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アナスタジアの愛

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やっと夫婦らしい距離をとるようになった彼らは仲睦まじく暮らした。
仕事に根を詰めがちな夫を気遣うアナスタジアは慈愛に満ちた妻となった。これまでの冷えた日々を取り返すかのように二人はどこへ行くにも必ず同行する。
次第に心を開いた夫サディアスは彼女に介護まで任せるようになった、それは肌に触れることを許したに他ならない。

負い目でもある爛れた肌を晒すのは勇気が要ることだ、アナスタジアはそんな彼の変化をとても嬉しく思う。
冬にもかかわらず冷風も吹かない穏やかな日の午後、包帯の交換を妻に頼るサディアスの姿があった。
「すまない、とても醜いと思う。嫌だったら侍女と交代してくれ」
「いいえ、全部わたしの仕事ですわ。誰にも譲りませんよ。妻の特権ですもの!」
「はは、キミは変わっているなぁ」

すべて任せると決めた夫は長椅子に寝転がると目を瞑ってされるがままになる。
包帯を絡め取る布の音がシュルシュルとサロンに響く、アナスタジアは甲斐甲斐しくその作業を続けた。
上半身が全て晒された、青黒い肌が露わになると湯に浸されたガーゼで拭われて行く。
「熱さはないですか?」
「あぁとても気持ちが良い温度だよ、ありがとう」
夫の満足そうな声を聞いた彼女は嬉しそうに微笑み、作業を続けた。

心臓に近づくほど爛れの色は濃くなっていた、そんなことなど気にせずアナスタジアは丁寧に介護する。
身体を反転させ今度は背中を拭う、優しく少し擽ったい拭う手が彼の肌を滑り癒していった。
「あぁ、ポカポカで眠りそうだよ」
すっかりリラックスしたらしいサディアスは半目になってウトウトし始めた。アナスタジアはそんな様子を見てクスクス笑う。
なんてことない日常の一コマがとても愛しいと目を細めるのだった。


アナスタジアは拭き終わっても呪われたように爛れた皮膚を手で優しく撫でる、直に触れられたサディアスは最初はとても驚いて身じろいだが彼女は気にせず続けた。
するとある変化が現れたことに彼は気が付いた、凍えて突き上げるような痛みが緩和していくのがわかったからだ。
その優しく触れる動作が身も心も溶かしていくようだった。

「アナ、ありがとう。こんなに痛みから解放されたのは初めてだよ」
「まぁ、そうですの。お役に立てて嬉しいですわ!」
医者が処方した丸薬を飲んでも、様々な軟膏をいくら擦り込もうと全く効果が得られなかった皮膚の痛みがみるみる緩和されて行く。
マッサージが終わる頃にはこれまで辛かった痛みはまったく感じなくなっていた。
「なんてことだ!すっかり癒えたかのように疼痛がないよ」
「そうですか?撫でていただけなのですが」

彼女は自身の手をじっくり眺めたが何の効果がでたのかさっぱりわからないと頭を傾ぐ。
その後、強張っていた上半身がスムーズに動かせるようになっていた主を見た執事は「奇跡だ!」と叫んだのである。
「ああ、若様!顔色も良いですよ、奥方のお陰ですね!痣のような色味が和らいでます」
「顔色?……ああそう言えば包帯を取ったままだったな」
彼は左側に広がっていた痣の箇所を手で触れた、堅かった皮膚がいつもより柔らかい気がした。
身体の自由が戻っていた彼はシャツを直接着られたことを喜んでいて失念していた。包帯を巻こうかと思案したがこのまま過ごすのも悪くないと判断する。
彼の肌色を嫌悪する者は屋敷にはいない、このまま生活することをサディアスは選んだのだ。

「彼女が来てから良いことばかり起こるな、身体もそうだが危惧していた食糧難も解決したからな」
「はい、我らにとって奥方様は女神でございます」
良い方向へ動き出した侯爵家は春を迎えたかのような明るさを取り戻していた。

「サディ!きょうの御夕食は私も手伝いましたの、牛テールの煮込みを期待してね!」
「そうか、それは楽しみだなぁ。私はあれが大好きなんだ」
「ふふ、良かったですわ」

ワインで煮込んだテールはとても柔らかくホロホロと解れた、いつもより楽しい夕餉は少し長めに続くのだった。
その後、サロンへ移動した夫妻は食後の茶をゆっくり楽しんだ。
茶請けのクッキーを互いに食べさせながら他愛ない話をする、この時が一番幸せだとアナスタジアは思う。
そして、もっと長く彼の側にいたいと欲が増えた。

「ねぇサディ、私達そろそろ……あの」
もじもじして下を向いた妻の様子をみたサディアスは「遠慮なく言ってごらん」と笑う。
「あ、あのね……私達は夫婦なんだし」
「うん?」
「い、一緒に寝ても良いと思うのだけど……どうかしら?」
「え!?あ、……そ、そうか。そうだよね、私達は夫婦なんだものな」
夫は痣がない部分を真っ赤に染め、アナスタジアは全身を熟れたトマトの如く赤くしていた。

ただ同衾するだけだったが、その晩の二人は抱きしめあって眠りについた。とても幸せだと言いあって朝を迎えるのである。
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