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月下の二人 甘いひと時

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同盟国のどこよりも迅速に馳せ参じた帝国の皇子ことロウナード・ジュスト・ヨーグスグランデ。自称旅人のロウナは歓迎され盛大な晩餐で持て成される。
真っ先にきた帝国の皇子に感謝する王は旅の途中で愛娘カリノとのことを聞いて頭を下げた。
そして、一日遅れてカリノが到着すると改めて感謝の意を示した。

「ほんとうに助かりました、いま頃はまだ森の中を彷徨っていたことでしょう」
「もうお礼は十分頂きましたよ、姫君にも王にもね」

二日目の歓迎晩餐の席で互いの近況を語り合う、カリノは強奪同然に獣人の王子に嫁いだことを吐露した。
彼女の心情を慮るロウナード皇子は「ご苦労されましたね」と労う。
「いいえ、婚姻を続ける条件を二つも反故されましたので今は自由の身ですわ」
カリノは禁を破った箇所から見る見ると浸食して紫に変色し、腐り果てた羊皮紙を思い浮かべて苦笑した。
「やはり人は人と愛を育むべきなのですよ」
「そうでわね、例え外見が似ていても相いれないものですわ」

どこか熱い視線を向けてくる皇子にカリノは頬を赤らめる、決してワインだけのせいではない。それを見守る父王は良縁とはこういうものだと独り言ちる。一月も満たずに出戻った娘だがこれで良かったのだとグラスを傾けた。
彼女らは食事を終えるとサロンへと移動した。
今宵はとても穏やかな月夜だという皇子、釣られてカリノも夜空を見上げた。浮かぶ三日月の横を小さな雲がゆっくり流れていくのが見えた。

どちらともなく手を繋ぎ窓辺から届く風音を聞きながら踊り出した、とても自然な行為だ。二人を見守る侍女達は「ほぅ」とため息を漏らす。淡い金髪の皇子と銀髪の王女はとても絵になっていた。
「まるでオペラのワンシーンのようですわ」
「ええ、本当にお似合いで」
羨望の眼差しを向ける侍女達は”どうかこのまま穏やかな時間が続くように”と祈れずにおれない。



カリノ王女が帰国した翌日、各国の重鎮達がコルジオン王国に集結した。
同盟国の五つの国の大臣らが集まり大会議の席が設けられた、蛮族討つべしと鼻息が荒い彼らは長年、力で捻じ伏せてきた獣人たちを嫌っているのだ。
帝国の代表として参じたロウナード・ジュスト・ヨーグスグランデ皇子が会議開始の演説をする。
「我らは神より賜った叡智の力で獣人に怯えることはなくなった、長く虐げられてきた歴史は今世で終わらせるのだ!」
「うむ、その通りですぞ!」
「獣など恐るるに足らず!」
「我らの力を存分に見せつけてやろうではないか!」
決起した彼らは熱い思いを吐くのであった。

白熱する作戦会議は夜通し続き心に火が付いた彼らは「眠るのも惜しい」と猛るのだ。
「頼もしい方々が集まりましたわね」
「うん、人族は繋がりを大切にするからね。有難い事だよ」
会議の休憩にサロンへ来たロウナードは王女が手ずから淹れた茶をゆっくり嚥下しているところだ。さすがの重鎮たちも睡魔には勝てず各々が客室で仮眠をとっていた。


獣人たちが統べる国々は東大陸側に六国存在しているが一枚岩とはいかない連中だ。力を誇示し合い矜持が高い彼らは手を結ぶのを良しとしない。
「獣人は同盟を結ぶことをしないそうですわね、なんて愚か」
「ああ、その通りだよ。ヤツらは縄張り意識が強いから、牽制し相手を蹴り落とすことをしても協力することはしない」
茶を飲み干した皇子は些か眠くなってきたのか目を閉じて船を漕ぎ始めた。見兼ねた王女が「どうか客室へ」と促す。だが皇子はカウチに寝そべりたいと言う。

そして、カリノの膝枕を所望する。
「ああ、良い寝心地だ……オヤスミ」
「おやすみなさいませ、皇子殿下」
窓の隙間からは爽やかな微風が吹いてきて彼の淡い金髪を撫ぜる。王女はその刹那を「なんて幸せな時間なのでしょう」と小さく呟く。

彼らは近いうちに婚約を交わすであろうと侍従たちは噂した、獣王国フォルヴェスとの諍いが生じた今は不謹慎であるという声も上がりそうだったが、そんな些末なことは父王が蹴散らすに違いないと彼らは思う。


コルジオンの王都では、各国からお歴々共の魔導車が集まりだしたことを知りキナ臭さを感じ取っていた。
「やっぱり戦は避けられねぇのかな」
「そうだろうよ、だって攫うように姫を娶った癖に虐げて追い出したって話だろう?」
「いいや、姫が獣を嫌って逃げたってよ」
「どちらにせよ争いごとに発展してんだよ、なーに原始のままの獣人なんざ目じゃねぇよ」

今や、逞しい体躯を手に入れた人族は更に叡智の結晶と言える魔道具を開発している。侮っているのは頑迷なままの獣人族だけだ。学のない平民とて人族が優位な立場に変化しているのは理解していた。剣を交えるまでもなく歴然だ。

コルジオンを護る国境壁には自動式の弩砲バリスタを各所に設置を終えていた。これは帝国から派遣された兵によるものである。あまりに早い手際にコルジオン王は敬意すると共に畏怖した。
「流石としか言えませんな、帝国には頭が上がりませんぞ」
「なに、こちらへ出向くついでの仕事に過ぎませんよ。貴国は平坦な土地が多いですから先手を取ったほうが良いと考えました」
「なるほど……野戦築城を建て、塹壕ざんごうを掘り敵襲に備える考えはありましたが古かったですかな」
「いいえ、それもまた戦い方の一つ。獣人は考えなしに突撃する傾向が強い。罠は多い方が良いですよ」

人海戦術に及ぶまでもなく叩き潰してくれようと、未来の皇帝ロウナードは腕を組んで唸る。


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