虚言癖の友人を娶るなら、お覚悟くださいね。

音爽(ネソウ)

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伯爵家の婚約が白紙になったのは三カ月後のことだった。
牛歩のような決定にオフェリアは苛立つ日々を送っていたのだが「漸く叶った」と胸を撫で下ろした。

「慣例に倣っての期間だとしても腹立たしいことね」
「はい、殿下。私の心情をくんでくださるのは殿下だけです」
「アンネと呼べと言ったでしょう?」

アンネリ王女は少し巫山戯た口調で咎めて、オフェリアの額を軽く突いた。そして「破棄おめでとう」と言って笑う。妊娠などの兆候がないか見定めるための三カ月だったが「そんな疑いなど微塵もないし、有り得ない」とオフェリアは頬を膨らませて憤った。

「ふふ、そうね。白紙撤回を阻止する者がいるなら王女としての権威で潰してあげる」
「あら珍しく過激ですね、殿……アンネ様は穏健で身分を笠になさるのはお嫌いでしょう?」
彼女の問に買い被りだといって肩を竦めると、少し温くなった茶を一口飲んだ。もう少しで夏が来ると呟いて遠くに膨れる白雲を眺めた。王女の居室のベランダで二人だけの茶会を楽しんでいるところだ。

「友の……リアの為ならなんだってするわ、それだけ」
王女はそう言ってオフェリアの両手を愛おしそうに包む、そしてどこか複雑な胸中にでもあるような顔をする。
今日の殿下はいつもと様子が違うと感じた彼女は配慮して「そろそろお暇します」と席を立とうとしたが阻まれた。
王女がいきなり抱き着いてきたからだ。

「アンネ様、どうなかなさいましたか。疲れてらっしゃるの?」
「……ごめんなさい、ほんの少しだけこうさせて頂戴」
優しく抱擁してくる王女の背中をゆっくりと撫でて、オフェリアは受け入れる意をあらわした。心に直接触れたような熱が互いに伝わって擽ったいと思うのだった。

「突然ごめんなさい、どうかしていたわ」
オフェリアの身体からゆるりと力を抜いて離れた、互いに名残惜しむようにゆっくりと距離を置いていつもの二人に戻る。
「いいえ、王室は窮屈ですもの、きっとアンネ様には休息が必要なのです」
「ありがとう、最近は政務の補助をすることが増えてきて……でも体より心が疲れてるわ」

それから半時ほど他愛ない話をしてオフェリアは退席を言葉にする。
しかし、美しい眉を少し下げて屋敷まで送りたいと王女が申し出て来た、そんなことは畏れ多いと伯爵令嬢の顔をして頭を下げ遠慮をしたが王女は頑なに「送りたい」と引かなかった。

直ぐに馬車が用意されて家路についたのだが、どうにも王女殿下の外套に違和感を覚えるオフェリアは、暑くないかと心配の声をかけたが「なにも問題ない」と涼しい顔で答える王女。
どうにもおかしいと首を傾ぐオフェリアであった。

***

一方で先触れが届いたコリンソン邸では「王女殿下がおなりになる!」と大騒ぎしていた。
ずいぶんと急な訪問だと伯爵たちは焦りで汗だくになって動いた。出迎え人数が、護衛が、お通しする部屋は整っているかとハチの巣を突いたような騒ぎだった。

特に伯爵夫人は身支度に追われていて、緊張からコルセットがうまく装着できないメイドらに激を飛ばし冷汗で崩れるメイクに悲鳴を上げる。何度直しても額から汗が滴ってしまうのだ。

「あああ、落ち着かなければ!氷!氷を持ってきて!」
「はい!脇の下を冷やせば体温が下がります」ガーゼに包んだ氷の塊を急いて肌に当てられた夫人は「きゃー!」と泣いて仰け反った。

そんな阿鼻叫喚をしらない王女たちは馬車から降りて、優雅に玄関に歩を進めていた。
そこへ伯爵家の家令が飛び出してきて「ど、どうか5分ほど庭園を散策してください」と頭を下げて来た。
事情を察した王女は面白そうに笑うと是非そうさせても貰うと言った。

「こちらです王女殿下、足元にお気を付けて」
「うむ、ありがとう」
公の場の顔を貼り付けた二人は堅苦しいやり取りを家令の前で演技して見せる。可笑しくて仕方ない彼女達は肩を震わせて庭園奥へ向かう。

「ぷふ!悪い事をしたわ。あの慌てようはただ事ではないよ」
「やだ、殿下フフフフッ」
数分ほど爆笑した二人はやや傾きだした陽を眩しそうに眺めて「ずいぶんと陽が長くなった」と西に沈む様を見守る。

「明日も穏やかな日でありますように」
オフェリアは茜の空へ向けてそう呟いた、そんな彼女を愛しそうに見つめる王女は何事が伝えようと口を開いたがすぐに噤んだ。ややあってオフェリアがそろそろ戻って良い頃合いだろうと正面玄関へ誘う。

「では行こう、手を取って」
「え、はい!」
エスコートさせろと手を取る王女に驚くオフェリアは、ほんの少し背が高い彼女を見上げた。そしてゴワゴワ気味の外套にまたも目を奪われる。

「順番を間違えるところだった」
「え?」
すぐにわかる事だと王女は悪戯っぽく笑って彼女の手を引いて先を行く。
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