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11 雪の女神と雪兎

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冬まつりの醍醐味は陽が落ちてからだという、真白の雪像が幾体も王都の道に並び、その対面には見物客の腹を満たすための屋台が並んでいる。王都民らは昼間から楽しんでいるようで、酒を飲み過ぎた者がフラフラと歩いていたり、雪道で寝コケて救護されている。
そんな羽目を外したアフォ共の光景さえ祭りの一部なのだと民らははしゃぐのである。これが三日間夜通し行われるという。

やがて陽が地平線へ消えると氷の雪洞に火が灯された、無数に輝くそれらは王都中を眩しくする。その明かりを浴びた雪像が闇から浮かびあがり幻想的な風景を作りだす。
「てっきりお忍びで見学するものだと思ってましたわ」
白塗りのフロート車に乗ったシャロンは白い息を吐きながらそう言った、パレード用のその乗り物には屋根は無く車体にはいくつものランタンが掛けてあり道行く人々の注目を集める。

「さぁ義姉様、観衆へ手を振ってあげてください。みんな雪の女神に魅了されてますわ!」
雪の精霊に扮したカミラ王女が薄絹で作られた羽根をパタパタさせてシャロンを急かす。
「ま、待って状況がよく掴めないわ……私が女神だなんて」
女王を差し置いて嫁如きが出しゃばるものではないと後退しようとするが、背中を押してくる者に阻まれた。
おずおず振り向くとそこに純白の雪の男神の衣装を着たサムハルドが立っていたではないか。

「殿下……」
「以前のようにサムハルドと呼んでくれないか、どうせなら愛称のサムと」
いつもと様子が違う夫にギョッとするシャロン、冷酷で素っ気なさを無くした顔には薄っすら笑みが浮かんでいた。
能面王子さえ祭りの賑やかな雰囲気に飲まれたらしく、気持ちが高揚しているようだ。
「さあ、みんなに手を振って、キミは寂しく塞ぎがちになる冬の民に幸を与える女神なんだよ」
彼女は戸惑いながらも言われるまま観衆へと手を振る、すると「わぁ!」という歓声があちこちから上がった。
それに倣うかのように雪の精霊一族に扮した王族達が一斉に手を振り微笑みを向ける。

それから、青と紫の光を放つランプ魔道具の効果も加わると祭りの佳境になる。
人々は歓喜して口笛を吹き歌い出す、誰ともなしに踊り出すと幾重にも踊りの輪が出来た。寒い冬の侘しさを吹き飛ばすように王侯貴族も平民も歌い踊るのだ。
いつの間にか手を取られたシャロンは車体の上でサムハルドとリズムを取っていた。知らないはずのダンスを軽やかに舞う。
リードする夫の素晴らしい技量で妻シャロンは美しく踊ることが出来た。同じく祭りに高揚したらしいシャロンは抵抗することもなく楽しそうにステップを踏み微笑む。

「やっと夫婦らしいことが出来た気がする」
「え……?」
消え入りそうな夫の声だったが、シャロンの耳にしっかり届いた。
ツンツン気味のサムハルドが素直に心情を吐露した瞬間だった、夜会でも仮面夫婦はダンスを踊っていたはずだが、心から楽しく踊れたのは初めてだとシャロンは気が付いた。
思わず彼の顔を見上げた彼女はいつもと違う夫の貌に気が付く、微かな変化ではあったが彼が優しい瞳で見返してくるのを感じ取る。

整った彼の顔はやはり美しい、雪に反射する青紫の光を浴びた効果なのか夫の姿が彼女の目に妖艶に映った。
「サムハルド……あの私は……あの」
「なんだい?」
盛り上がる祭りの喧騒の中で、妻の言葉を一字一句聞き逃すまいとサムハルドが頭を傾ぎ、妻の口元に耳を近づけた。急に接近されたシャロンはビクリとして固まる、そして頬に熱が帯びていくのを自覚する。
気が付けば彼の手がしっかりと妻の腰を抱き寄せていた、互いの熱を交換しているかのように幸せな温もりを感じた。

「サ……」
「サムハルドー!私はここよおぉー!見て見て!綺麗でしょ祭りの日のために誂えたドレスよ!」
けたたましい声でシャロンの声をかき消したのは狸ことブリジットであった。彼女は精霊ではなく女神の恰好をしていた。選ばれた者だけが袖を通すことが許される女神の扮装を堂々と着用してきたのだ。
とんでもないルール違反に周囲にいた民も王族もブリジットに嫌悪の眼差しを向けるのだが、ブリジットは一斉に注目されたことに上機嫌になって盛大な勘違いをする。

「うっふふ♪やっぱりね!私のほうが女神に相応し…」
「あらやだ、貴女は冬毛のタヌキが似合うわよ」
ブリジットの自惚れをボキリと折ったのは女王アラベラである、誰よりも息子夫婦の仲が良くなるよう切望していた彼女は狸令嬢を許すまじと睨みつけて嫌味を飛ばした。
「んな!酷いわアラベラ様!私のどこが狸ですのよ!」
「全部です!」
女王アラベラは言う。見目はもちろん、ころころと態度を変えてバケる性格も全て妖怪タヌキそのものであると看破した。
大衆の面前で恥をかかされたブリジットは焙烙玉のように赤く膨れ、キーキーと癇癪を起して何処かへと去って行った。


「とんだ邪魔が入った、せっかくの祭りなのだ場を変えよう」
「え、キャァ!?」
サムハルドはそう言いながら妻を抱きかかえるとフロート車から飛び降りた。突然のことにどよめく周囲など気にすることなく雪像が並ぶ裏手へと向かった。そこにも屋台が並んでおり二人きりとはいかない。
「さ、サムハルド!どうなさったの、護衛が悲鳴を上げてますわ」
「遠くへ行くつもりはないさ、ちょっと事情があるのだ」

彼はそう言うと華やかな店へと妻を誘う、可愛い小物やヌイグルミを売る店だった。
「まぁなんて愛らしいのかしら」
動物を象ったそれらはどれも可愛らしい姿で並んでいた。見ているだけでも楽しくなってくると彼女ははしゃぐ。
「どれか欲しいものはないか?」
「え?そうですね……うーん、これかしら?」
兎のヌイグルミを指して彼女が言う、青い目をした白い雪兎が気に入ったらしい。

それを確認したサムハルドは何故かとても嬉しそうに頷く。そして、兎の長い耳に青い石の付いた指輪をはめ込んでから向き直る。
「キミにこれを贈ろう、私の気持ちだ」
「まぁ宜しいのですか?」
彼女は素直にそれを受け取ると「なんて愛らしいウサギちゃんかしら」と嬉しそうに抱きしめた。
それを見たサムハルドは心から安堵して息を吐いた。

実はそれは彼が作ったヌイグルミだったと知るのはずっと後のことである。

***

城に戻ってから側近ネイトとの会話。

「屋台などレンタルしてまで演出しなくても、直接渡せばいいでしょう?」
「う、うるさい!作ったのがバレたら恥ずかしいんだよ!」
「俺は店主のフリまでやらされたんですよ、巻き込まんでください」

「そ、それは済まなかった」




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