完結 愛人の子 それぞれの矜持

音爽(ネソウ)

文字の大きさ
5 / 18

しおりを挟む
「お母様……うぅ……」
今際の際に残した母の言葉を彼女は幾度も反芻して、ロザリーは自身の心を慰めていた。それでも止めどなく流れる涙は止まる様子がなく、ハンカチを濡らしていた。
『もし辛いことがあったら、これを……こころの拠り所に』そう言って手渡したのは小さなペンダントだ。ヘッドはロケットになっており開くと母親を模した彫刻が彫られていた。

そこへ父親がノックして入ってきた、やはり憔悴しきっており娘のロザリー以上に窶れている。彼女は涙を拭いお茶を淹れた、彼女を敬う侍女もメイドもこの屋敷には常駐していない。
すべては親子だけで過ごすためであり彼女にとっては当たり前の日常だ。
「社交界へお前を出そうとした、だが思わぬ邪魔が入ってままならぬ。……上手くいかないものだ」
「そうですか、私は華やかな舞台には不似合いです」

仏頂面の伯爵はチラリと娘の方を見て嘆息した。
「むしろ良かったというのか?何という事を……確かに私は父として至らないが、最低限貴族として生きて行けるように力添えしたいと思っている」
「……勿体ないお言葉です」
泣き腫らした顔をしていながら娘は気丈にそう言った、しかし、いまはただ静かに暮らしていたいのだと目を伏せる。

「近く私は領地を回らねばならない、しばらく戻れなくなるが生活の保障はしてやる」
「はい、お父様。お気をつけて」
「うむ」
短い親子の対話だったが、それなりに心は通じ合わせたと思っている。奇しくもアリーヌが健在だった時よりも父の対応は柔らかだった。

「お父様、あんなに憔悴なされて……お労しい」


***

バイヤール卿が出立して間もなくのこと、本邸から使いがやって来て「奥様にご挨拶を」と言って来た。ロザリーは突然の事に酷く狼狽したが、渋々の体で本邸に顔を出すことにした。
彼女がここに住み付いて初めての事だ、ドキドキと胸がざわつき足取りは重い。

「奥様、離れの害虫を連れて参りました」
「そう、ご苦労様」
メイドのいう害虫という言葉にロザリーは過敏に反応して歓迎されていないのだと自覚した。それもそうだ、長年と蟄居同然に暮らしてきたのだ、憎まれて当然であろうと嘆息する。
お屋敷の様子は離れとはだいぶ違っていて、贅を尽くしたものだった。調度品ひとつみてもそれは明らかである。

彼女は奥方の姿を初めて見るが、華やかな美女だと思った。濃い目の金髪と金色の瞳、赤く尖った爪が印象的だ。
奥方はぢろりと値踏みするような視線を寄越してから声を掛けて来た。
「お前、ロザリーと言ったか。それに着替えてメイドの指示を仰ぐように下がって良い」
「え?それはどういう…」
突然の指図に狼狽えているとメイドがロザリーの衣服を引き裂き、無理矢理に着替えさせようとしてきたではないか。

「な、なにをするんです!止めて!止めて―!」
「ウルサイ、貴女にに自由はないのよ。いまこうして息をしていられるのも奥様のご慈悲」
「え、そんな……嘘でしょう?」
半裸にされたロザリーは惨めに項垂れて震えるばかりだ、そんな様子を高みの見物と言わんばかりに奥方は扇の陰からクツクツと笑っていた。

羞恥心に苛まれた彼女はグスグスと泣きながら、先ほど投げつけられた衣服に手をやり着替えるしかないのだと悟る。それはお仕着せというものでメイドより格段差が付けられた代物だった。
おそらく下女が着るであろうそれに袖を通した。



さっさと歩けと指図されて連れて来られたのは井戸だ、春とはいえ凍えるような寒さの中で彼女はそこで水汲みをしなければならないようだ。
「良い事、そこにあるシーツを洗うのよ。それが終わったら次は庭の掃き掃除よ」
「……はい」
本来ならば湯を足して微温湯でもって洗濯するものなのだが、彼女にはそんな丁寧な扱いはされないのだ。



しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

王家の賠償金請求

章槻雅希
恋愛
王太子イザイアの婚約者であったエルシーリアは真実の愛に出会ったという王太子に婚約解消を求められる。相手は男爵家庶子のジルダ。 解消とはいえ実質はイザイア有責の破棄に近く、きちんと慰謝料は支払うとのこと。更に王の決めた婚約者ではない女性を選ぶ以上、王太子位を返上し、王籍から抜けて平民になるという。 そこまで覚悟を決めているならエルシーリアに言えることはない。彼女は婚約解消を受け入れる。 しかし、エルシーリアは何とも言えない胸のモヤモヤを抱える。婚約解消がショックなのではない。イザイアのことは手のかかる出来の悪い弟分程度にしか思っていなかったから、失恋したわけでもない。 身勝手な婚約解消に怒る侍女と話をして、エルシーリアはそのモヤモヤの正体に気付く。そしてエルシーリアはそれを父公爵に告げるのだった。 『小説家になろう』『アルファポリス』に重複投稿、自サイトにも掲載。

貴族の爵位って面倒ね。

しゃーりん
恋愛
ホリーは公爵令嬢だった母と男爵令息だった父との間に生まれた男爵令嬢。 両親はとても仲が良くて弟も可愛くて、とても幸せだった。 だけど、母の運命を変えた学園に入学する歳になって…… 覚悟してたけど、男爵令嬢って私だけじゃないのにどうして? 理不尽な嫌がらせに助けてくれる人もいないの? ホリーが嫌がらせされる原因は母の元婚約者の息子の指示で… 嫌がらせがきっかけで自国の貴族との縁が難しくなったホリーが隣国の貴族と幸せになるお話です。

侯爵家に不要な者を追い出した後のこと

mios
恋愛
「さあ、侯爵家に関係のない方は出て行ってくださる?」 父の死後、すぐに私は後妻とその娘を追い出した。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

正当な権利ですので。

しゃーりん
恋愛
歳の差43歳。  18歳の伯爵令嬢セレーネは老公爵オズワルドと結婚した。 2年半後、オズワルドは亡くなり、セレーネとセレーネが産んだ子供が爵位も財産も全て手に入れた。 遠い親戚は反発するが、セレーネは妻であっただけではなく公爵家の籍にも入っていたため正当な権利があった。 再婚したセレーネは穏やかな幸せを手に入れていたが、10年後に子供の出生とオズワルドとの本当の関係が噂になるというお話です。

次代の希望 愛されなかった王太子妃の愛

Rj
恋愛
王子様と出会い結婚したグレイス侯爵令嬢はおとぎ話のように「幸せにくらしましたとさ」という結末を迎えられなかった。愛し合っていると思っていたアーサー王太子から結婚式の二日前に愛していないといわれ、表向きは仲睦まじい王太子夫妻だったがアーサーにはグレイス以外に愛する人がいた。次代の希望とよばれた王太子妃の物語。 全十二話。(全十一話で投稿したものに一話加えました。2/6変更)

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

〈完結〉姉と母の本当の思いを知った時、私達は父を捨てて旅に出ることを決めました。

江戸川ばた散歩
恋愛
「私」男爵令嬢ベリンダには三人のきょうだいがいる。だが母は年の離れた一番上の姉ローズにだけ冷たい。 幼いながらもそれに気付いていた私は、誕生日の晩、両親の言い争いを聞く。 しばらくして、ローズは誕生日によばれた菓子職人と駆け落ちしてしまう。 それから全寮制の学校に通うこともあり、家族はあまり集わなくなる。 母は離れで暮らす様になり、気鬱にもなる。 そしてローズが出ていった歳にベリンダがなった頃、突然ローズから手紙が来る。 そこにはベリンダがずっと持っていた疑問の答えがあった。

処理中です...