完結 私は何を見せられているのでしょう?

音爽(ネソウ)

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民を苦しめて来たスタンピードは小康状態から収束する兆しが見えて来た、被害は少なくないが人々は漸く明日に希望を見出し始める。

「犠牲者はやはり出てしまったのね、……心から喜べないのが悔しいわ」
マルガネットは壊れた家屋の壁を見つめて涙を浮かべる、レイはそんな彼女にそっと寄り添い「なんでもかんでも背負い過ぎます」と優しく諫めた。

「だって……だって無力な自分が口惜しくて」
「それでも貴女は気高く戦った、とても強かった、もっと誇って良いのですよ」
マルガネットは少し涙に濡れた頬を上に向けた、するとそこには澄んだ瞳があって慈愛に満ちたレイの顔が微笑んでいた。

「レイ……」
「うん、なんですか?」
貯め込んでいた涙が堰を切ったように滂沱に流れる止めたくても止まらなくなった、悲しい声が口から洩れて「う、う」と唸る。
すると突然視界が暗くなる、ハッと気が付いた時には彼女の唇はレイのもので塞がれていた。一瞬緊張したがそれは直ぐに解けて、されるがままになる。幾度も角度を変えて口付けられ蕩けていく。




***

スタンピードが収まったと王国中に広まると人々は身分を忘れて王都で騒いだ、老若男女分け隔てなく酒盛りする姿があちこちで見られた。
「平和だなぁ、やはりこうでなくちゃいけねぇ」
「ははっ!杯が空だぞ、もっとイケ!」
「かんぱーい!アハハハッ」

酒に溺れる人々に対して、面白くない顔をして唾を吐くのはブレンドン・バイパーだった。すっかり寂しくなった懐を握り締め苦虫を噛んだような顔をする。
「はん!どいつもこいつも……なんだって言うんだ、たかが魔物退治が終わっただけだろう」
安酒すら買えない彼は苛立って寝転がる大虎たちを蹴飛ばす、だが意識を酒に持って行かれてる彼らは幸せそうに寝ているだけだ。

「くそう!テルミナの野郎達は夜逃げしても抜けの殻だったし……いっそのこと魔物にでも食われてれば少しは溜飲が下がるってものさ」
国外へ逃亡したと見られるバルドラッド伯爵は魔物の発生源である東へ向かったと思われた。奇しくもブレンドンが呟いたことが起きていただなんて誰も知らない。

ブレンドンは漸く辿り着いた子爵邸に転がるように入ると、担いできた豆をキッチンに置いた。いまはメイドすら雇えずこうして買い出しに出なければならない。水瓶からひと掬い取り出しグビリとやる。
「はあ……水が美味いな、只だしなハハッ」
虚ろな目で煤けた竈の壁を見つめる、そして、うつらうつらとしていると母親がやってきて「おかえり」と言う。

あんなに肥えていた夫人は瘦せ衰えてモソモソと動いている、安っぽいドレスに袖を通して豆を洗っていた。それをボンヤリ見てるとかつての婚約者の名を言う。
「巷ではマルガネットの噂を良く耳にするわ、魔物狩りで活躍した戦姫様だとか……俄かには信じ難いわよ」
「へ……?戦姫?なんだいそりゃ」
彼はのぼせたのか水を頭から被りプルルと頭を振る、秋口だと言うのにやや暑い日々が続いていた。

「なんでも凄い活躍だったとか、武功抜群で金一封は確実に貰えるそうね。羨ましいこと」
そう言う夫人はチラリと息子を見ていた、ちまちまと家業を手伝うばかりのブレンドンを揶揄した目線だ。それに気づいた彼は苛立って再び水を煽る。

「ぷはっ!そりゃエライ事だねぇ、俺は銀匙以上に重いものを持った事がない優男なもんで」
道化のような仕草で巫山戯る息子に夫人はハァと溜息を吐いて頭を振る。本当に役立たずだと心から思うのだ。

「ん……待てよ、するとだな……そうか、その手があったじゃないか!アハハハッハハハッ」
急に笑い出した息子を見て、いよいよ気が触れたかと再び嘆息する夫人は洗い終えた豆を焚き始めた。








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