完結 歩く岩と言われた少女

音爽(ネソウ)

文字の大きさ
15 / 30

セントリブ国 最悪なシナリオ *良くない表現あり

しおりを挟む
その塔は北向きで日の光が当たらない場所だった。
蟄居させたと言えば聞こえは良かったが、実際は幽閉というのが相応しい。その症例は怖ろしく見る者を憚かると言う。

「――ィ様、聞こえますかガルディ様、お目覚めでしょうか」
「……あぁ、聞こえているさ、私の――ル……」
ずりずりと這うようにして面会人に対峙したガルディは黒い装束に身を包み、眼窩だけを晒した奇妙な覆面を晒す。ギョロリとしたその目だけが欲深そうに見開いていた。

「良かったですわ、私の貴方。ほうらご覧あそばせ、この子は順調でございますよ。五か月目です」
「うむ……この手にしてやれないのが残念だ」
面会に訪れた貴婦人はふっくらとした腹を見せつけてゆったりとそこにいた。まるで至宝のように腹を撫でつけて「私の子」と言って微笑んでいた。

「もう来年の春には生まれるのだな、そのように聞いておる」
「ええ、その通りですわ。名はなんとつけようか悩ましいことです」
覆面をしたガルディは「愛しい子だ」と言って手を伸ばしてきた、すると貴婦人はスイッと身を翻して「ご勘弁くださいませ」と言う。

「何故だマルベル!私の子だぞ、私の寵愛を捧げようと言うのに」
「ええ、わかっておりますとも、でもね。罹患先が特定できませんと……ごめんあそばせ」
「ぐぬぅううう!私の子なのに!」
ガルディは悔しさでいっぱいだった、王太子の任命を受けてしばらく後に、岩のようになった背中を仕切りに気にしてありとあらゆる医者にかかった。

そして等々、罹患した病名を聞いた時には時期が悪すぎた。
”巌”クラブスと言われるもので、手の施しようがないとの診断結果だった。今は只、罹患した箇所を覆い尽くして痛み止めを注入するしか道はない。所謂、緩和ケアしかできないのだ。
マルベルは先ほど身を交わしたが、触れて感染するものではないが心情的に致し方が無いのかもしれない。

「うぅ……なんという悲劇か。母上までも罹患して……いまは口さえ聞けない状態だ」
悲痛な面持ちでいるであろう王太子は覆面を涙で濡らしている、グズグズと泣き喚くしかできない彼はやがて王太子の名を返上しなければならない。
「お労しいですわ、ですが大丈夫です。王配を迎えるように力添えが貰えます」
「な、なんだと!?王配とはどういう意味だ……ゲホゲホッ」

ゆっくりと下がったマルベルは言う。
「クフフッ王配、つまり私が女王になり新たに夫を取るということです。ですから貴方は何も憂うことなく召されてくださいな」
「な、なんだと!?私はまだやれる、まだ諦めてはおらん!絶対にだ!」
勢いあまって黒い装束がずれた、黒いフードがまくれ上がり罹患した皮膚が露わになる。顔面を覆っていた覆面の下は黒く変色した皮膚でボコボコで、どこまでがオデコかすらわからない。引きつった皮膚は鼻を曲げており、目のふちは良くわからない出来物でひしゃげていた。

「ひぃいい!恐ろしいこと、なんてものを見せますの!胎教に悪いじゃない!」
「んな……なんてことを言うのだマルベル!私の顔が恐ろしいとでも言うのか!」
「当たり前です!そんな化物のような顔を」
「……なああ!?なんていうことをゲホゲホッ」



それっきりマルベルは姿を見せなくなった、あまりの事にガルディは打ちひしがれてしまった。
「通りで下女が鏡を見せぬわけだ……く、ふふふ……なんて事だ。これではまるであの女の二の舞じゃないか……あれ、あの女はなんて名前だったか……はぁ、考えるのも面倒だ」
疼痛が酷くなったガルディはモルヒネの量が格段に増えて、意識の混濁を起こすようになっていた。もはや、延命の措置をとることしかできなくなった。

***

「そう、あの人は儚くなったのね」
ガルディを看取ることもなく女王となったマルベルは穏やか日々を送っていた。王配を王族から選ぶとしたら誰が良いか、存命の先王が指名した者になる。
「そちが女王になるのは異例中の異例、実子の子種が芽吹いたからに過ぎぬ」
「ええ、存じておりますわ。私からは何もありません」

「うむ、余は従兄のアドニスが良いと考える、異論は認めぬ良いか?」
「はい、わかりました」
こうしてお飾りの女王は王配をとることになった、王配殿下となったアドニスは二歳年下の婿としてやってきた。

「どうかよろしく、マルベル。今は体調のことだけを考えて」
「ええ、もちろんですわ」
見目の良いアドニスに惚れこんだマルベルは上機嫌で婿に迎えた。盛大な挙式は出産してからという事になっておりすべてが順調だ。



新年が明けていよいよ9カ月目となったある日。
「ふう、近頃は腰にくるわ……仕方のないことだけど」
妊婦のマルベルは足腰の痛みを和らげるために尽力した、お産を少しでも軽くするためだった。鈍痛は以前からあったがこうも頻繁だとつらいものだ。
「いよいよでございますね。もう時期でございますれば」
「ええ、わかっているわ……痛たた」

乳母も決定して順調そのものだった、後は無事に生まれることだけを考えた。

そして十月十日が過ぎて二日目の朝。とうとうマルベルが出産に入った。
「ハァハァ……辛い……でも御子のためだもの……」
滲む脂汗に痛みと喜びの想いが綯交ぜになる、この痛みの先に在るのは幸せなのだと確信して。
だが、肝心の産声が聞こえない、いつまで経ってもやってこない。

「ねえ?どうしたの何故……」
「ひぃぃ!誰か!誰か来て頂戴!ひいいぃぃ!」
最悪なことに彼女は死産だった、御子は人の形をしておらず形容しがたいものだった。



「奥様、残念な事で……実に言い難いことですが病巣がみつかりました、気をしっかり持っていただきたい」
マルベルの腹にいたのは悪性の腫瘍だったのだ。




*巌……癌です
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

らっきー♪

市尾彩佳
恋愛
公爵家の下働きをしているアネットと、その公爵の息子であるケヴィン。同じ邸で育ちながら、出会ったのはケヴィン16歳の年。しかもふかふかなベッドの中。 意思の疎通の食い違いから“知り合い”になった二人。互いに結ばれることがないとわかっているからこそ、頑なに距離を保ち続けていたはずが──。「これがわたしの旦那さま」の過去編です。本編をお読みでなくても大丈夫な書き方を目指しました。「小説家になろう」さんでも公開しています。

ついで姫の本気

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
国の間で二組の婚約が結ばれた。 一方は王太子と王女の婚約。 もう一方は王太子の親友の高位貴族と王女と仲の良い下位貴族の娘のもので……。 綺麗な話を書いていた反動でできたお話なので救いなし。 ハッピーな終わり方ではありません(多分)。 ※4/7 完結しました。 ざまぁのみの暗い話の予定でしたが、読者様に励まされ闇精神が復活。 救いのあるラストになっております。 短いです。全三話くらいの予定です。 ↑3/31 見通しが甘くてすみません。ちょっとだけのびます。 4/6 9話目 わかりにくいと思われる部分に少し文を加えました。

乙女ゲームの世界だと知っていても

竹本 芳生
恋愛
悪役令嬢に生まれましたがそれが何だと言うのです。

侯爵令嬢はデビュタントで婚約破棄され報復を決意する。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 第13回恋愛小説大賞に参加しています。応援投票・応援お気に入り登録お願いします。  王太子と婚約させられていた侯爵家令嬢アルフィンは、事もあろうに社交界デビューのデビュタントで、真実の愛を見つけたという王太子から婚約破棄を言い渡された。  本来自分が主役であるはずの、一生に一度の晴れの舞台で、大恥をかかされてしまった。  自分の誇りのためにも、家の名誉のためにも、報復を誓うのであった。

〈完結〉貴方、不倫も一つならまだ見逃しましたが、さすがにこれでは離婚もやむを得ません。

江戸川ばた散歩
恋愛
とある夏の避暑地。ローライン侯爵家の夏屋敷のお茶会に招待された六つの家の夫妻及び令嬢。 ゆったりとした時間が送れると期待していたのだが、登場したこの日の主催者であるローライン夫妻のうち、女学者侯爵夫人と呼ばれているルージュの口からこう切り出される。「離婚を宣言する」と。 驚く夫ティムス。 かくしてお茶会公開裁判の場となるのであった。

私の婚約を母上が勝手に破棄してしまいました

桜井ことり
恋愛
「娘から、手を引け」 「……は?」 破天荒な婚約破棄成立。 ーーーーー 今回は需要とかテンプレートとかに縛られず自由に書きました。 ジャンルは『ギャグ恋愛』だけど描写もしっかり意識して背景が分かりやすいです。 特に作中のスパイスとなる悪役母上『フリンダ』の破壊力は凄まじく、 お淑やかで可憐な本作の主人公『フウカ』との相性がとても良いです。 内容に関しては とにかく1話と2話を見てください。

冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる

みおな
恋愛
聖女。 女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。 本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。 愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。 記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。

【完結】婚約破棄と言われても個人の意思では出来ません

狸田 真 (たぬきだ まこと)
恋愛
【あらすじ】  第一王子ヴィルヘルムに婚約破棄を宣言された公爵令嬢クリスチナ。しかし、2人の婚約は国のため、人民のためにする政略結婚を目的としたもの。  個人の意思で婚約破棄は出来ませんよ? 【楽しみ方】  笑い有り、ラブロマンス有りの勘違いコメディ作品です。ボケキャラが多数登場しますので、是非、突っ込みを入れながらお楽しみ下さい。感想欄でもお待ちしております! 突っ込み以外の真面目な感想や一言感想などもお気軽にお寄せ下さい。 【注意事項】  安心安全健全をモットーに、子供でも読める作品を目指しておりますが、物語の後半で、大人のロマンスが描写される予定です。直接的な表現は省き、詩的な表現に変換しておりますが、苦手な方はご注意頂ければと思います。  また、愛の伝道師・狸田真は、感想欄のお返事が初対面でも親友みたいな馴れ馴れしいコメントになる事がございます。ご容赦頂けると幸いです。

処理中です...