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王女は契約を求める
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獣王国の王子シンギル・イェナ・フォルヴェスが、異種族の姫に拘る理由を父王は聞かせる。
運命の番とやらの伝承について王女は耳を傾けるが、その顔は快い表情ではなかった。
「番を得ないと狂死するほど苦しいとのことだ……シンギル殿下はやがて王になる人物、その彼がもし心を病み儚くなったら獣王国は荒れるだろうとのことだ」
「まぁ!御気の毒なことではありますが、私は殿下に対して何も感じませんわ。しかも相手側の都合をこちらへ押し付けるなど恐喝同然ではないですか」
「獣王国とはそういう手段で国力を高めて来たのだ、彼らには当然の行為なのだろうよ」
「んまぁ!益々嫌悪しますわ!やはり蛮族ですのね」
魂で引き合うという”番”の事を説明された王女は「独りよがりの愛を囁かれても迷惑千万」と嫌そうに気持ちを述べる。
姫の反応を予想していたらしい王は、預かって来た宝石箱を王女に手渡して「見分しなさい」と言う。
「これは魔石……生命の源ではありませんか、それを砕いて寄越したのですか?」
「あぁ、命を削ってまで求婚してきたということだ」
「そんな……」
ここまでされて断ればどのような諍いが発生するかわからない、カリノ姫は瞳を固く閉じて長い溜息を吐いた。
「お父様、いいえ我が王よ。フォルヴェス国と一戦交えたとしてどちらが優位でしょうか?」
「なんだと!?」
「嫌だ、例え話ですわ」
深刻な顔で反応する父王に対してカリノ王女はコロコロと笑う。彼女はあくまで仮の話として質問したに過ぎないと押し通すのだ。
王は王女の問に渋面になりながらも思案する、そして真実を告げた。
「……ふむ、百年前だったなら圧倒的に獣王国が強かろうな」
「そうですか、百年前ならばですね?」
彼女は良い答えを聞いたと言って高らかに笑う。いま現在において人族の国は強硬な獣王国に抗えるだけの力を有しているのだと父の顔を見て判断した。拮抗する強さではなく、相手を打ち負かすほどの力があるのだと父王の強い眼差しは語っていたのである。
「喧嘩して我が国が勝てるというならば憂いはございません、ですがワザワザ最初から事を荒立てるのも賢明ではないですね」
「うむ、そうだな……人身御供のような縁談を其方に押し付けるようで心苦しい」
愛娘を獣の王子にやるなど身を焼かれる辛さだと父王は項垂れる、だが国同士の諍いを避けて良好を選ぶのなら嫁ぐほか選択はない。
「よろしい、この話をお受けします。ですが、あちらが無理強いしてきた縁談なのですから、こちらの言い分も押し付けなければ平等ではございませんよね、ふふふ……」
扇を広げて意味深な笑みを浮かべる王女を見て王は我が娘ながら恐ろしいと思うのだった。
王女は王宮の客室に居座っているシンギルの元へ向かって行った。もちろん護衛をたくさん引き連れてだ。
彼女が顔を出すなり彼は勢いよく立ち上がり上気した顔を見せる、本能から欲する番へ今にも飛び掛かりそうな勢いだ。緊張した護衛達は剣の柄に手を当てる。
しかし、王女は挨拶も省いて極めて冷静に対峙してこう告げる。
「契約致しましょう殿下、婚姻に際して守っていただきたい事項がございますの。それらを飲んでくださるのなら私は喜んで番になりましょう」
「ほ、ほんとうか!わかった、どのような条件でも飲もう!私は其方が欲しいのだ!」
王女の答えに歓喜する王子は先のことを考えずに二つ返事で承諾した。見下されているとも知らず、なんて浅慮で愚かな男だとカリノは扇の裏で嘲笑した。
王女の合図で侍女が銀盆に乗せた羊皮紙の契約書をシンギルに渡す。手に取った彼は丸まれたそれを開いて吟味する。
========
婚姻契約書
夫となるシンギル・イェナ・フォルヴェスは以下の事を厳守し妻となるカリノ・コルジオンに尽くすことを宣誓すること。
一つ、王女が成人するまで同衾はしない
一つ、浮気をしない
一つ、無理矢理に愛を請わない
一つ、力に任せて妻を威圧しない
一つ、妻が不快だと進言したら速やかに対処する
これらの事項を破りカリノ・コルジオンを不幸にさせた際は婚姻終了に同意したとみなす。
契約を反故した慰謝料はシンギル・イェナ・フォルヴェスの全財産とする。又、離縁を拒絶した場合はカリノ・コルジオンの名の下に裁き相応の罰を与えるものとし、その罪科はフォルヴェス国全体にも代償を求める。
========
書面を読んだ王子は「なんだこんな程度のことか」と軽口を叩きサラサラとそこへサインを書き、指先を噛んで血判を押した。呪魔法によって縛られる契約書になんの躊躇いもせず同意した王子を見て王女と侍従らは目を疑う。
「ずいぶんアッサリ署名なさるのね、豪胆ですこと」
「ああ、愛しい番殿と結婚できるのだからな!私に迷いなどない」
「……そうですか、ではここに血の契約は成立致しました。よろしいですか殿下、契約を破り私が少しでも不幸だと感じたらその時点で離縁と致します。努々忘れませんように」
「わ、わかった。我が魂に刻み努めよう」
分厚い羊皮紙に魔法契約を交わした王子は小柄な彼女に気圧されながら鷹揚に頷いたのだ。
こうして結婚の約束を交わした王子は意気揚々と帰国して行った。
「なんて愚かな男でしょうか、咎が国にも及ぶ契約であるというのに……あんな者が次代の王になるだなんて世も末ね」
運命の番とやらの伝承について王女は耳を傾けるが、その顔は快い表情ではなかった。
「番を得ないと狂死するほど苦しいとのことだ……シンギル殿下はやがて王になる人物、その彼がもし心を病み儚くなったら獣王国は荒れるだろうとのことだ」
「まぁ!御気の毒なことではありますが、私は殿下に対して何も感じませんわ。しかも相手側の都合をこちらへ押し付けるなど恐喝同然ではないですか」
「獣王国とはそういう手段で国力を高めて来たのだ、彼らには当然の行為なのだろうよ」
「んまぁ!益々嫌悪しますわ!やはり蛮族ですのね」
魂で引き合うという”番”の事を説明された王女は「独りよがりの愛を囁かれても迷惑千万」と嫌そうに気持ちを述べる。
姫の反応を予想していたらしい王は、預かって来た宝石箱を王女に手渡して「見分しなさい」と言う。
「これは魔石……生命の源ではありませんか、それを砕いて寄越したのですか?」
「あぁ、命を削ってまで求婚してきたということだ」
「そんな……」
ここまでされて断ればどのような諍いが発生するかわからない、カリノ姫は瞳を固く閉じて長い溜息を吐いた。
「お父様、いいえ我が王よ。フォルヴェス国と一戦交えたとしてどちらが優位でしょうか?」
「なんだと!?」
「嫌だ、例え話ですわ」
深刻な顔で反応する父王に対してカリノ王女はコロコロと笑う。彼女はあくまで仮の話として質問したに過ぎないと押し通すのだ。
王は王女の問に渋面になりながらも思案する、そして真実を告げた。
「……ふむ、百年前だったなら圧倒的に獣王国が強かろうな」
「そうですか、百年前ならばですね?」
彼女は良い答えを聞いたと言って高らかに笑う。いま現在において人族の国は強硬な獣王国に抗えるだけの力を有しているのだと父の顔を見て判断した。拮抗する強さではなく、相手を打ち負かすほどの力があるのだと父王の強い眼差しは語っていたのである。
「喧嘩して我が国が勝てるというならば憂いはございません、ですがワザワザ最初から事を荒立てるのも賢明ではないですね」
「うむ、そうだな……人身御供のような縁談を其方に押し付けるようで心苦しい」
愛娘を獣の王子にやるなど身を焼かれる辛さだと父王は項垂れる、だが国同士の諍いを避けて良好を選ぶのなら嫁ぐほか選択はない。
「よろしい、この話をお受けします。ですが、あちらが無理強いしてきた縁談なのですから、こちらの言い分も押し付けなければ平等ではございませんよね、ふふふ……」
扇を広げて意味深な笑みを浮かべる王女を見て王は我が娘ながら恐ろしいと思うのだった。
王女は王宮の客室に居座っているシンギルの元へ向かって行った。もちろん護衛をたくさん引き連れてだ。
彼女が顔を出すなり彼は勢いよく立ち上がり上気した顔を見せる、本能から欲する番へ今にも飛び掛かりそうな勢いだ。緊張した護衛達は剣の柄に手を当てる。
しかし、王女は挨拶も省いて極めて冷静に対峙してこう告げる。
「契約致しましょう殿下、婚姻に際して守っていただきたい事項がございますの。それらを飲んでくださるのなら私は喜んで番になりましょう」
「ほ、ほんとうか!わかった、どのような条件でも飲もう!私は其方が欲しいのだ!」
王女の答えに歓喜する王子は先のことを考えずに二つ返事で承諾した。見下されているとも知らず、なんて浅慮で愚かな男だとカリノは扇の裏で嘲笑した。
王女の合図で侍女が銀盆に乗せた羊皮紙の契約書をシンギルに渡す。手に取った彼は丸まれたそれを開いて吟味する。
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婚姻契約書
夫となるシンギル・イェナ・フォルヴェスは以下の事を厳守し妻となるカリノ・コルジオンに尽くすことを宣誓すること。
一つ、王女が成人するまで同衾はしない
一つ、浮気をしない
一つ、無理矢理に愛を請わない
一つ、力に任せて妻を威圧しない
一つ、妻が不快だと進言したら速やかに対処する
これらの事項を破りカリノ・コルジオンを不幸にさせた際は婚姻終了に同意したとみなす。
契約を反故した慰謝料はシンギル・イェナ・フォルヴェスの全財産とする。又、離縁を拒絶した場合はカリノ・コルジオンの名の下に裁き相応の罰を与えるものとし、その罪科はフォルヴェス国全体にも代償を求める。
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書面を読んだ王子は「なんだこんな程度のことか」と軽口を叩きサラサラとそこへサインを書き、指先を噛んで血判を押した。呪魔法によって縛られる契約書になんの躊躇いもせず同意した王子を見て王女と侍従らは目を疑う。
「ずいぶんアッサリ署名なさるのね、豪胆ですこと」
「ああ、愛しい番殿と結婚できるのだからな!私に迷いなどない」
「……そうですか、ではここに血の契約は成立致しました。よろしいですか殿下、契約を破り私が少しでも不幸だと感じたらその時点で離縁と致します。努々忘れませんように」
「わ、わかった。我が魂に刻み努めよう」
分厚い羊皮紙に魔法契約を交わした王子は小柄な彼女に気圧されながら鷹揚に頷いたのだ。
こうして結婚の約束を交わした王子は意気揚々と帰国して行った。
「なんて愚かな男でしょうか、咎が国にも及ぶ契約であるというのに……あんな者が次代の王になるだなんて世も末ね」
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