本編完結 堂々と浮気していますが、大丈夫ですか?

音爽(ネソウ)

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侯爵邸の前に4頭立ての馬車が待機していた、前列に1台、後続の馬車は3台だ。大移動する算段なのは明らかである。その四頭の馬車から朗らかな声が聞こえて来た、「いってきます御父様!」という声が響く。
「ああ、アリーチャ!今なら引き返せるぞ、そうだ良縁ならまだこちらに残っている」
「お父様、いい加減にして頂戴!私はクリスの元へ行くわ」
「そんなぁ……パパを置いて行かないで」
「パパ……久しぶりに聞いた響きね?」

呆れるアリーチャは娘の門出を祝福できないのかと立腹する、すると漸く諦めたのか「くっ」と言ってスカリオーネ侯爵が萎れた花のように頭を垂れた。だが、キッと前を睨みつけて彼は咆えるのだ。
「良いですかクリストフ様、彼女を泣かせたら絶対に許さない!早馬でもって怒りの矛先を討ってでますから」
「はい、御父上、それは肝に銘じております。何度も言いましたよ」
ニッコニコの様相でそのように述べるのはクリストフ・アズナブールその人だ、婚姻を決めたふたりは結婚前にいろいろと準備がある。

先ずは王子妃として1年間教育を受けなければならない、だがアリーチャにはそんなことは些末なことだ。それから約一年がかりでドレスの発注からアクセサリーの注文をする。もちろん、婚姻の儀のための準備もある。すべては彼女アリーチャが幸せになるためのものだ。

「では御父様ごきげんよう、結婚式でお会いしましょう!」
「ありーーーちゃぁああ!いがないでぇええ」



「はぁ、やっと解放されたわ。御父様ったらシツコイのだもの」
肩をゴキゴキとさせながら彼女は身を解す、なんども繰り返すものだから見兼ねた侍女がお揉み致しますと言った。
「ああ~気持ちが良い……」
「クスクス、チャチャは何かと苦労人だね。学園でもそうだった」
「ええ、本当に……目まぐるしい日々でしたわ。生徒会の発起に持続、それから親睦会、諸々を混ぜると、ああもう何も考えたくないわぁ」

彼女はぐったりとして侍女に肩を預けた、指が入りませんと苦闘する侍女の声があがる。メイドがならば私が変わりますと奮闘した。
「あああ、気持ちが良いわ!もっと、もっとよ!」
「はい~頑張ります!ふぬぅ~」


***


カツンカツンと硬質な音を立てる石畳を見つめて何を思うのか、彼は虚ろな目でそこにいた。一時は閉鎖された紳士倶楽部だったが、この度再会された。
以前のような賭け事は蔓延っていないが、煙草を掛けるくらいの事はやっていた。
「兄さん、いくら掛ける?」
「ん、ああ止めておくよ」

のそりと立ち上がって帰路につく事にした彼は「適当にやってくれ」と煙草を一匣落として去って行く。あれほど熱くなっていたギャンブルだがいまは趣味程度に落ち着いていた。
そうして外套を着こみ襟を立て背を丸めて歩く彼はとある商店で経理として働いていた。読み書きが出来た彼は重宝されて困らない程度の額面を貰っていた。

途中でワインとパンを買った、昨晩仕込んでおいた煮込みを温めて夕飯にしようと考えた。
こんな暮らしも悪くはないと微笑んでいた。


「ただいま」
戻って来る声はない、それでも彼は声を掛けずにおれないようだ。
外套を吊るし、ごそごそとキッチンへ入った。買ってきたものをテーブルに置けば薄暗がりに火を灯す。

「う、あ……」
「ああ、起きていたのかいガタガタして悪かったね。少し遅いが夕食にしようじゃないか」
「……」

煮込みを温めている間に買って来たワインを開けた、飲み干すとジワリと熱が帯びる。再びワインを注ぐとそこで先ほどの声の主が「私にも」といってきた。
彼はニッコリと微笑みもう一杯のワイングラスを持ち出してきた。トクトクと注がれるワインは半分くらいで止まった。

「いきなりでは良くないから少しづつ飲みたまえ」
「……うん」
彼女は少しづつ舐めるようにそれを楽しむ、それからチーズを一欠片つまむ。美味いとも不味いとも言わないがただそれを嚥下する。
「げほごほ……」

「さあ、煮込みが温まったよ。スープ皿を取ってくれないか?あぁ……悪い無理だったね」
「……」
彼はカタカタと戸棚を開けてスープ皿を二枚取り出した、煮込みが良い香りを出して湯気をたてる。さらりと注ぎ入れて食べようと声をかける。

「美味しいな、上手く出来ている」
彼は満足そうに頷き、二皿目をおかわりした、彼女は黙ってスープを飲む。やはり感想は言わない。
「どうして……私を自由にしてくれないの?」
「ん?なんだい、いきなり」

彼はワインを注ぎながら疑問を口にした、自由ならばいくらでも上げているじゃないかと嗤う。
「そうじゃないわ!違うのよ!」
ガシャリと皿をさかさまに床に落とした、ヒィヒィと泣き喚いて癇癪を起している。

「ほら、床に落とした皿を持ちあげることすら出来ないのに、何が自由だい?キミはそうして我儘を言えば良いと思っているの?」
「うぅ……治癒術を施してくれれば歩けるわ!なのに!」
暗がりから覗いた顔は涙に暮れていて酷く痩せていた、あんなにキラキラした笑顔はどこにもない。

その顔を愛おしそうに手をやる彼はこう言った。
「俺はねあの日キミを欲したんだ、司法取引というものさ。キミが受けるであろう罪を俺が買い取ってあげた。だからキミは俺の者なんだ。わかるかいヴァナ?キミの戸籍は残っていない、だって死んだことになっているのだから」

「いやあああ!嫌よ!返して私の命よ!」
「ふうん、いいよ。返してあげても、でも一歩でも外に出たら……わかるよね?」
グシャリと煮込みスープの肉片にナイフを突き刺すテリウスの顔は常軌を逸していた。
「ひっ!やめて、お願いよ……我儘いわないから……だから」

彼はナイフを抜いて舌なめずりをした、それからゆっくりと微笑みこう言った。
「良い子だよヴァンナ、そうやって大人しくしててくれよ」




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