2 / 9
0.1
しおりを挟む
その夜会は王子殿下と侯爵令嬢の婚約発表の場だった、招かれた貴族達は高位順にお祝いの言葉を述べるために列を作った。順当に進みアシュトン伯爵家は挨拶を済ませて各人散って知り合いを見つけては談笑を始める。
身重なルシアナは壁際へ退きソファに腰かけ侍女に世話を焼かれていた。
「ふぅ、安定期は過ぎたとはいえ長時間立っているのは辛いわ」
「ご安心下さい、私が側におります」
「ええ、ありがとうリリア助かるわ」
妊婦の令嬢を気遣って侍女はそう言った、幼いころからの専属だったのでルシアナは誰よりも頼りにしていた。
額に噴き出た汗を拭われていると夫のニコラスが彼女らのもとへやって来た。
「さすが王家主催の夜会だ、上等なワインがあるぞ。一杯どうだ?」
夫は給仕の真似事でもしてるのか、いくつかの飲み物を乗せた銀盆を手の平にのせて笑う。
「……あなた、いくら私に興味がないからと妊婦に酒をすすめるのですか」
妻の怒りを孕んだ台詞を聞いたニコラスは肩を竦めて「ただの冗談に目くじらを立てるな」と言った。
ならば果実水はどうかとすすめて来た、オレンジと林檎の果汁が注がれたグラスが三つほどそこに鎮座していた。
「……では、林檎味をいただきましょう」
「あぁ」
ルシアナは銀盆から一つを選んで一口含む、少し温かったが渇いた喉には有難い爽やかな甘味が広がる。
グラスを傾けて飲みだした妻を見て、興味が失せたらしい夫はすぐにその場から離れていく。
「普段はいない者のように無視している癖にどういう気まぐれかしら?」
「左様ですね、いつも食えない男です」
遠ざかるニコラスの背を見つめてルシアナと侍女は苦々しい気持ちでいっぱいになっていた。彼の姿はすぐに人混みに紛れて見えなくなる。
ほどなくして会場にはダンス音楽が流れはじめた、誰ともなくステップを踏み出して踊りの輪が広がって行く。
招待客達は程よく酔いも回ってきたのか話し声も大きくなる、祝いの会はどんどん賑やかになって行った。
「なんだか眠いわ……先に暇して良いかしら」
「畏まりました、すぐに馬車を回させましょう」
侍女は会場を巡回していた騎士を呼び止めて、事情を話し侯爵家の馬車を呼んでくれないかと依頼した。
すぐに会場を後にしたルシアナ達は馬車に乗り込み帰路を急がせる。
彼女は気分は悪くないがやたらと眠気に襲われていた、こんな事は初めてだと少し恐ろしくなる。
「眠い……でも寝てはいけない気がするの……」
ルシアナはしきりに腹を撫でてまだ見ぬ我が子を気遣っていた、どうしてだか寝ては駄目だと心が警鐘を鳴らすのだ。
”ダメ寝てはいけない……あぁ、誰か助けて。私は……眠りたくないの……”
付き添っていた侍女は余程お疲れなのだろうと主の身体を気遣って静かにストールを掛けてやった。
不自然な眠気に抗い続けていたルシアナはとうとう意識を手放す。
邸宅に着きそのまま寝室へと運ばれた彼女は深い眠りに落ちた。
翌日、朝の支度へと顔を出した侍女が声を掛けるがやはり眠りから目覚めない。
もう少し様子を見ようと寝具の側で見守った。
だが、昼近くになってもルアシナが目を覚ますことはなかった。侍女が異変を察知して両親を読んだ時には遅かった。
彼女はそのまま永遠の眠りについてしまったのだ。
――死に際、彼女は不思議な夢をみた。
お腹を抱えて『ごめんなさい、産んであげられなくてごめんなさい』と懺悔しながら泣くルシアナ。
昏くて悲しい空間に沈んでいく身体は徐々に落ちて行った。
だが、しばらくすると白くて何もない空間に浮かんでいた。
身動きがとれずじっとしていると、か細い声が彼女の耳に届いてきた。声のした方へ顔を向けると羽を生やした小人が佇んでいた。
”だいじょうぶ、恐れないで”
”次こそは貴女の未来と家族を護ってね。そしたら会えるから、今度こそ、その腕の中に”
『待ってあなたは誰?未来ってなに?私は死ぬのでしょう?』
だがその者は答えず、少し寂しそうに微笑むとゆっくりと彼女から遠ざかって行く。
身重なルシアナは壁際へ退きソファに腰かけ侍女に世話を焼かれていた。
「ふぅ、安定期は過ぎたとはいえ長時間立っているのは辛いわ」
「ご安心下さい、私が側におります」
「ええ、ありがとうリリア助かるわ」
妊婦の令嬢を気遣って侍女はそう言った、幼いころからの専属だったのでルシアナは誰よりも頼りにしていた。
額に噴き出た汗を拭われていると夫のニコラスが彼女らのもとへやって来た。
「さすが王家主催の夜会だ、上等なワインがあるぞ。一杯どうだ?」
夫は給仕の真似事でもしてるのか、いくつかの飲み物を乗せた銀盆を手の平にのせて笑う。
「……あなた、いくら私に興味がないからと妊婦に酒をすすめるのですか」
妻の怒りを孕んだ台詞を聞いたニコラスは肩を竦めて「ただの冗談に目くじらを立てるな」と言った。
ならば果実水はどうかとすすめて来た、オレンジと林檎の果汁が注がれたグラスが三つほどそこに鎮座していた。
「……では、林檎味をいただきましょう」
「あぁ」
ルシアナは銀盆から一つを選んで一口含む、少し温かったが渇いた喉には有難い爽やかな甘味が広がる。
グラスを傾けて飲みだした妻を見て、興味が失せたらしい夫はすぐにその場から離れていく。
「普段はいない者のように無視している癖にどういう気まぐれかしら?」
「左様ですね、いつも食えない男です」
遠ざかるニコラスの背を見つめてルシアナと侍女は苦々しい気持ちでいっぱいになっていた。彼の姿はすぐに人混みに紛れて見えなくなる。
ほどなくして会場にはダンス音楽が流れはじめた、誰ともなくステップを踏み出して踊りの輪が広がって行く。
招待客達は程よく酔いも回ってきたのか話し声も大きくなる、祝いの会はどんどん賑やかになって行った。
「なんだか眠いわ……先に暇して良いかしら」
「畏まりました、すぐに馬車を回させましょう」
侍女は会場を巡回していた騎士を呼び止めて、事情を話し侯爵家の馬車を呼んでくれないかと依頼した。
すぐに会場を後にしたルシアナ達は馬車に乗り込み帰路を急がせる。
彼女は気分は悪くないがやたらと眠気に襲われていた、こんな事は初めてだと少し恐ろしくなる。
「眠い……でも寝てはいけない気がするの……」
ルシアナはしきりに腹を撫でてまだ見ぬ我が子を気遣っていた、どうしてだか寝ては駄目だと心が警鐘を鳴らすのだ。
”ダメ寝てはいけない……あぁ、誰か助けて。私は……眠りたくないの……”
付き添っていた侍女は余程お疲れなのだろうと主の身体を気遣って静かにストールを掛けてやった。
不自然な眠気に抗い続けていたルシアナはとうとう意識を手放す。
邸宅に着きそのまま寝室へと運ばれた彼女は深い眠りに落ちた。
翌日、朝の支度へと顔を出した侍女が声を掛けるがやはり眠りから目覚めない。
もう少し様子を見ようと寝具の側で見守った。
だが、昼近くになってもルアシナが目を覚ますことはなかった。侍女が異変を察知して両親を読んだ時には遅かった。
彼女はそのまま永遠の眠りについてしまったのだ。
――死に際、彼女は不思議な夢をみた。
お腹を抱えて『ごめんなさい、産んであげられなくてごめんなさい』と懺悔しながら泣くルシアナ。
昏くて悲しい空間に沈んでいく身体は徐々に落ちて行った。
だが、しばらくすると白くて何もない空間に浮かんでいた。
身動きがとれずじっとしていると、か細い声が彼女の耳に届いてきた。声のした方へ顔を向けると羽を生やした小人が佇んでいた。
”だいじょうぶ、恐れないで”
”次こそは貴女の未来と家族を護ってね。そしたら会えるから、今度こそ、その腕の中に”
『待ってあなたは誰?未来ってなに?私は死ぬのでしょう?』
だがその者は答えず、少し寂しそうに微笑むとゆっくりと彼女から遠ざかって行く。
102
あなたにおすすめの小説
後妻の条件を出したら……
しゃーりん
恋愛
妻と離婚した伯爵令息アークライトは、友人に聞かれて自分が後妻に望む条件をいくつか挙げた。
格上の貴族から厄介な女性を押しつけられることを危惧し、友人の勧めで伯爵令嬢マデリーンと結婚することになった。
だがこのマデリーン、アークライトの出した条件にそれほどズレてはいないが、貴族令嬢としての教育を受けていないという驚きの事実が発覚したのだ。
しかし、明るく真面目なマデリーンをアークライトはすぐに好きになるというお話です。
禁断の関係かもしれないが、それが?
しゃーりん
恋愛
王太子カインロットにはラフィティという婚約者がいる。
公爵令嬢であるラフィティは可愛くて人気もあるのだが少し頭が悪く、カインロットはこのままラフィティと結婚していいものか、悩んでいた。
そんな時、ラフィティが自分の代わりに王太子妃の仕事をしてくれる人として連れて来たのが伯爵令嬢マリージュ。
カインロットはマリージュが自分の異母妹かもしれない令嬢だということを思い出す。
しかも初恋の女の子でもあり、マリージュを手に入れたいと思ったカインロットは自分の欲望のためにラフィティの頼みを受け入れる。
兄妹かもしれないが子供を生ませなければ問題ないだろう?というお話です。
逃げた先で見つけた幸せはずっと一緒に。
しゃーりん
恋愛
侯爵家の跡継ぎにも関わらず幼いころから虐げられてきたローレンス。
父の望む相手と結婚したものの妻は義弟の恋人で、妻に子供ができればローレンスは用済みになると知り、家出をする。
旅先で出会ったメロディーナ。嫁ぎ先に向かっているという彼女と一晩を過ごした。
陰からメロディーナを見守ろうと、彼女の嫁ぎ先の近くに住むことにする。
やがて夫を亡くした彼女が嫁ぎ先から追い出された。近くに住んでいたことを気持ち悪く思われることを恐れて記憶喪失と偽って彼女と結婚する。
平民として幸せに暮らしていたが貴族の知り合いに見つかり、妻だった義弟の恋人が子供を産んでいたと知る。
その子供は誰の子か。ローレンスの子でなければ乗っ取りなのではないかと言われたが、ローレンスは乗っ取りを承知で家出したため戻る気はない。
しかし、乗っ取りが暴かれて侯爵家に戻るように言われるお話です。
誰にも口外できない方法で父の借金を返済した令嬢にも諦めた幸せは訪れる
しゃーりん
恋愛
伯爵令嬢ジュゼットは、兄から父が背負った借金の金額を聞いて絶望した。
しかも返済期日が迫っており、家族全員が危険な仕事や売られることを覚悟しなければならない。
そんな時、借金を払う代わりに仕事を依頼したいと声をかけられた。
ジュゼットは自分と家族の将来のためにその依頼を受けたが、当然口外できないようなことだった。
その仕事を終えて実家に帰るジュゼットは、もう幸せな結婚は望めないために一人で生きていく決心をしていたけれど求婚してくれる人がいたというお話です。
夢を現実にしないための正しいマニュアル
しゃーりん
恋愛
娘が処刑される夢を見た。
現在、娘はまだ6歳。それは本当に9年後に起こる出来事?
処刑される未来を変えるため、過去にも起きた夢の出来事を参考にして、変えてはいけないことと変えるべきことを調べ始める。
婚約者になる王子の周囲を変え、貴族の平民に対する接し方のマニュアルを作り、娘の未来のために頑張るお話。
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
義兄のために私ができること
しゃーりん
恋愛
姉が亡くなった。出産時の失血が原因だった。
しかも、子供は義兄の子ではないと罪の告白をして。
入り婿である義兄はどこまで知っている?
姉の子を跡継ぎにすべきか、自分が跡継ぎになるべきか、義兄を解放すべきか。
伯爵家のために、義兄のために最善の道を考え悩む令嬢のお話です。
王命での結婚がうまくいかなかったので公妾になりました。
しゃーりん
恋愛
婚約解消したばかりのルクレツィアに王命での結婚が舞い込んだ。
相手は10歳年上の公爵ユーグンド。
昔の恋人を探し求める公爵は有名で、国王陛下が公爵家の跡継ぎを危惧して王命を出したのだ。
しかし、公爵はルクレツィアと結婚しても興味の欠片も示さなかった。
それどころか、子供は養子をとる。邪魔をしなければ自由だと言う。
実家の跡継ぎも必要なルクレツィアは子供を産みたかった。
国王陛下に王命の取り消しをお願いすると三年後になると言われた。
無駄な三年を過ごしたくないルクレツィアは国王陛下に提案された公妾になって子供を産み、三年後に離婚するという計画に乗ったお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる