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遠い国の使節団

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年を越した春先のことだった、少し遠い地にある新興国ヴァヘナから使節団が来訪した。
これまでは特に国交が頻繁ではなかった両国間であったが、互いに利のある流通を求めることに変化していた。
ヴァヘナ国は温暖な気候に恵まれており肥沃な大地を有する、麦をはじめとする特産物を各国へ流通して近年は国力が急成長して注目されていた。

一方で、ナタリア達が住むゼイルダーハは歴史が長い大国ではあったが、北西側の区域が度々飢饉寸前に陥ることが目立っていた。瘦せた土地と豊かな土地で貧困差が大きいのが悩みである。主な特産品は金と宝石である。
金はあっても食べるものがなければ国民は幸福とは言えないだろう。

その使節団筆頭にいたのはヴァヘナの第一王子ステファンである。
凛とした佇まいはさすが王族といったところだ、目力の強い偉丈夫の彼は精悍は顔立ちをしている。
「ふぅん、クレッグとは真逆の美男子ね。欲しくなっちゃう」
「姫様、はしたない。それからリボンが曲がっておりますよ」
ゼイルダーハの王女フェンケは「別にいいじゃない」とそっぽを向いた。悪癖が出たことに胃を痛めるのは彼女に長年仕える側女の婆やである。病弱で我儘な姫を御せることができる希少な人材であった。

居室の窓から到着したばかりの使節団らを眺めて品定めの真っ最中なのだ。
「みんながっしりと逞しい男性ね、力仕事に慣れてるのかしら?」
ヴァヘナからやって来た男達は長身の者が多く、戦闘慣れしていそうだった。自国のゼイルダーハの騎士たちは中肉中背がほとんどで筋骨隆々とはほど遠い。「きっと平和ボケしている国のせいだわ」と王女は毒を吐いた。


ゼイルダーハの王と謁見を済ませた王子一行は城内を執事に案内されて、異国の城の様子を物珍しそうにしていた。
「無骨な壁と床でしょう?軍事国家だった名残ですわ」
廊下の角からひょっこり顔をだした小柄な女子に不意を突かれた彼らはどよめく。

「初めましてステファン様、第一王女フェンケでございます。仲良くしてくださいね!」
「……なるほど私は大使としてこちらに参った。しばらく逗留させていただく」
引き気味で嫌そうに挨拶を返したステファンであるが、動じない様子の王女はさも当たり前のように彼の腕に纏わりついた。
彼女の無作法さに眉間に皺を寄せて王子は不機嫌さを剥き出しにした。察した彼の従者が仕事の話を振りフェンケを引き剥がす。小柄な彼女が長身で分厚い筋肉を纏う彼らに敵う分けもなかった。

しかし彼女はシツコイ。
「お待ちになって!私とこれからお茶でも……ちょっと彼方邪魔よ!」
「いいえ、殿下はこれから外務省に顔を出し会談せねばなりません」
側近の一人が割って入り邪魔をしてきた、面白くない対応に王女は頬を膨らませて地団駄を踏む。


「やれやれキーキーと姦しい……まるで猿だな。若作りしているがアレは四十路前だろう」
「はい、まさに御山の大将と言われる国の王女ですね」
「我儘が過ぎて貰い手がないと聞いてましたが本当のようだ」
我儘な王女の姿に国を重ねた彼らは、金鉱が枯れたらこの先どうするのかとヴァへナの一行は苦笑して会議室へ向かうのだった。

***

ところ変わって王城のサロンにて。

「使節団の手土産の中には香辛料があったそうよ、お肉にまぶすとそれは美味しくなるのですって」
刺繍を刺しながら言うのは第五王女のマリルーである、その場には貴族令嬢らが数人いてナタリアの姿もあった。
同世代である彼女らは噂話に花を咲かせながら作業していた。
「でもぉ、とても希少で高いのでしょ?胡椒一粒が黄金一粒と聞きましたわ」
「価値というより流通が困難で高くなるようですわ」

食べ物の話となると止まらないのが女子、あれこれと食べたことがない物のことで話題は尽きない。
「美味しいと言えば当日にはやはりビスケットは必要ですわよね」
「ええ、日持ちするように硬めに加工しますのよ」
彼女たちは施設訪問と慰問の日時を話し合い、いまは贈答用の品々を作っているところだ。

ナタリアは刺繍が苦手らしく彼女は動物のぬいぐるみ作りを頑張っていた。
兎の丸い尻尾を縫い付け、綻びはないかとチェックするのに夢中になっていた。
「ナリー、顔の部分は刺繍しましょうか?それともボタンで代用する?」
刺繍が得意なマリルー王女が親し気に話しかけてきた、するとナタリアは仕上がったヌイグルミの半分を託してお願いする。
「こちらに刺繍を頼めるでしょうか?のちに追加で5体ほど」
「ええ、いいわよ。頑張りましょうね、でも休憩しましょうか肩が痛いの」
「はい、クッキーの新作がございますの。是非試食を兼ねて」

ナタリアが作ったクッキーと聞いた彼女らは「嬉しい!」と言って作業を中断した。
香しい紅茶を淹れ、ココア生地を花模様にしたクッキーと野菜を練り込んだものを並べて試食がはじまる。
「すごいわー見ているだけで楽しくなるの」
「そうよね!ナリーはお菓子の天才なのよ」
「い、いやだ褒め過ぎです……」
ホウレン草を練り込んだらしい緑のクッキーを堪能していた王女が「とても美味しい!バザーで売れる」とはしゃいだ。

彼女らが談笑してお菓子に夢中になっているとサロンのドアがいきなり開かれた。
「誰です、無作法な!」
声を荒げた王女の目の先には、見慣れない男子が申し訳なさそうに頭を掻いて佇んでいた。

「失礼しました、一つ部屋を間違えたようで」
彼は長身を折って詫び「ヴァヘナの第一王子ステファンです」と自己紹介をした。

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