虚言癖の友人を娶るなら、お覚悟くださいね。

音爽(ネソウ)

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厚顔無恥にも生家に顔を出したセシルであったが、頼りたい両親は不在だった。代わりに応対したのは気難しい長兄のブラウだった。バーノル家当主が代替わりしていたことを聞いて愕然となる。

「いまさら何用だ、愚弟よ。我がバーノル伯爵家はお前のせいで大損害を被ったのだぞ。本来ならば敷地内に入れるのも顔も見るのも嫌だ。だが、父上が蟄居した際に生前贈与分の財を渡すよう言付かっているから仕方ない」
渋々屋敷に入れたことを強調して兄はそう言った。
兄のネチネチした嫌味を聞いて唇を噛み項垂れるセシルであったが、同席していたロミーは財産と聞いて目をギラギラさせる。
「性根の醜い女に引っ掛かったのが運の尽きだな……見ろ、そいつの顔を卑しさが噴き出しているぞ。どこが良かったんだ?さっぱり理解できない」

「……ぐっ、ロミーは長年虐げられてきた可哀そうな娘なんだ!ボクが守ってあげなくちゃ駄目なんだ!」
セシルは己に言い聞かせるように台詞を絞り出す、しかし、”どこが良かったんだ”と改めて自問自答してみたら兄同様に「さっぱりわからない」と答えが出た。今更に気が付いて自身の心に衝撃が走った。
いつまでも世迷言を吐く弟に侮蔑の目を向けて、対話する時間が勿体ないと判断する。そして、家令に預かっていた金子を渡すよう指示すると応接間から出て行く。
弟は「兄上!」と縋ろうとしたが兄は振り向きもせずドアを閉めて去ってしまった。追い掛けようとした彼を家令が阻止して「これを受け取ってサインを、それが済んだら貴方は当家と縁が切れる」と冷たく言った。

「ぼ、ボクはバーノル家の三男だ!息子なんだぞ!その態度はなんだ使用人の分際で!」
「おや、知らなかったのですか。とっくに貴族籍は剥奪されてますよ。その女と逃げた日にね」
家令に突き付けられた事実にセシルは固まった、数カ月前から自分が平民落ちしていたなど想像もしていなかった。
「バカなバカな……父上、母上……。どうして!?ボクの事が嫌いになったの?」

頽れたセシルに「知った事か」と家令はサクサクと作業する、そして震える手にペンを持たせて受取書にサインさせると部屋から追い出した。
青褪めて幽鬼のように歩くセシルと、大金を手にしたロミーの満足そうな様子は全く対照的だ。
「ねえねえセシル、早く宿を決めましょう。ガタガタの馬車移動でとても疲れているの!お腹もすいているわ」
少女のようにハシャグ彼女を目の端に捕らえ「そうかい」と短く答え、セシルはブツブツと何かを呟き焦点が合わない目で生家の門を潜った。
もう二度と踏み込めない自分の家をゆっくり振り返ると、門兵が厳つい出で立ちを誇張し元子息を睨んでいた。
身分下だったはずの相手に威嚇されたことに慄き、同時に悔しさに顔を赤く染める。「なんだよアイツ!しがない男爵家の次男だったよな!くそっ!いまのボクはあんなヤツにさえ見下されるのか!」
憤慨して歩くセシルを追いかけてロミーは「馬車はどうすんの?」と呑気に問うのだった。

***

安宿に数日逗留することにした彼らは古い馬車を売り払って、今後どうしたものかと頭を捻る。顔色が優れないセシルを知ってか知らずか、ロミーはいつもより美味しいご飯にありつけて喜び、ガツガツ平らげ下品にゲップを連発した。
「ボクが貴族じゃないなんて……あぁ!」セシルは何度も似たような事を愚痴っては酒を煽った。美味くはないが度の高いそれは胃を熱く火照らせ辛い現実から遠のかせてくれる。その晩の彼は吐くまで飲み続けて目を覚ましたのは翌日の夕刻だった。
気分は冴えないままだったが、彼は身支度を整えて帽子を目深に被り外出する。
外食だと早合点したロミーが付いて来ようとしたが「この宿で食事をしていて」と僅かな金を渡して彼は一人で出て行った。置いてきぼりを食らったロミーは癇癪を起したが、貰った金を全部使って食事を摂るとそんなことを忘却して惰眠に落ちた。
夕闇に紛れてこそこそ歩くセシルはどんどん人気の少ない街へと進む、脇道からは酒気を纏ったルンペン等の姿が見え、街の隅で破落戸達が小競り合いをしているのに遭遇した。彼は少しばかり後悔をしていたがそれでは駄目だと肩を竦める。

「ボクは返り咲く為ならばなんだってやってやる!後には引けないさ」
外灯がほとんどない界隈は訳ありの人々の住処である、なぜ彼がそんな所へ向かうのか。知人がいるとは考えられない。30分ほど歩いた頃、小さな場末のバーが見えてきた。彼は少しばかり躊躇ってからドアノブに手を掛ける。
勇気を振絞って開いたその店内は蝋燭の灯りで琥珀色に染まっていた、煤けていたが味わいある空間でセシルが想像したような怖さはない。

「なんだい、一見さんはお断りさね」
初老の女が気怠そうにカウンターから声をかけてきて”シッシッ”と虫を掃う仕草をした。無認可営業の酒場は見知らぬ者を歓迎しないのだ。だが、ここで怯んでは意味はないとセシルは虚勢を張って前にでた。
「これを注文したい」
セシルは懐から半分に千切れたトランプと一枚の金貨をカウンターに置いて女主人を見た。
すると女はそそくさとそれらを回収して、金貨を指先で弄んでから「こっち」と立てた親指で裏に並ぶ酒棚を指し棚を左へずらした。

彼は指示通りにカウンター下を潜って棚の前に立つ。
人ひとり分ほど開いた隙間のそこには地下へと続く階段が見えた。
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