完結 獣臭い夫に嫌われているようなので、戦を仕掛けます。

音爽(ネソウ)

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恋狂う獣

人族の国々が手を組んで戦を仕掛けようとしているとは知らないシンギル王子は、コルジオンの国境砦を無視して突破しようとしていた。だが、予め報せを聞いていた辺境伯の私兵が彼らを牽制し囲んだ。王子達は見た事もない魔導蜂巣砲ガトリングを見てたじろぐが虚勢を張って己も牙を剥く。

止む無く足元へ連射砲撃して威嚇すると王子の部下たちは脱兎の如く敗走していった。しかし、王子だけは諦めず応戦する構えを見せた。
「ほお、帝国の兵器を前にして怯まないのか。だがな正式な手続きもせず国内へ足を踏み入れた、その罪を理解していないのか」
「なんだと!たかが人族の辺境貴族の分際で獣王国の王子を侮辱する気か!」
馬を蹴って強行突破しようと体勢を変えるシンギル王子だ、だがそれは悪手で即効性の麻酔弾で馬が射貫かれ倒れ振り落とされてしまった。

強かに体を地に打ち付けてしまったようだが、彼の目はまだ死んでいなかった。

「同じ獣でも馬は従順だからな、命は狩らない。だが獣人は違う、我らから見れば醜い魔物だ」
その侮辱の言葉を聞いた王子は怒りに任せて獣化した、赤毛の獅子の姿になって今にも飛び掛からんとする。
「脆弱な貴様らが狩られる側なのだ!立場を弁えよ!ガルルルッ」
「ふん、正体を現したか悪しき獣が」
「ほざけぇ!」




一方、コルジオン城では国境にて小競り合いが発生したと報が届くと王が毒づく。
「赤獅子か、どうやら王子がカリノを追って来たようだ。なんと厚顔無恥な男よ」
すでに婚姻契約を破り離縁が成立していると王女から聞いていた王は呆れて笑う。迎え討ちに向かうかと防衛大臣が言うが王は辺境伯だけで十分だと判断して制止する。
「兵らは待機させて英気を養わせろ、戦の火蓋はまだ切られておらぬ。その時を待て」
「はい、確かにその通りでございますな」

あくまで冷静沈着な人族の王は侵攻の機会を伺っているのだ、各国からの支援はまだ準備段階にある。集結する兵の数はおよそ七百万、加えて最新の武装兵器は国を二つくらい消し飛ぶ威力を誇るものが用意されていた。魔導戦車だけでも5万台を超える。その分、騎兵は減らしたが十分過ぎる軍事力がコルジオン国内に集まっているのだ。

「些か時間はかかると思われるが、五日後には侵攻出来ますね」
戦の要であるヨーグスグランデ帝国の皇子がコルジオン王の側に来て言う。フォルヴェス国を取り囲むように無人戦車の配備を整えている最中なのだ。

「たった五日でここまで整うとは予想以上ですぞ」
「はは、急ごしらえに聞こえるでしょうが友好国の国防大臣達は協力的ですから」
「うむ、感謝に耐えません。それだけ獣人たちの横暴さに怨嗟の念があるのでしょうな」
大なり小なり、人族の国々は獣人たちに煮え湯を飲まされてきた歴史を持っている。未だに国土の一部を植民地化されている国も少なくない。
今回の戦はフォルヴェス国だけが相手だが、他の獣人国の間諜らがこそこそと情報集めに奔走している事をコルジオンを含めた五国は把握していた。

特に帝国はこの機会に乗じて、獣人族全体を殲滅してやるのも面白いと手薬煉を引いている。
コルジオン王は帝国だけは敵にしたくないものだと冷や汗を掻く。

ちなみに赤獅子ことシンギル王子は単身でコルジオンの国境を抜けきり、城へ向かっていると密偵から報告が上がっている。これはワザと仕向けた結果である。
「罠にかかった獅子……いいや赤猫かな?せいぜい戦の火種として暴れてくれ」
コルジオン王は玉座の上で冷笑を浮かべながら会議の議事録を読み返していた。

罠とは知らないシンギルは愛しい番の臭いを辿るように王城近くへ現れた。有事に備えて王都の民は地下壕へ避難している。不自然に静まり返った王都の様子に気が付いてよさそうなものだが、血が上っていた獣の王子は人気のない街道をひたすら疾走した。
「近い、近いぞ!あぁ我が番の姫、迎えに来たぞ!」
王城の第一外門に到達した彼は獅子の姿のまま愛しいカリノ王女の名を咆えた。獣化した彼の体躯は三メートルを超えており化物にしか見えない。王子は全身の赤毛を逆立てて外門を護る騎士達に道を開けよと恫喝した。

あまりの大声に騎士たちは耳を押さえる、怯んだように見えた王子は気を良くして何度も咆える。
だがしかし、己の力を過信していた王子はあっさり捕縛されてしまう。王女の服をおとりに使われた罠に嵌ったせいである。城内の枯れ井戸に隠されていた王女のドレスに反応した王子はそのまま飛び込んだ。番にしかわからないという甘いフェロモンが王子の理性を奪った結果である。

「少し考えたらわかりそうなものだろうに……」
「ああ、まったくだぜ」
捕縛に当たった騎士達が狂った獣人の王子を見てゲッソリしていた。


許可なく王城へ突撃したシンギル王子は王女誘拐未遂の廉で幽閉された。
反省なしの彼は牢獄塔で咆え続けた、あまりにうるさいので鼻腔を手術され嗅覚を奪われた。すると途端に大人しくなって「どうして俺はここにいるのか?」と腑抜けた台詞を吐いたのだ。


牢にて塞ぎ込む王子を見舞いに訪れたカリノ王女が彼に問いかけた。
「貴方を狂わせるのはその鋭敏な嗅覚なのでしょう?番の臭いとやらに惑わされているなら正気を取り戻しなさいませ」
「カ、カリノ王女か!?」
まだ少し影響が抜けていないらしい王子は愛しい声に反応して飛び起きた。

「獣人族は本能、人族は理性で動く者です。私達が相容れない同士なのは明らかです、どうぞ諦めてください」
「そんな姫!其方はまだ未成年で目覚めていないだけなのだ!だからきっと番として」
「いいえ、絶対ありません。私は生涯貴方を求めたり愛することはない、御存じ?女は殿方に対して好きか無関心しか情がありませんのよ」
「む、無関心だと……そんな、婚姻の契約はたしかに破ってしまったが、一時は夫婦だったじゃないか!どうしてそんな無情なことをスラスラ言えるのだ!あまりにも冷たいじゃないか」

涙を流して王女に訴えるシンギルだが、カリノ王女は能面顔のまま真実を告げる。
「あらやだ、王子殿下。私は最初から貴方など眼中になかったですよ?」

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