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巨鳥の主

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愛娘のカリノからの救難の声が届かず事態を知らないコルジオン王は、フォルヴェスから次々と届く書簡に目を通していた。魔道具に疎い獣王国だが、文を瞬時に飛ばす道具は重宝している様子だ。
かの国は言葉を濁して通達してきていたが王女関連であることは読み取れた。宰相に至っては”王子殿下は大失態をやらかした”とはっきり綴っている。

「愚かな王子め……私の娘を愚弄しよって、ただでは済まさぬ。おそらくカリノは帰国の途にあるのだろう、国交のためにと嫁に出したのは間違いであった」
獣王国に対しても怒り心頭な王だが、何より嫁ぐことを受理してしまった己に腹を立てていた。悔いたところで何も解決はしないがそれでも彼は立腹して机を叩く。

控えていた侍従が怒気に当てられて顔面蒼白だ、見かねた王子が「父上、執事と侍女が可哀そうです」と諌言した。
「ああ、アンソニーすまん。人払いをして宰相と外務、国防を呼んでくれ緊急会議だ」
「わかりました、いよいよですね?」
「うむ」
王の言わんとすることを察したアンソニー王太子は、王宮の小会議室を整えるように指示をしてから各省庁へ連絡を入れる。
呼び出しを受けた面々は覚悟を決めた顔をして会議に望む。



***

「私は南の民ロウナ・ヨーグスと申す、念話を飛ばしたのは何方か?」
マントを翻して巨大なベラゴワシから飛び降りた青年は、今にも剣を抜かんとする体勢の騎士達にも臆せず王女一行と向き合う。かなり豪胆な人物と見受ける。
忠心に感謝しながらカリノ王女は「皆の者、控えなさい」と言って青年と対峙する。

カリノと申します、念話を飛ばしていたのは私ですわ」
彼女は一礼して身分は伏せたままそう述べた、身形で高位の者とはバレていようと王女であることは伝えない。
「あぁ、そう畏まらないで頂きたい。緊張されるのはわかるが私は危害を加えるつもりはないよ。切羽詰まった様子だったから気になってね」
偶然に念話を拾ったらしい青年は柔らかにカリノへ微笑んだ、よほど波長が合わない限り他人が拾うことはない。彼女とは相性が良いようだ。

「部下の態度を御赦しを、実は移動魔道車が停止してしまいまして難儀してましたの。水さえあれば稼働するのですが豊富な水場がなくて」
「なるほど、事情はわかりました。私で良ければ協力しましょう」
「まあ!ありがとうございます!陽も落ちる寸前でしたので不安でしたのよ」
王女の護衛騎士達が「気を許し過ぎでは」と諌言したが、王女は平気だと笑う。互いに身分を隠し合っていたが面差しに覚えがあったのだ。


青年ロウナは上空から見た周辺の様子を騎士隊に教え案内しようと申し出た。躊躇っていた彼らだが、青年が腰に佩いていた剣の鞘の紋章を見て南の帝国のものであると知り一斉に敬礼した。
「た、大変失礼をいたしました!私は騎士隊隊長の」
「ああ、いいよいいよ。今の私はただの旅人だからさ、そういうことにしといて?」
「はっ!」
態度が豹変した騎士達を見てロウナ青年は苦笑する。空を飛び案内する彼を追い、木々を縫うように移動した彼らは沼を発見して歓喜した。

水場を発見した彼らはそのまま沼の畔でキャンプを張ることにした、豊富な水は確保したものの移動する時間ではなかった。
「大変助かりましたわ!本当にありがとうございます」
「いいんだよ、大したことはしていないさ」
せめてもの礼として、貯蔵していた食糧で夕飯を共にと青年を誘った。とっておきのワインまで振る舞われた彼は喉を潤して「返って申し訳ない」と眉を下げる。

「大恩人ですもの、これくらい安いものですわ遠慮なさらないで?」
「うん、ありがとう。遠出した甲斐があるよ。色々とね」
「いろいろでございますか?」
ワインを嗜んだ王女はほんのりと紅がさした頬に手をやり「はて?」と首を傾げた。可愛らしいその仕草を見た青年は「出会えて幸運だ」と呟く。


そして、無事に夜を過ごした彼らは別れを告げる。
「昨夜は楽しかったよ、ではまた!」
「はい、こちらこそ楽しかったですわ、後程!」

含みがある言い方をして挨拶していた王女に疑問に思った侍女が「後程とは?」と訊ねる。
「ふふ、後日わかるわよ」
「はぁ、左様でございますか」
「お父様たちが動いたらしいわね、あの方はきっと……」
彼女は遠くなる鳥の姿を見送りながら、これから起こるであろう大事に心を引き締めるのだった。

「さあ、皆さん。移動しますよ、明日の午後には帰国できるよう頑張りましょう」
「はい!仰せのままに」騎士隊長が代表して応えた。




その頃のシンギル・イェナ・フォルヴェスこと愚かな王子は従者らと馬を走らせて姫の後を追っていた。
だが、夜通し走らせてきた馬は二日目にして使い物にならなくなった。怒った王子は自ら変体して獣化して疾走しようとした。
「王子!獣人の誇りはわかりますが、その姿で他国へ出向いたら事です!国家間協定をお忘れですか!」
「ええい!この非常時に人族との約束事など!」
「なりません!獣と間違われ討たれても文句は言えませんよ!」
「くそっ!」
どちらにせよ国境砦で停止させられる羽目になれば、面倒ごとが増えて益々失速することになると諫められた王子は馬の休息を待つ他なかった。

無駄に広い己たちの国土を、これほど恨めしいと思ったことはないと彼は愚痴るのだった。



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