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意味のない密告
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「なるほど……まったく残念なことだ」
子細の報告書をざっと目に通した王は表情の抜けた顔を見せてそれを閉じた。そのファイルにはいくつかの証拠写真が収められていた。画像にはオルドリッチ家の庭園の隅にびっしりと根を張る草に青く丸い実が生っている様子がおさめられていた。そして、いかに危険な成分を含んでいるという説明書きの横に貼られていたのは、実を傷つけて出来た白濁した痕の写真だ。
「アヘンか、いつの間に違法栽培を始めたのか。徹底的に出処を調べさせなければ」
人を惑わし、蝕むという薬物を蔓延させるわけにはいかないと王はテーブルに拳を叩きつけて怒った。関わったものには極刑もやむなしと考えている。
「我が君、王よ。怪しい集落はすでに目星がついております。証拠を押さえればいつでも捕縛できる手筈です」
「うむ、さすが余の右腕、仕事が早いな宰相よ」
ほんの少しだけ安堵の色を見せる王だったが、宰相はまだ言いかけた言葉を持っていると気が付いた。
「良くない報せが含まれておるのだな、話すが良い」
「……では、こちらをご覧ください」
宰相は先ほど提出したものとは別の書類の束を王に献上した。
***
「ふふ、これであの家は御終いだわ!胸のすく思いね、私も貴方も」
憲兵警察へ密告した仮面の女ことジョルジュは楽しそうに笑った。
場末のバーで落ち合った仮面の女と庭師トマスは深くフードを被って安酒をチビチビやっている。粗悪品のそれは風味も最悪で一気に飲むと喉を焼いてしまうのだ。
「逃亡先はどこへ行けば良い?逃げたとて仕事がなくては立ち行かない」
「そうねぇ、他国へ渡るならば商人のフリをするのが一番ね。例の物を運ぶ仕事なら良い稼ぎになるわよ」
「そうか、……どうせ秘密を知った以上は組織の末端に身を置くしかないのだろう。引き受けよう」
しがない庭師から薬物密売の手先となった元エイマーズ伯爵は諦めたように溜息を吐き、グラスを空にした。その目は濁り生気がなかった。過酷な炭鉱へ行き労働奴隷に落ちるよりはマシだと己に言い聞かせる。
真っ当な仕事ではないが、金子を貯めて娘に自由を与えたいと、それだけが今の彼にとって生きる目標になっている。
「それと頼まれてた息子さんの消息だけれどね。残念だけど炭鉱夫になっていたわ。あそこは地獄よ、抱えた負債から察するに生きて出ることは諦めた方が良いわ」
「そんな!?我が家の跡継ぎなのだぞ!どうにかならんのか?」
「跡継ぎ……、貴方いつまで貴族でいるつもりなの?継がせる家も爵位もないじゃないの」
いまだに現実から目を逸らしがちなトマスは、仮面の女に指摘されて項垂れた。かつて栄華を誇った屋敷は競売にかけられたが買い手がつかず、更地になってただの売地になっている。
「貴方が継がせられるのは罪だけよ、勘違いすると痛い目見るわよ」
「く、……わかったアレのことは忘れよう。さすがに二人分を稼ぐのは無理だ」
彼の妻はすでに下町に巣喰う売人の手下として働いている、体力がなくとも出来る仕事なので不満は言わない。ただ、犯罪に手を染めているとは気が付いてないのが愚かだった。
「奥方もうまく稼いでるようよ、今ひとつ理解してないけどね」
「ああ、そうだな。だが真実は伏せておきたい」
知らなければ幸せ、そういうものだとトマスは虚ろな目で汚れて行く己の手をみつめるのだった。
これまでの報酬を受け取ったトマスは、女と別れてバーの木戸を押す。
早く妻の元へ戻り旅支度をしなけらばと考えていた、だが数歩歩いただけで足を止めた。止めざるをえなかった。
「トマスこと元エイマーズ伯爵だな、貴様の悪行は露見している。素直にお縄に付け」
「な!?いったいどうして」
顔を変えてうまく事を運んだとばかり思いこんでいた彼は愕然とする、周囲を憲兵隊にグルリと取り囲まれた彼は逃げようもなかった。
連行されて行く馬車の中でも「なぜ、なぜだ?」とずっと呟いていた。
リッチモンド家に庭師として潜入できたのは全て雇い側が仕掛けた罠だったのだ、そうとは知らない彼は泳がされていただけだった。偶然と奇遇がそうそう都合よく起こるわけがない。
一方で、裏木戸を出てバーから去ろうとしていたジョルジュも直ぐに取り押さえられていた。こちらはひと悶着あった。腕に覚えがある彼女は憲兵から逃れようと暴れた為だ。だが多勢に無勢、いくら元騎士であろうと敵うわけがない。口汚く憲兵らを罵った後に鳩尾を殴られて気絶した。
***
「どうしてよ!罪を犯したのはオルドリッチじゃないの!私は何もしてない!」
冷たい牢の鉄格子を掴んでジョルジュは咆えて抗うが、その台詞そのものが自白同然だということをわかっていない。
咆えれば咆えるほど証拠が増えるだけだ、彼女の言動すべては録音機に残されれいくのだ。
「尋問の必要がないくらい自ら暴露したらしいよ」
「ああ、まさか俺の元部下がマヒアスと繋がっていたなんて。とんでもないショックだ」
オルドリッチ家のサロンにて、午後の茶を優雅に嗜んでいたアレンが愉快だと言って報告書のコピーを読んでいた。危うく冤罪を被るところだった伯爵家には特別に子細の閲覧が許可されたのである。
それを持って来たのはエメラインに恋慕しているランドルだ、憲兵隊とは別組織に属する彼ではあるが、その地位と権力でもって書類を複製させるのは容易だった。
「職権乱用と咎められそうだが、王が許可を下さった。リッチモンド家は寵愛をうけているのだな」
「まぁね、父上は現王とは学生時代からの悪友らしいから」
その後、村全体が犯罪組織であると掴んだ警察はマヒアスファミリーを一網打尽にしたのである。ただ、これは国に蔓延る犯罪組織の一つの一団に過ぎない。
子細の報告書をざっと目に通した王は表情の抜けた顔を見せてそれを閉じた。そのファイルにはいくつかの証拠写真が収められていた。画像にはオルドリッチ家の庭園の隅にびっしりと根を張る草に青く丸い実が生っている様子がおさめられていた。そして、いかに危険な成分を含んでいるという説明書きの横に貼られていたのは、実を傷つけて出来た白濁した痕の写真だ。
「アヘンか、いつの間に違法栽培を始めたのか。徹底的に出処を調べさせなければ」
人を惑わし、蝕むという薬物を蔓延させるわけにはいかないと王はテーブルに拳を叩きつけて怒った。関わったものには極刑もやむなしと考えている。
「我が君、王よ。怪しい集落はすでに目星がついております。証拠を押さえればいつでも捕縛できる手筈です」
「うむ、さすが余の右腕、仕事が早いな宰相よ」
ほんの少しだけ安堵の色を見せる王だったが、宰相はまだ言いかけた言葉を持っていると気が付いた。
「良くない報せが含まれておるのだな、話すが良い」
「……では、こちらをご覧ください」
宰相は先ほど提出したものとは別の書類の束を王に献上した。
***
「ふふ、これであの家は御終いだわ!胸のすく思いね、私も貴方も」
憲兵警察へ密告した仮面の女ことジョルジュは楽しそうに笑った。
場末のバーで落ち合った仮面の女と庭師トマスは深くフードを被って安酒をチビチビやっている。粗悪品のそれは風味も最悪で一気に飲むと喉を焼いてしまうのだ。
「逃亡先はどこへ行けば良い?逃げたとて仕事がなくては立ち行かない」
「そうねぇ、他国へ渡るならば商人のフリをするのが一番ね。例の物を運ぶ仕事なら良い稼ぎになるわよ」
「そうか、……どうせ秘密を知った以上は組織の末端に身を置くしかないのだろう。引き受けよう」
しがない庭師から薬物密売の手先となった元エイマーズ伯爵は諦めたように溜息を吐き、グラスを空にした。その目は濁り生気がなかった。過酷な炭鉱へ行き労働奴隷に落ちるよりはマシだと己に言い聞かせる。
真っ当な仕事ではないが、金子を貯めて娘に自由を与えたいと、それだけが今の彼にとって生きる目標になっている。
「それと頼まれてた息子さんの消息だけれどね。残念だけど炭鉱夫になっていたわ。あそこは地獄よ、抱えた負債から察するに生きて出ることは諦めた方が良いわ」
「そんな!?我が家の跡継ぎなのだぞ!どうにかならんのか?」
「跡継ぎ……、貴方いつまで貴族でいるつもりなの?継がせる家も爵位もないじゃないの」
いまだに現実から目を逸らしがちなトマスは、仮面の女に指摘されて項垂れた。かつて栄華を誇った屋敷は競売にかけられたが買い手がつかず、更地になってただの売地になっている。
「貴方が継がせられるのは罪だけよ、勘違いすると痛い目見るわよ」
「く、……わかったアレのことは忘れよう。さすがに二人分を稼ぐのは無理だ」
彼の妻はすでに下町に巣喰う売人の手下として働いている、体力がなくとも出来る仕事なので不満は言わない。ただ、犯罪に手を染めているとは気が付いてないのが愚かだった。
「奥方もうまく稼いでるようよ、今ひとつ理解してないけどね」
「ああ、そうだな。だが真実は伏せておきたい」
知らなければ幸せ、そういうものだとトマスは虚ろな目で汚れて行く己の手をみつめるのだった。
これまでの報酬を受け取ったトマスは、女と別れてバーの木戸を押す。
早く妻の元へ戻り旅支度をしなけらばと考えていた、だが数歩歩いただけで足を止めた。止めざるをえなかった。
「トマスこと元エイマーズ伯爵だな、貴様の悪行は露見している。素直にお縄に付け」
「な!?いったいどうして」
顔を変えてうまく事を運んだとばかり思いこんでいた彼は愕然とする、周囲を憲兵隊にグルリと取り囲まれた彼は逃げようもなかった。
連行されて行く馬車の中でも「なぜ、なぜだ?」とずっと呟いていた。
リッチモンド家に庭師として潜入できたのは全て雇い側が仕掛けた罠だったのだ、そうとは知らない彼は泳がされていただけだった。偶然と奇遇がそうそう都合よく起こるわけがない。
一方で、裏木戸を出てバーから去ろうとしていたジョルジュも直ぐに取り押さえられていた。こちらはひと悶着あった。腕に覚えがある彼女は憲兵から逃れようと暴れた為だ。だが多勢に無勢、いくら元騎士であろうと敵うわけがない。口汚く憲兵らを罵った後に鳩尾を殴られて気絶した。
***
「どうしてよ!罪を犯したのはオルドリッチじゃないの!私は何もしてない!」
冷たい牢の鉄格子を掴んでジョルジュは咆えて抗うが、その台詞そのものが自白同然だということをわかっていない。
咆えれば咆えるほど証拠が増えるだけだ、彼女の言動すべては録音機に残されれいくのだ。
「尋問の必要がないくらい自ら暴露したらしいよ」
「ああ、まさか俺の元部下がマヒアスと繋がっていたなんて。とんでもないショックだ」
オルドリッチ家のサロンにて、午後の茶を優雅に嗜んでいたアレンが愉快だと言って報告書のコピーを読んでいた。危うく冤罪を被るところだった伯爵家には特別に子細の閲覧が許可されたのである。
それを持って来たのはエメラインに恋慕しているランドルだ、憲兵隊とは別組織に属する彼ではあるが、その地位と権力でもって書類を複製させるのは容易だった。
「職権乱用と咎められそうだが、王が許可を下さった。リッチモンド家は寵愛をうけているのだな」
「まぁね、父上は現王とは学生時代からの悪友らしいから」
その後、村全体が犯罪組織であると掴んだ警察はマヒアスファミリーを一網打尽にしたのである。ただ、これは国に蔓延る犯罪組織の一つの一団に過ぎない。
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