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夜会のパートナー

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暗躍する貉たちを余所に、相変わらずエメラインに熱を上げているランドルは足繫くオルドリッチ邸に通っていた。彼女の父は当初よりは態度が軟化したようだが、未だに婚約の打診には良い返事をしない。
「凝りもせず良く来るものだ、私の気持ちはともかくとして娘の心は掴めているのか?」
オルドリッチ伯爵は彼が持参した土産の葉巻の香りを確かめながら、ふたりの親交具合を探っている。

「は、はい。友人プラスくらいには……近頃は茶会のエスコートはさせて頂いておりますし」
「ふん、それではダメだな!夜会に誘われないようではな、ハッハッハッハッ」
「はぁ」
時期は社交シーズン真っ只中である、夜会、茶会が頻繁に開かれることもあって王都商店街も書き入れ時となって賑わいを見せている。タウンハウスへ集った地方の貴族がここぞとばかりに金をばらまくお陰である。もちろん、王族とて同様だ。


「再来週は王妃の誕生会だな、盛大な舞踏会を兼ねている。そろそろ漢を見せてはどうかね」
「!?そ、それは俺が、いえ私がお嬢様をお誘いしても良いと?」
「エメが断らないのならな……無理強いしないのであれば私からは何も言わん、だがなこの時期は婿や嫁を探そうと各家が躍起になることを忘れるな、どこぞの者に娘が傾倒するやも…」
伯爵の思わぬ指摘にランドルは思わず立ち上がってしまう。

「そんなことはさせやしない!エメライン嬢は私が射止めるのですから!」
威勢だけは良いランドルに伯爵は面食らう、だがすぐに不敵に笑い「精々頑張れ」と言うのだった。

「うーむ、伯爵は味方なのか敵なのか今一掴みがたい……いや弱気でどうするか!」
ランドルはお付きの執事と侍女を従えて兄妹が待っているであろうサロンへ急ぐ、彼の手には小ぶりのヒマワリの束が揺れていた。花言葉は言わずもがなである。

「こんにちはエメライン!我が家の庭園で咲かせた花を君に!」
「あらまぁ、この暑い中……こちらへどうぞ、とても風通しが良く涼しいですわ」
エメラインはちょっと暑苦しい客に引き気味ながらも歓迎の意を表して迎え入れる。愛しい顔をみつけたランドルの顔は満面の笑みである。

「どっちがヒマワリだかわからんな……」
真っ直ぐ過ぎるランドルの様子を揶揄して冷水を飲むのは兄のアレンだ。彼が来ただけで気温が数度上がった気がすると手で扇を作りあおぐ。
「先ずはおしぼりで汗を拭いませ、それから冷えた茶をどうぞ」
「やあ、ありがとう。エメラインが拭いてくれるのかい?」
「え」

銀髪が張り付いた額を押し付けるようにしてランドルが彼女に甘えようとする。すかさず「おい!」と牽制の声が聞こえてきて「俺が拭いてやるよ、有難く思え!」とワシャワシャとアレンが乱暴に拭く。
「ぶわっ!止せ!俺は床ではない!痛いじゃないか」
「あれおかしいな、ゴツゴツのマッチョより床のほうが繊細だと思うがな」
「応援すると言ったのに!酷いじゃないか」
「応援はしても妹に気易く触れるのは許してない!婚約すらしてないだろう」

近頃は父より兄の方が牽制していると感じているランドルは「クソ」と小さく吠えて、汗が滴る首周りを拭うのだった。

「聞いてくれよエメライン、父君が夜会に誘うのを許可してくれたよ。どうだろう再来週の王妃さまの誕生会へ共に参加しないか?」
「え、私は……兄様と行く予定でしたのよ」
「その通り、大体お前は騎士なんだし、王族主催の場合は警備じゃないのか?」
「いやいや、毎回と警備にかりだされるわけでは……あ~いや、どうかな」
アレンの指摘に「それは拙い」と気が付いたランドルは御使命された場合の言い訳を考えるのに必死になった。

「ランドル、具体的に言えば王妃様も無理強いはしないだろ。誕生会とはいえ社交の本懐は縁探しなんだから」
「あ、ああ。そうかそういうものだったな……なら意地悪な言い方はせんでくれよ」
今度は冷や汗が滲みだしたランドルはオシボリの追加を頼んで溜息を吐いた。

「改めて、エメライン。どうか夜会のパートナーになってくれまいか」
「え、困りましたわ。私のような傷物が公爵家の御子息と参加だなんて」
慎まし過ぎるエメラインにランドルは食い下がって「どうか頼む」と懇願した。しばしの押し問答の末折れたのは……。

「はぁ……もう仕方ないですわね。わかりましたわ、ランドル様。ご一緒します」
「おお!ありがとう!とても嬉しいよ!先日送った銀細工のアクセサリーを付けてくれると更に嬉しいな」
「銀に青石がついた、サファイアのアレの事ですか?」
エメラインが小首を傾げて問うとランドルは嬉しそうにその通りだと言う。

銀と青、それはランドルを象徴するような細工物でイヤリングとネックレスのセットである。豪華すぎる贈り物だったので遠慮して返そうとした彼女だったが、ランドルは持ち帰ってはくれなかった品だ。
「存外、計算高いよな。自分色に染めようとか」
皮肉るアレンに彼は何のことかとすっ恍ける、ノウキンと見せかけた策士なのではないかと兄妹は勘ぐるのだった。


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