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「お母様……うぅ……」
今際の際に残した母の言葉を彼女は幾度も反芻して、ロザリーは自身の心を慰めていた。それでも止めどなく流れる涙は止まる様子がなく、ハンカチを濡らしていた。
『もし辛いことがあったら、これを……こころの拠り所に』そう言って手渡したのは小さなペンダントだ。ヘッドはロケットになっており開くと母親を模した彫刻が彫られていた。
そこへ父親がノックして入ってきた、やはり憔悴しきっており娘のロザリー以上に窶れている。彼女は涙を拭いお茶を淹れた、彼女を敬う侍女もメイドもこの屋敷には常駐していない。
すべては親子だけで過ごすためであり彼女にとっては当たり前の日常だ。
「社交界へお前を出そうとした、だが思わぬ邪魔が入ってままならぬ。……上手くいかないものだ」
「そうですか、私は華やかな舞台には不似合いです」
仏頂面の伯爵はチラリと娘の方を見て嘆息した。
「むしろ良かったというのか?何という事を……確かに私は父として至らないが、最低限貴族として生きて行けるように力添えしたいと思っている」
「……勿体ないお言葉です」
泣き腫らした顔をしていながら娘は気丈にそう言った、しかし、いまはただ静かに暮らしていたいのだと目を伏せる。
「近く私は領地を回らねばならない、しばらく戻れなくなるが生活の保障はしてやる」
「はい、お父様。お気をつけて」
「うむ」
短い親子の対話だったが、それなりに心は通じ合わせたと思っている。奇しくもアリーヌが健在だった時よりも父の対応は柔らかだった。
「お父様、あんなに憔悴なされて……お労しい」
***
バイヤール卿が出立して間もなくのこと、本邸から使いがやって来て「奥様にご挨拶を」と言って来た。ロザリーは突然の事に酷く狼狽したが、渋々の体で本邸に顔を出すことにした。
彼女がここに住み付いて初めての事だ、ドキドキと胸がざわつき足取りは重い。
「奥様、離れの害虫を連れて参りました」
「そう、ご苦労様」
メイドのいう害虫という言葉にロザリーは過敏に反応して歓迎されていないのだと自覚した。それもそうだ、長年と蟄居同然に暮らしてきたのだ、憎まれて当然であろうと嘆息する。
お屋敷の様子は離れとはだいぶ違っていて、贅を尽くしたものだった。調度品ひとつみてもそれは明らかである。
彼女は奥方の姿を初めて見るが、華やかな美女だと思った。濃い目の金髪と金色の瞳、赤く尖った爪が印象的だ。
奥方はぢろりと値踏みするような視線を寄越してから声を掛けて来た。
「お前、ロザリーと言ったか。それに着替えてメイドの指示を仰ぐように下がって良い」
「え?それはどういう…」
突然の指図に狼狽えているとメイドがロザリーの衣服を引き裂き、無理矢理に着替えさせようとしてきたではないか。
「な、なにをするんです!止めて!止めて―!」
「ウルサイ、貴女にに自由はないのよ。いまこうして息をしていられるのも奥様のご慈悲」
「え、そんな……嘘でしょう?」
半裸にされたロザリーは惨めに項垂れて震えるばかりだ、そんな様子を高みの見物と言わんばかりに奥方は扇の陰からクツクツと笑っていた。
羞恥心に苛まれた彼女はグスグスと泣きながら、先ほど投げつけられた衣服に手をやり着替えるしかないのだと悟る。それはお仕着せというものでメイドより格段差が付けられた代物だった。
おそらく下女が着るであろうそれに袖を通した。
さっさと歩けと指図されて連れて来られたのは井戸だ、春とはいえ凍えるような寒さの中で彼女はそこで水汲みをしなければならないようだ。
「良い事、そこにあるシーツを洗うのよ。それが終わったら次は庭の掃き掃除よ」
「……はい」
本来ならば湯を足して微温湯でもって洗濯するものなのだが、彼女にはそんな丁寧な扱いはされないのだ。
今際の際に残した母の言葉を彼女は幾度も反芻して、ロザリーは自身の心を慰めていた。それでも止めどなく流れる涙は止まる様子がなく、ハンカチを濡らしていた。
『もし辛いことがあったら、これを……こころの拠り所に』そう言って手渡したのは小さなペンダントだ。ヘッドはロケットになっており開くと母親を模した彫刻が彫られていた。
そこへ父親がノックして入ってきた、やはり憔悴しきっており娘のロザリー以上に窶れている。彼女は涙を拭いお茶を淹れた、彼女を敬う侍女もメイドもこの屋敷には常駐していない。
すべては親子だけで過ごすためであり彼女にとっては当たり前の日常だ。
「社交界へお前を出そうとした、だが思わぬ邪魔が入ってままならぬ。……上手くいかないものだ」
「そうですか、私は華やかな舞台には不似合いです」
仏頂面の伯爵はチラリと娘の方を見て嘆息した。
「むしろ良かったというのか?何という事を……確かに私は父として至らないが、最低限貴族として生きて行けるように力添えしたいと思っている」
「……勿体ないお言葉です」
泣き腫らした顔をしていながら娘は気丈にそう言った、しかし、いまはただ静かに暮らしていたいのだと目を伏せる。
「近く私は領地を回らねばならない、しばらく戻れなくなるが生活の保障はしてやる」
「はい、お父様。お気をつけて」
「うむ」
短い親子の対話だったが、それなりに心は通じ合わせたと思っている。奇しくもアリーヌが健在だった時よりも父の対応は柔らかだった。
「お父様、あんなに憔悴なされて……お労しい」
***
バイヤール卿が出立して間もなくのこと、本邸から使いがやって来て「奥様にご挨拶を」と言って来た。ロザリーは突然の事に酷く狼狽したが、渋々の体で本邸に顔を出すことにした。
彼女がここに住み付いて初めての事だ、ドキドキと胸がざわつき足取りは重い。
「奥様、離れの害虫を連れて参りました」
「そう、ご苦労様」
メイドのいう害虫という言葉にロザリーは過敏に反応して歓迎されていないのだと自覚した。それもそうだ、長年と蟄居同然に暮らしてきたのだ、憎まれて当然であろうと嘆息する。
お屋敷の様子は離れとはだいぶ違っていて、贅を尽くしたものだった。調度品ひとつみてもそれは明らかである。
彼女は奥方の姿を初めて見るが、華やかな美女だと思った。濃い目の金髪と金色の瞳、赤く尖った爪が印象的だ。
奥方はぢろりと値踏みするような視線を寄越してから声を掛けて来た。
「お前、ロザリーと言ったか。それに着替えてメイドの指示を仰ぐように下がって良い」
「え?それはどういう…」
突然の指図に狼狽えているとメイドがロザリーの衣服を引き裂き、無理矢理に着替えさせようとしてきたではないか。
「な、なにをするんです!止めて!止めて―!」
「ウルサイ、貴女にに自由はないのよ。いまこうして息をしていられるのも奥様のご慈悲」
「え、そんな……嘘でしょう?」
半裸にされたロザリーは惨めに項垂れて震えるばかりだ、そんな様子を高みの見物と言わんばかりに奥方は扇の陰からクツクツと笑っていた。
羞恥心に苛まれた彼女はグスグスと泣きながら、先ほど投げつけられた衣服に手をやり着替えるしかないのだと悟る。それはお仕着せというものでメイドより格段差が付けられた代物だった。
おそらく下女が着るであろうそれに袖を通した。
さっさと歩けと指図されて連れて来られたのは井戸だ、春とはいえ凍えるような寒さの中で彼女はそこで水汲みをしなければならないようだ。
「良い事、そこにあるシーツを洗うのよ。それが終わったら次は庭の掃き掃除よ」
「……はい」
本来ならば湯を足して微温湯でもって洗濯するものなのだが、彼女にはそんな丁寧な扱いはされないのだ。
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