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破滅の音
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避暑地にて散財をしている息子達とは別行動していたエイマーズ当主夫妻はVIP席にて歌劇を楽しんでいた。あまりの人気からプラチナチケットに化けていた鑑賞券は通常の5倍の値が付いている。
流石に窓口ではツケとはいかず手元の代金をはたくしかなかった。しかし、後に嫁に請求すれば良いだけと楽観視した義母は財布の紐が緩い。
歌劇の花形歌手のサイン入りの小物を買いまくり土産とした。
「オホホホ、良い買い物が出来たわ!あの子達に土産がないと可哀そうだものね」
「だが、大丈夫か?来月分の侍従らの給金まで手を付けて」
些か羽目を外し過ぎたと自覚した伯爵は顔色を悪くする、王都の一流ホテルは常連ならともかく一見の伯爵程度ではツケは利かなかったのだ。そもそもホテルを運営していたのは筆頭の有力貴族で公爵家だったのだから。
この時に踏みとどまっていれば、或いは破産にまでならなかったかもしれないが時すでに遅しだった。
「貴方ったら気の小さいことを私達には大きな財布オルドリッチがいるではないですか。あの嫁をちょっと脅せばすぐに父親に泣きつくはずよ」
「それもそうか、アレはうちの息子にベタ惚れらしいからな!」
エメラインの愛はとうに冷え切り氷点下まで達している、そうとは想像すらしていない彼らは呑気に構えたままだ。
「あの子は私に似て美しい容姿ですからね、嫁が骨抜きにされて当然なのだわ」
「おいおい、鼻梁の美しさは私に似たのだぞ?」
夫婦そろって愚かな勘違いをしたまま優雅にワインを飲み、贅を尽くした食事をその日も堪能していた。豪勢なホテル暮らしに染まり悦に入った夫妻は二泊の予定を伸ばしに伸ばし、七日ほども滞在していた。
そして、長期滞在客らは週一度の請求を受け清算に応じなけらばならない。
この夫婦にも当然請求書が叩きつけられる、ホテルマンが差し出す銀盆に乗せられたそれを受け取った夫人は乱暴に封を切る。
請求書の額を確認した伯爵夫人は思ったより多い額にヒクついたが、平静を装って小切手を切った。ギリギリではあったがなんとか支払える額だった。
「貴方そろそろ退室致しましょう。現金が手元にないですからね」
「うむ、思ったより長居し過ぎたようだな……待て、帰りの馬車賃はあるのか?残してあるのだろうな」
「え!?あ、あら、忘れていたわ」
夫人は慌てて財布と鞄を逆さにして金を探す。紙幣が2枚と硬貨がチャリンと床に虚しく落ちた。
搔き集めても一人分も交通費がないことに青褪めた。
「あ、貴方!どうしましょう!家に戻した馭者を呼びつけても数日かかってしまうわよ」
「なんてこと!仕方ないこの金で屋敷へ戻れるギリギリまで移動しよう」
「ええ、そうね。発つ前にエメラインへ手紙を出しましょう、銀行に送金するよう厳命しますわ」
ここに来てもまだ楽観している夫妻は、気の弱い嫁は言いなりになると信じ切っていたのだ。
エイマーズ家にはタウンハウスを所持する余裕がなかった、だからこそ王都への憧れも強く長居してしまった理由である。
「くぅ、優雅な王都暮らしが恨めしいわ!格下の男爵すら持っているのに」
「……言うな、虚しくなるだろう」
***
「なんだこの法外な額は!」
リッチモンド領の避暑地に滞在していたエイマーズ兄妹は、先ほど届いたばかりの請求書を開きあり得ない数字を目にして眼球が飛び出さんほどに目を見開いていた。
「お、落ち着いてテリー、どうせエメラインの親が払うのでしょ?」
「あ……あぁそうだったな。ふぅ要らぬ汗をかいてしまったよ」
かつて文官として働き給与を得ていたテリアスは、自身の年収に届きそうな金額を目にして狼狽したのである。
「は、ははは、心臓に悪い。明細の一部を見てびっくりさ、ルームサービスだけでOO万とはな」
「さすが一流よね。王族が泊まるほどのホテルだもの!ある意味私達に相応しいところなのだわ」
「あ、うん。そうだな」
働いたことが無いアニタは、今いち物の価値と紙幣の対価について疎い様子だ。
彼女は単に『王族御用達のホテルだから自分に相応しい』と身分不相応な愚考をしただけに過ぎない。
「は~優雅なホテル暮らしも飽きたわね。湖で遊ぶ以外は自宅とそう変わらないし」
「うん、そろそろ帰宅しようか?途中で王都で買い物でもしよう」
「まあ!それは良いわね!王都の商店街はなんでも揃ってるもの!」
もうちょっと遊びたかったアニタはテリアスの提案を喜ぶ。
愛するアニタが満面の笑みで喜んだことに気を良くしたテリアスは調子に乗った。
オルドリッチ領を後にした彼らは王都へ着くなり豪快に買物をしまくり「請求はオルドリッチへ」と言って店を出ようとした。だが、三軒目の高級靴店でツケを断られた。
「な!エイマーズ家とオルドリッチ家を愚弄する気か!潰されたいのか!」
店員の冷たい態度に激高したテリアスは家名を出して恫喝したが、相手が悪かった。その靴店のオーナーは目上である公爵家だったからだ。
店奥から出て来た初老の紳士が方眉を上げて言う。
「うちにツケられるのは贔屓の上客と王族だけですよ、世間知らずの坊ちゃん」
「え」
田舎から出て来た伯爵子息は相手の名を聞いて床に崩れた。
”デライタス公爵”と名乗った御仁は現王の叔父にあたる大物だったのである。
流石に窓口ではツケとはいかず手元の代金をはたくしかなかった。しかし、後に嫁に請求すれば良いだけと楽観視した義母は財布の紐が緩い。
歌劇の花形歌手のサイン入りの小物を買いまくり土産とした。
「オホホホ、良い買い物が出来たわ!あの子達に土産がないと可哀そうだものね」
「だが、大丈夫か?来月分の侍従らの給金まで手を付けて」
些か羽目を外し過ぎたと自覚した伯爵は顔色を悪くする、王都の一流ホテルは常連ならともかく一見の伯爵程度ではツケは利かなかったのだ。そもそもホテルを運営していたのは筆頭の有力貴族で公爵家だったのだから。
この時に踏みとどまっていれば、或いは破産にまでならなかったかもしれないが時すでに遅しだった。
「貴方ったら気の小さいことを私達には大きな財布オルドリッチがいるではないですか。あの嫁をちょっと脅せばすぐに父親に泣きつくはずよ」
「それもそうか、アレはうちの息子にベタ惚れらしいからな!」
エメラインの愛はとうに冷え切り氷点下まで達している、そうとは想像すらしていない彼らは呑気に構えたままだ。
「あの子は私に似て美しい容姿ですからね、嫁が骨抜きにされて当然なのだわ」
「おいおい、鼻梁の美しさは私に似たのだぞ?」
夫婦そろって愚かな勘違いをしたまま優雅にワインを飲み、贅を尽くした食事をその日も堪能していた。豪勢なホテル暮らしに染まり悦に入った夫妻は二泊の予定を伸ばしに伸ばし、七日ほども滞在していた。
そして、長期滞在客らは週一度の請求を受け清算に応じなけらばならない。
この夫婦にも当然請求書が叩きつけられる、ホテルマンが差し出す銀盆に乗せられたそれを受け取った夫人は乱暴に封を切る。
請求書の額を確認した伯爵夫人は思ったより多い額にヒクついたが、平静を装って小切手を切った。ギリギリではあったがなんとか支払える額だった。
「貴方そろそろ退室致しましょう。現金が手元にないですからね」
「うむ、思ったより長居し過ぎたようだな……待て、帰りの馬車賃はあるのか?残してあるのだろうな」
「え!?あ、あら、忘れていたわ」
夫人は慌てて財布と鞄を逆さにして金を探す。紙幣が2枚と硬貨がチャリンと床に虚しく落ちた。
搔き集めても一人分も交通費がないことに青褪めた。
「あ、貴方!どうしましょう!家に戻した馭者を呼びつけても数日かかってしまうわよ」
「なんてこと!仕方ないこの金で屋敷へ戻れるギリギリまで移動しよう」
「ええ、そうね。発つ前にエメラインへ手紙を出しましょう、銀行に送金するよう厳命しますわ」
ここに来てもまだ楽観している夫妻は、気の弱い嫁は言いなりになると信じ切っていたのだ。
エイマーズ家にはタウンハウスを所持する余裕がなかった、だからこそ王都への憧れも強く長居してしまった理由である。
「くぅ、優雅な王都暮らしが恨めしいわ!格下の男爵すら持っているのに」
「……言うな、虚しくなるだろう」
***
「なんだこの法外な額は!」
リッチモンド領の避暑地に滞在していたエイマーズ兄妹は、先ほど届いたばかりの請求書を開きあり得ない数字を目にして眼球が飛び出さんほどに目を見開いていた。
「お、落ち着いてテリー、どうせエメラインの親が払うのでしょ?」
「あ……あぁそうだったな。ふぅ要らぬ汗をかいてしまったよ」
かつて文官として働き給与を得ていたテリアスは、自身の年収に届きそうな金額を目にして狼狽したのである。
「は、ははは、心臓に悪い。明細の一部を見てびっくりさ、ルームサービスだけでOO万とはな」
「さすが一流よね。王族が泊まるほどのホテルだもの!ある意味私達に相応しいところなのだわ」
「あ、うん。そうだな」
働いたことが無いアニタは、今いち物の価値と紙幣の対価について疎い様子だ。
彼女は単に『王族御用達のホテルだから自分に相応しい』と身分不相応な愚考をしただけに過ぎない。
「は~優雅なホテル暮らしも飽きたわね。湖で遊ぶ以外は自宅とそう変わらないし」
「うん、そろそろ帰宅しようか?途中で王都で買い物でもしよう」
「まあ!それは良いわね!王都の商店街はなんでも揃ってるもの!」
もうちょっと遊びたかったアニタはテリアスの提案を喜ぶ。
愛するアニタが満面の笑みで喜んだことに気を良くしたテリアスは調子に乗った。
オルドリッチ領を後にした彼らは王都へ着くなり豪快に買物をしまくり「請求はオルドリッチへ」と言って店を出ようとした。だが、三軒目の高級靴店でツケを断られた。
「な!エイマーズ家とオルドリッチ家を愚弄する気か!潰されたいのか!」
店員の冷たい態度に激高したテリアスは家名を出して恫喝したが、相手が悪かった。その靴店のオーナーは目上である公爵家だったからだ。
店奥から出て来た初老の紳士が方眉を上げて言う。
「うちにツケられるのは贔屓の上客と王族だけですよ、世間知らずの坊ちゃん」
「え」
田舎から出て来た伯爵子息は相手の名を聞いて床に崩れた。
”デライタス公爵”と名乗った御仁は現王の叔父にあたる大物だったのである。
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