その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)

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遊学篇

アグリーナの罪

アイリスが王に謁見していた頃、アルトレ公爵邸ではアグリーナの高笑いが響いていた。
「オーホホホ!ざまぁだわ、今頃は王達に婚約破棄を言い渡されてるのだわ!」

ブルフィールド侯爵家へ王に召還命令が出されたと聞きつけたアグリーナは、してやったりと上機嫌だった。
嗤う彼女の横で兄グレッグは青い顔でオロオロしていた。

「あ、アイリス……酷い目にあっていたらどうしよう」
地下牢へ繋がれ怯えて泣いているアイリスを想像して、グレッグは気を失いそうになった。
愚妹のせいで彼女が苦しんだとなれば例え血縁でも許せないと拳を握る。

「リーナ……彼女の身になにかあったらお前のせいだ……」
「はぁ?誰に口きいてるのよ!なにもできないグズのくせに!」
長身の兄を睨み上げるアグリーナ、勝気な彼女は兄をいつも侮蔑していた。

「なにもできない?……公爵家を継いだらお前なんか追い出してやる!性根が捻じ曲がったリーナなどだれも娶らないだろうな、そうなれば……お前は平民へ落ちるんだぞ」

声を震わせながらも怒りに満ちた言葉で妹を責めた。
かつて反撃などされたことのないアグリーナは兄の冷たい態度に目を見開いた。

「な、なによ!お父様がそんなことさせるわけないわ!」
「いいや、父は現在病人だ。半年前からボクは家督を預かっている実質公爵領を運営してるのはボクと家令だ、気にいらないなら今すぐ追い出しても構わないぞ」

気弱な兄の豹変ぶりに一歩ひいて慄くアグリーナ。
「そ、そんなこと……父が病気だなんて嘘よ!」
「気づいてないのか?父が領地へ赴いて久しいが仕事で向かったのではないぞ。蟄居して療養しているんだ。派手好きな母も不在なのになぜ疑わなかった?」

アグリーナは床に頽れそうになりながらも「馬鹿な」と呟いた。
「お父様たちが蟄居?……領地で執務してたとばかり……そんな!そんな!毎週届く手紙には元気でいると」
「父は悪性の腫瘍を体中に患っている、年内もつか怪しいと医者の診断だ」

兄はそう言って一枚の紙をアグリーナへ投げた。

【……胃壁より罹患発生。以後肺、腸、肝臓へ転移。摘出不可能。悪性腫瘍疾患段階=末期。推定余命1カ月~3カ月】
淡々と箇条書きされた父の診断書を目にしたアグリーナは言葉を失う。
青褪めた頬を涙が滂沱に流れるばかりだった。

「はぁ……母も悪い、娘を心配させるなと口止めなんてするから」
「ああああああ!おとうさまぁ!いやぁああ!」

誰よりもアグリーナを甘やかして可愛がっていたのは父だ、その父がもうすぐいなくなる。
絶望に打ちひしがれた彼女を追い打ちをかけるように王家から騎士団がやってきた。


「アグリーナ・アルトレ。王命により捕縛する。罪状は第四王子の婚約者を陥れた罪である、罪の捏造と吹聴による名誉棄損及び国家反逆の疑いで身柄を拘束する」

泣き叫ぶアグリーナは兄や従者たちに助けを請うが誰一人近寄る者はいなかった。



地下牢へ転がされたアグリーナはただひたすら言い訳ばかりを叫んでいた。
とうぜんそんなものは唾棄され、揺るがぬ証拠も揃っており裁判もなく王一人の処断で刑が確定した。

刑罰:鞭打ち100回の後、禁固25年。
彼女が陽の下に出られるのは若さと美しさを失った頃である。


***

アグリーナが拘束された翌日。
公爵家から正式な謝罪と慰謝料の提示が送られてきた、最初は面会により謝罪の申し入れがあったがアイリスが拒んだため手紙だけのやり取りに終わった。

顔を合わせたところで過ぎた罪は変わらないし、傷ついた心も癒えないと彼女は言う。
「無駄な時間をなぜ裂く必要があって?」
彼女らしい物言いだが、自分の時間を惜しんだのか相手側への配慮かは定かではない。

社交界ではアグリーナの逮捕劇は瞬く間に広がり、アイリスの醜聞と逆転していた。
アグリーナの仕掛けた罠に嵌められた悲劇の令嬢へと噂が流れた。

貴族たちの手の平返しは当たり前と思っているアイリスは、どうでも良い過去として忘却済だ。
そして逮捕劇から数カ月後、アルトレ公爵の逝去が伝わった。

葬儀にはセイン王子と婚約者アイリスは義理で参列した。しかし、お悔やみの言葉はかけることなく会場を後にした。それを素早い足取りで追う新アルトレ公爵グレッグは衆人の目を集めた。

「お待ちを!アイリス嬢!」
アイリスは振り向いたが無言である。かわりに応えたのはセイン王子だ。

「私の婚約者に何用でしょうか?」
王子は彼女を背に隠してグレッグに立ちはだかる。

それでもアイリスを見ようとするグレッグを牽制する王子は容赦ない。
「キミも父の後を追いたいのかね?」
剣の柄に手をやり威嚇する王子の貌に戦慄し、さすがにはしたない行動だったと我に返った。

「い、いえ、ご参列感謝いたします殿下」
震えながら礼を取るグレッグを一瞥して二人は馬車に乗り込み去って行く。

グレッグは何を伝えたかったのか誰にもわからない。
ただ、彼の恋心はこの日をもって潰えた。

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