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戦火の先に(覚醒)篇
歪み
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「契約満了、私は自由だわ」ミューズは己に言い聞かすように呟くと戦闘態勢を解いて空へ浮かんだ。
それを面倒そうに見守っていたウェインライトは、遊び疲れたんだねと彼女に言った。だがそれに答える気はないのかミューズは被膜を広げて飛び去ろうとしている。それを皇帝が見咎めて叱責の言葉を飛ばした。
「ミューズ!私の命を理解していなかったのか?その男を倒すんだ、そして退路を作れ」
大慌てでそう捲し立てる皇帝だが、彼女の目は虚ろだったし、反応も悪い。
「……私を動かすのは真の主だけだ、お前との主従関係は終了している」
「んな!?そんなわけあるか!」
しつこい皇帝に対して彼女はシワのついた羊皮紙を掲げて見せた、契約書と思われるそれには今日の日付と時間が記されていた。”10の月15日。正午を持って満了。”
「は!そんな数字など関係あるものか、お前のことを縛るのは紙切れではない!忘れたのか、お前の魂は我に握られていることを!」
したり顔で宣うヴェラアズが憎たらしい笑顔で少女を見上げている。彼女が抵抗できない切り札があると確信しているようだ。だがそれでも、ミューズの態度は変わらなかった。
「握る?なにを?さっぱりわからない」
「どうやら本当に忘れたらしいな……愚かなことだ。さぁこれを刮目して見よ」
皇帝は厭らしい笑みを浮かべて琥珀の瓶を取り出してチラつかせた。ユラユラと怪しく光る御霊瓶である。
それから落とすような仕草をしたり、剣を突き刺そうとする素振りを見せた。
だがミューズの顔色は変化がない、皇帝は望んでいた反応が相手から見られず歯噛みする。
「ミューズ!我を怒らせると後悔することになるぞ!心を壊し廃人同然にして完全な道具にされたいのか?」
「はぁ……できるのならどうぞ?」
ミューズは小馬鹿にした様子で皇帝を見下ろして欠伸をした。
それを見た皇帝は、破裂寸前の焙烙玉のように顔を赤く染めて瓶へ黒い剣を突き刺した。それは呪いを込めた禍つ剣だった。小瓶は小さな悲鳴を上げて砕ける、揺らめいていた儚げな光芒は消え去った。
それが済むとヴェラアズはやり遂げた高揚感に笑ったが目の端には微かに悲愴が見てとれた。
複雑な感情が彼を襲ったのか笑っているのに、声は泣いているようにか細い。
「あぁ……ミューズ……。愚かな、我が下僕にして愛した女……」
***
「それで?」
「え」
下らない三文芝居を見せられたと嘆きのポーズをしてミューズは宙に浮いていた。
「もう行っていい?主従じゃないんだし、敬語はいらないよね」
「え、え……ミューズどういうことだ?」
彼女の魂を封じて自由を奪った御霊瓶、生殺与奪の御霊瓶。それがいましがた砕け散り魂が消えた。
なのに、歪んだ愛で縛れていたはずのミューズは儚く散ることもなくそこに存在した。
「ん~あぁ、タネ明かしって白けるから言いたくなかったんだけど、僅かに情けはあったから特別に教えてあげる」
「え……ミューズ?」
「なかなか面白可笑しい夢物語というか、お芝居を演じられて楽しかったわ。100点中40点だけどギリ合格にしといてあげる」白い蝙蝠はマヌケ顔を晒したままの皇帝の頭上を旋回して独白する。
”ひとりぼっちの可哀そうな皇太子、出会ったのは10年前。アナタは12歳の少年だった。善悪も良く理解できなくて小さな悪さをしては周囲を困らせた。益々孤独になった小さな皇太子、私がトモダチになってあげましょう。そして、満月の夜に誓ったわ。アナタが立派な王になるまで側にいてあげると、でもそれだけでは信用できないとアナタは言った。だから私は「魂をあげる」と言ったの。小瓶にそれを詰め込んで心も一緒に詰めて贈ったわ。オマジナイは呪いになってアナタと私は縛られた。嘘の夢を吹き込まれ皇太子は幸せだった、嘘に蓋をしてしまえばそれは真実に……”
黙って聞いていた皇帝は馬車から転がるように出てくるとミューズを見上げた。
10年前とほぼ変わらないその相貌は、人族とは違うのだと思い知らされる。獣人は数千から万年を生きる、10年など瞬きほどの時間だ、長い時を生きる彼女にとって彼との日々はなんだったのか。
「ミュ、ミューズ……我は……私は……」
「おバカさんなヴェラアズ、御霊瓶なんて都合の良い玩具が欲しいの?」
ミューズはそう言うと手の平からいくつものマヤカシ瓶を笑いながら投げ落としてやった。
「お、おまえは何処に行くのだ?」
彼は縋るように手を伸ばしたが、彼女に届くことは叶わない。自ら彼女を亡き者にしようとした癖に、真実を知ってもなお愛を乞う姿は滑稽であった。
「私はほんとうの主の所に帰るだけよ」
白い蝙蝠は振り向きもせずに霧雨の雲の中へ消えて行った。
それを面倒そうに見守っていたウェインライトは、遊び疲れたんだねと彼女に言った。だがそれに答える気はないのかミューズは被膜を広げて飛び去ろうとしている。それを皇帝が見咎めて叱責の言葉を飛ばした。
「ミューズ!私の命を理解していなかったのか?その男を倒すんだ、そして退路を作れ」
大慌てでそう捲し立てる皇帝だが、彼女の目は虚ろだったし、反応も悪い。
「……私を動かすのは真の主だけだ、お前との主従関係は終了している」
「んな!?そんなわけあるか!」
しつこい皇帝に対して彼女はシワのついた羊皮紙を掲げて見せた、契約書と思われるそれには今日の日付と時間が記されていた。”10の月15日。正午を持って満了。”
「は!そんな数字など関係あるものか、お前のことを縛るのは紙切れではない!忘れたのか、お前の魂は我に握られていることを!」
したり顔で宣うヴェラアズが憎たらしい笑顔で少女を見上げている。彼女が抵抗できない切り札があると確信しているようだ。だがそれでも、ミューズの態度は変わらなかった。
「握る?なにを?さっぱりわからない」
「どうやら本当に忘れたらしいな……愚かなことだ。さぁこれを刮目して見よ」
皇帝は厭らしい笑みを浮かべて琥珀の瓶を取り出してチラつかせた。ユラユラと怪しく光る御霊瓶である。
それから落とすような仕草をしたり、剣を突き刺そうとする素振りを見せた。
だがミューズの顔色は変化がない、皇帝は望んでいた反応が相手から見られず歯噛みする。
「ミューズ!我を怒らせると後悔することになるぞ!心を壊し廃人同然にして完全な道具にされたいのか?」
「はぁ……できるのならどうぞ?」
ミューズは小馬鹿にした様子で皇帝を見下ろして欠伸をした。
それを見た皇帝は、破裂寸前の焙烙玉のように顔を赤く染めて瓶へ黒い剣を突き刺した。それは呪いを込めた禍つ剣だった。小瓶は小さな悲鳴を上げて砕ける、揺らめいていた儚げな光芒は消え去った。
それが済むとヴェラアズはやり遂げた高揚感に笑ったが目の端には微かに悲愴が見てとれた。
複雑な感情が彼を襲ったのか笑っているのに、声は泣いているようにか細い。
「あぁ……ミューズ……。愚かな、我が下僕にして愛した女……」
***
「それで?」
「え」
下らない三文芝居を見せられたと嘆きのポーズをしてミューズは宙に浮いていた。
「もう行っていい?主従じゃないんだし、敬語はいらないよね」
「え、え……ミューズどういうことだ?」
彼女の魂を封じて自由を奪った御霊瓶、生殺与奪の御霊瓶。それがいましがた砕け散り魂が消えた。
なのに、歪んだ愛で縛れていたはずのミューズは儚く散ることもなくそこに存在した。
「ん~あぁ、タネ明かしって白けるから言いたくなかったんだけど、僅かに情けはあったから特別に教えてあげる」
「え……ミューズ?」
「なかなか面白可笑しい夢物語というか、お芝居を演じられて楽しかったわ。100点中40点だけどギリ合格にしといてあげる」白い蝙蝠はマヌケ顔を晒したままの皇帝の頭上を旋回して独白する。
”ひとりぼっちの可哀そうな皇太子、出会ったのは10年前。アナタは12歳の少年だった。善悪も良く理解できなくて小さな悪さをしては周囲を困らせた。益々孤独になった小さな皇太子、私がトモダチになってあげましょう。そして、満月の夜に誓ったわ。アナタが立派な王になるまで側にいてあげると、でもそれだけでは信用できないとアナタは言った。だから私は「魂をあげる」と言ったの。小瓶にそれを詰め込んで心も一緒に詰めて贈ったわ。オマジナイは呪いになってアナタと私は縛られた。嘘の夢を吹き込まれ皇太子は幸せだった、嘘に蓋をしてしまえばそれは真実に……”
黙って聞いていた皇帝は馬車から転がるように出てくるとミューズを見上げた。
10年前とほぼ変わらないその相貌は、人族とは違うのだと思い知らされる。獣人は数千から万年を生きる、10年など瞬きほどの時間だ、長い時を生きる彼女にとって彼との日々はなんだったのか。
「ミュ、ミューズ……我は……私は……」
「おバカさんなヴェラアズ、御霊瓶なんて都合の良い玩具が欲しいの?」
ミューズはそう言うと手の平からいくつものマヤカシ瓶を笑いながら投げ落としてやった。
「お、おまえは何処に行くのだ?」
彼は縋るように手を伸ばしたが、彼女に届くことは叶わない。自ら彼女を亡き者にしようとした癖に、真実を知ってもなお愛を乞う姿は滑稽であった。
「私はほんとうの主の所に帰るだけよ」
白い蝙蝠は振り向きもせずに霧雨の雲の中へ消えて行った。
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