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王女の輿入れは不手際だらけ

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婚姻の契約を交わしてから約一年後、カリノ・コルジオン王女がフォルヴェス獣王国へ嫁いできた。
通例通りの婚姻準備期間だったが、シンギル王子にはとてつもなく長い試練だったらしく、彼女が登城するのも待てず国境砦に出迎えに来ていた。

「殿下、逸る気持ちはわかりますが些か行儀が悪いですぞ」
「そう言うな辺境伯よ、私にとっては耐え難い日々だったのだ。あの日、いっそのこと搔っ攫おうかと思ったのだ。耐えた私は偉いと思わんか?」
「たかが人族の小娘でしょう……矜持を忘れるくらいならば番など私は御免被る」
フォルヴェス王と同じようなことを言う辺境伯にシンギル王子は「なんて頑迷なことよ」と苦笑した。古来より大陸の絶対王者として君臨してきた獣人にとって、人族のような脆弱な民は侮蔑の対象だ。急に変えろと言われても難しいことなのだろう。

「お前達が何と意見しようが私は番を手放したくない!狂おしいほどのこの思いが伝えられないのが残念だ」
「左様で……」
辺境伯は肩を竦めて反論する口を閉じる、それから間もなくコルジオンからやって来た花嫁の一団が到着した。てっきり馬車で移動してきたとばかり思っていたフォルヴェス側は度肝を抜かれる。

「な、なんと……馬の引かない車だと!?どういう仕組みだ!」
血気盛んな辺境伯が一番に反応して喚く、動力らしいものが見当たらないのだから無理はないだろう。人族の叡智の結晶の一つである巨大な移動魔道具を見せつけられて、辺境を護る獣人の兵達は得体のしれない物体を目のあたりにして腰が引けていた。

コルジオン王女の護衛として参じた騎士団長らしきが車から降り立ち礼を取って来た。その人物は獣人に引けを取らない偉丈夫であった。小柄で貧弱だと侮っていた辺境伯は瞠目して固まる。
「お、おい、あれが人族の兵だと!?私と変わらない体躯ではないか!誰だ、脆弱でヒョロヒョロだと文献に残したヤツわ!」

「ほう、それはいつ頃の情報でしょうかな?人族が進化しないとでも思ってましたか」
「い、いや。これは失言でしたな。私は辺境伯トラスと申します、遠路ご苦労でございます」
互いに歩み寄り目の前で対面してみれば、人族の騎士団長の身長は僅かに辺境伯を上回っていた。これには後ろに控えていた兵達は動揺を見せる。
人族が矮小な生き物であるという間違いが払拭された瞬間だった。

「シンギル殿下もお人が悪い、人族が大柄に変貌していたのなら教えて下さっても良かったでしょう」
「ん?言ってなかったか?それはすまん」
「……」

***

いよいよ入国となった王女の一行だったが、王子が「是非、私の馬へ」と王女を同乗させようとして一悶着があった、しかし王女は丁重に断り乗車したまま登城をした。
「冗談ではないわ、挙式まえに体に触れさせようとするなんて。やっぱり蛮族なのだわ!」
「その通りでございますね、姫様」
早くも嫁いできたことを後悔し始めたカリノは「成人前に穢されたらどうしよう」と呟いた。その言葉を拾った護衛の女騎士が「そのような真似はさせません!」と頼もしい事を言う。

「ふふ、頼りにしているわ。とね?」
「御意、お任せください」

無事に登城して案内された王子妃の居室は無駄に広く、調度品までも巨大で圧倒された。さすが獣人仕様といったところだ。
「使い勝手が悪そうね、うちから持参したものと交換しましょうか」
「はい、直ちに!」
王女付の侍従達が一斉に動き、圧縮収納魔道具から次々と婚礼家具を取り出して設置していった。邪魔なだけの獣人用の家具類はすべて廊下へ追いやられ「物置へ」と城の侍従へ運ばせた。

何より思いやりがないと思ったのは、妃殿下用だと言って渡されたドレス類である、どれもこれも獣人用のそれで寝具用のシーツなのではと疑うようなサイズを、さも当たり前のように差し出されたのだ。
これは全て返品したのは言うまでもない。


後に城側から苦言があったが「人族の姫を輿入れさせる気がないのなら王子殿下と相談をせねばならない」と言うと何かを察した彼らは渋々引き下がった。
「ふん!最初から寛がせる気がなかったようね!なんという嫌がらせかしら?さっそく契約不履行になりそうじゃなくって?」王女は立腹してそう言ったが「式前に破談するのなら願ったり」と微笑んだ。

図らずも不手際が生じたことが王子殿下の耳に入ったらしく、その日のうちに謝罪の旨が認められたカードが届いた。
詫びたいので二人きりで食事をと綴られていたが王女は断った。
「どうせ食堂の椅子も巨大なのでしょうね、しばらくは王族との食事は遠慮したいわ」
「ではそのように手配を、もし居室への配膳を拒むようなら減点ですね」
「もちろんよ!」

屈強な騎士とは違い華奢なカリノ王女は当然の配慮を願っただけに過ぎないのだが、城の侍従たちには「我儘放題の嫌な姫」と印象付ける結果となった。
初日からこれでは先が思いやられると王女の一行は思うのだった。
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