素晴らしいですね」

コリン君の後ろからやってきたのは、ほっそりとした少女だった。
少女はシルバグレーのふわふわ頭を綺麗にカールして、白地に小花柄が刺繍されたワンピースドレスを着ている。大きなくりくりとしたアーモンド型の瞳とあいまって、まるでフランス人形みたいな女の子だった。
彼女がコリン君の末妹、リリちゃんなのだろう。先日、コリン君が言っていた通り、彼女はどうも足が悪いようだ。彼女は車椅子に乗り、その車椅子をメイド服を着た妙齢の女性が後ろから押していた。メイドの女性はロディと視線が合うと、控えめに微笑んで目礼をしてきた。

「はじめまして、ロデリックさん! 先日は、兄を助けて頂いてありがとうございました」
「いえ、それが俺の仕事ですから」
「今日は……私のために屋敷にご足労頂いてありがとうございます。それで、その……あの、ロデリックさんが抱いているモンスターが、噂のクロちゃんなのでしょうか……?」

年齢に似つかわしくないほどの礼儀正しい挨拶をしてきたリリちゃんだったが、おれの存在に気がつくと、その瞳はおれに釘付けとなった。そして、もじもじと膝の上で指を絡ませ、ちらちらとロディを窺うように見上げる。
ロディは彼女の視線に気づくと、片膝を折ってリリちゃんに視線を合わせた。

「ええ、こいつが俺の従魔です」
「まぁ……話には聞いていましたが、本当に大人しいのですね! 従魔なんてものを見れる日が来るとは思っていなかったから、すごく嬉しいです!」
「触ってみますか?」
「えっ」

ロディはおれを抱え直すと、そっとリリちゃんの膝の上におれを置いた。
リリちゃんの足は細く、頼りなくて、バランスをとるのに少し苦労したものの、すぐに慣れた。
そして、おれはより近くなったリリちゃんの顔を見つめ「にゃあ」と甘えたような声を出してみる。

「まぁ……! か、可愛いですねぇ……」

ぱっと顔を輝かせ、おれに恐る恐る手を伸ばしてくるリリちゃん。
リリちゃんが指先で触った腹部は、おれ的にあんまり気持ちいいスポットではなかったけれど、文句は言わなかった。まぁ、とりあえずはリリちゃんが尻尾を引っ張ってくるタイプのお子さんじゃなかったことを喜ぶべきだろう。

「うふふっ……すごくふわふわですね!」

おれの腹部や背中をさわさわと触りながら、嬉しそうにロディを見上げるリリちゃん。
その無邪気で無垢な笑顔は、人とのコミュニケーションがあまり得意じゃないロディですら、ふっと優しげな微笑みをリリちゃんに向けたほどだった。

……赤の他人であるロディやおれですらこう思ったのだから、兄弟であるコリン君にとっては、そんなリリちゃんの様子は核弾頭級の威力があったようだ。
リリちゃんの死角になる位置で、コリン君は「うちの妹が今日も尊い……」と呟きながら、顔を覆って天を仰いでいた。
だが、お付きさんやメイドさんは、特にそんなコリン君に対して気を払う様子は一切ない。二人とも、リリちゃんの笑顔を嬉しそうに見ているだけだ。

……もしかしてコリン君のこの反応って、日常茶飯事なんですかね?
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