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0章 プロローグ前編
「かの日々への鎮魂歌(レクイエム)」
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——6月1日、午前4時過ぎ。
40型くらいの液晶テレビ、サラリーマンが使っていそうなガラスのテーブル、そして近年放送された異世界転生系のアニメポスターが無造作に並べられた壁。参考書などではなく漫画やラノベが丁寧に差し込まれた本棚。
そんなごく一般的な環境(他からしたらそれは「一般的」でないのかもしれないが)に包み込まれるように、彼はそこにいる。
無造作に伸ばした髪の毛を額あたりで束ね、眉間にシワを寄せながらモニターと相対する青年——葉鳥 蓮(はとり れん)は日課のゲームに勤しんでいた。
Apex Shooters 。サービス開始時から絶大な人気を得て現在に至るまで数多くのプレイヤーを抱えるFPSゲーム。その人気は、普段からシューティングゲームを嗜む彼もまた、その魅力と中毒性に取り憑かれていた。
「おい!そこはカバーするところだったろ......クソ、野良の味方使えねえなぁ......」
「よっし!雑魚がこのゲームやってんじゃねえよ、死んどけ!」
6畳半ほどのスペースの真ん中を占領し、汚らしい言葉を画面に向かって投げかけ続ける。
彼は平時、このような下劣で強い言葉を用いるわけではない。圧倒的な熱量とゲーム性の奥深さを持つが故に、普段表に出ていない自尊心や負けん気がより誇張されて出てしまうだけ......だと思う。
彼は、このゲームをリリース当初からやり込んでいる。決して流行に乗ってやったわけではないという誇りもなぜだか持ち合わせているのだ。そこらのライトゲーマーとは訳が違う。
コントローラーを忙しく操作し続ける彼——蓮は1年前、進学のために地元から離れて下宿を始めた教育学部生である。
特に教員になる気もなかった彼だが、一度採用されてしまえばほとんど食いっぱぐれることのない安定性を当時の担任教諭に推され、流れで教員養成系大学への進学をしてしまったのだ。
ここでは柔軟な思考の末にたどり着いた......としておこう。
「よっしゃチャンピオン!ハハハ雑魚すぎんぞ、キッズは訓練場に籠ってな」
激しい銃撃戦の末に勝利を納めた彼は、鼓動が高鳴るがままその甘美な余韻に酔いしれていた。
勝利の喜び。優越感。一時的に全身を満たす圧倒的全能感。これらはもちろん勝利したものの前にしか訪れない、「選ばれた」者へのギフトである。
......ギャンブルの沼にハマる気持ちがほんの少し分かる気もする。
彼にはまだ友人はいない。丁度2年前あたりから新型のウイルスがここ日本にも蔓延し始め、大学デビューを夢見ていた彼は出鼻を挫かれた形となったのである。
そのため、まだゲームを共にできる友人もできず、今でもひたすら一人で研鑽を重ねる日々。
画面上の戦争に勝利した後も、その優越感に隠れて悲哀に似た感情が時折顔を出すことがあった。
「余計なこと考えちまった......そんなことよりもまずは明日の小レポートを——」
できれば避けたい邪魔者——小レポートに取り組む覚悟が整い始めたところで、そんな覚悟は突然押し寄せた睡魔と欠伸でどうでも良くなってしまった。
そしてその「悪魔」に誘われるがまま、彼はその意識を暗闇に沈めた。
瞼を閉じると、目頭がじんわり熱い。
画面をひたすら凝視し続けたことの勲章だろう。
意識が、頭の奥でその存在の輪郭が捉えられなくなるほど無意識と同化しかけているのを感じる。
——ルネ・デカルトは『方法序説』の中で「我思う、故に我在り」と命題を投げかけたらしいが、眠って意識が飛んだとき、それは存在するって言えないかも。
——どれだけゲームに慣れていても、どうしても疲労は免れないな。
そんな他愛もなく厨二病チックな考えを巡らせていたところで、思考は消え入るように霧散していった。
——気づくとそこは、先ほどまでいた見慣れた部屋とはあまりにも異なる光景だった。
「......え」
一切思考が追いついていかない。
目の前にあったのは、先程まで元気よく稼働していた液晶テレビでも、こちらに妖しく微笑みかけてくれる美乳黒髪ショートカットの「妖魔ジュリエッタ」ちゃんポスターでもなかった。
「なん......で......こんな荒野のど真ん中なんかにいるんだよ......」
そこには、葉が全て枯れ落ちた木々(それを「木」と呼んでいいか憚られるほどであったが)、とても我々人間の感覚では考えられないほど不安定で、重く沈んだ空気を漂わせる紫紺の大地、
そして......目の前には全身を黒装束に包んだ大男が何千、何万とこちらを向いている。
不気味。
——それ以外の言葉が不適切であると感じるほど、全身の皮膚の毛孔部が隆起するのを避けられなかった。
190cmはあるだろう大男たちがこぞって傅いているこの異常な状況は、この世界が、自分たちの暮らしていたあの世界とは違うことをよりはっきりさせている。
そんな気味の悪すぎる光景に、喉の奥が粘着性の強い粘液で覆われてしまったような感覚がじわじわと押し寄せる。
夢?夢にしてはどうも感覚がリアルすぎるような——
そんな考えが頭をよぎったその瞬間、手首に何かできつく縛られているような、もしくはヤスリのようにザラザラした紐でずっと手首を擦り付けられているような鈍痛が襲いかかった。
痛みの根源を探ろうと手首の方に目を向けると、そこには——
「......たは......して......!」
自分以外の声に、自分の体に何が起こっているのかという重大な疑問すら遠くへ行ってしまった。
その声をなんとか聞き取ろうと、これまでここまで耳を傾けたことが無いであろうほどに全神経をその声に集中させる。
しかし、ここが夢のような空間であるからか、その声は朧で、不可思議なこの空間に解け入ってしまいそうで、言葉の全体像を聞き取ることは叶わない。
「わたしは......んな......ここに......」
微かに捉えられた程度だが、聞こえた。
——とても儚く、脳の奥を砂糖水で漬けられたように甘美な女性の声だった。
徐々に声の輪郭が分かり始めたとき、どこかへ行っていた重大な疑問が、その回答を持って舞い戻ってきた。
十字架。
歴史の教科書のどこかで見たような、磔にされるすがた。
その当事者になっていることは、理解には時間を要したものの、彼は若干飲み込めていた。
いや、認めざるを得なかったというべきか——
それが、手首を強く縛り付けていた正体だった。
十字架ということは、なんらかの重罪か、国家転覆でも働いたか。それくらいしないとこんなことにならないだろう。
蓮は意外にも冷静を取り戻していた。妙に体に馴染むような世界の中で磔にあっているという異常事態を、睡眠時、自らの断片的な記憶情報を整理する際に生じる「夢」であると自覚することで。
目の前の大男集団は今まで見たこともないが、忘れてしまっただけで何処かで似たようなものを見ていたんだろう。
あの女性の声だってそうだ。女性の声なんて今までの人生で数え切れないほど聞いている。母親の声、クラスメイト、アニメの声優に至るまで。
そう妙な納得感を覚え、再び目を閉じて現実に戻ろうとしたその時——
傅いていたはずの黒装束たちが一斉に立ち上がり、ザッザッと音を揃えながらソレらが向かってきた。
その瞬間、これまで「夢」だと思うことで抑えられていた恐怖が濁流のように押し寄せた。
「は......?何が起きて——」
全身は力の行き場を失ったかのように動かない。鳥肌と寒気が止まらない——
ソレらは、現実では起こり得ないはずなのに、今までの人生でも、これから先の人生でも、体験しないものであるはずなのに、蓮の心臓を手のひらで転がして査定しているかのようで。
黒装束がこちらに向かってくることを一瞥し、混乱しながらも周りをよく見渡す。しかし、そこは相変わらず不明瞭かつ不気味な場所であることには変わりはない。
そのような不可解な状況の中でも、蓮はどうしても当事者意識を持つまでには至らなかった。
——確かに、夢にしてはリアリティがあるけれども、これが「夢」であるとまだ明確に意識することができる。これが実際に体験した話とかだったら、ファンタジーやラノベに出てくるありきたりのパターンじゃないか......はは、アニメの見過ぎかも。
頭で必死に合理化を図ろうとするも、視覚から強烈に捩ねじ込まれるソレらの悍ましさは変わらない。
——ソレらが迫ってくる。
腕も、足も、思うように動かない。全身が鉛か何かでコーティングされているかのように。
当然磔にされているので四肢を自由に動かすことはできないのだが、全身を駆け巡る恐怖も相まってそう感じていた。
何処かで先程の女性が必死に声を上げている。しかし、今にも消え入ってしまいそうなその声は、断片的にしかこちらに届かない。
ソレらはついに、蓮が磔にされた十字架を囲むように押し寄せた。
——その手に、ロザリオを模した鈍い銅色のナイフを携えて。
蓮は鼓動と呼吸がこれまで体験したことが無いほどに荒ぶっているのを感じた。シャトルランで130回やり切った後の息の乱れや、急に背中を叩かれた時の鼓動の高鳴りとは比較することも許されないような、戦慄。
「おい......なんだよ......俺は、このまま、殺されるのか?......死ぬ......のか......? なんで?」
あれだけ明確に意識できていた「現実」と「夢」が混同していくのを、言葉を途切れ途切れに紡ぎながら感じていた。
——死。それは、現代社会に生きる上で特別な出来事がない限り「人生」の中でなぜか当事者意識を持つことが少ない概念。そして、人間が「動物」であり、生きとし生ける生命体である限り付き纏う根源的な恐怖。
幼少期では悪口として聞き慣れ、ゲームなどでは敵の死が目標達成の必要条件となるように、身近に存在するのになぜか他人事のように考えてしまう。
彼は、人生で初めて、自らにも死が訪れることを改めて思い知らされることとなった。ソレらが持つナイフで全身を貫かれながら——
「ア゛ッッ......ガ ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ......!!」
次々とズドッズドッと、いっぱいに詰め込まれた砂袋に鋭利なものを差し込んだかのような鈍い音が、体内に反響している。
言葉にならないほどの悲鳴が、嗚咽が、不明瞭な世界に響き渡る。その感覚は「夢」というにはあまりに現実的で、生々しく、まるで世界に否定されているかのような......そんな衝撃であった。
そのような感覚を味わう暇もないほど、次々と異物が体内に捩じ込まれてゆく。一本は脇腹の奥底にある内臓を探り当てるように、またもう一本は腸を引き摺り出すかのように——
それでも傷口を怖いもの見たさに一瞥すると、不思議とあの鉄の匂いがする赤い液体は、ナイフと身体の隙間から漏れ出てくることはなかった。
——苦痛と視覚情報が比例しない......とても気味が悪い光景だ。
もう既に彼には、死の概念をじっくり味わう時間は残されていなかった。そのような状況下で、この世界の怒りを代弁しているかのような男の声が全身に響き渡った。
その言葉は、消えゆく意識の中でははっきりと掴み取ることはできなかったが、黒装束に身を隠したソレは、静かに、そして怒りで喉を震わせながら、こう、呟いた——
「勇者、いや、憎き 世界の反逆者よ」
「どうか——」
「二度と生が廻らぬ程の苦しみがあらんことを」
40型くらいの液晶テレビ、サラリーマンが使っていそうなガラスのテーブル、そして近年放送された異世界転生系のアニメポスターが無造作に並べられた壁。参考書などではなく漫画やラノベが丁寧に差し込まれた本棚。
そんなごく一般的な環境(他からしたらそれは「一般的」でないのかもしれないが)に包み込まれるように、彼はそこにいる。
無造作に伸ばした髪の毛を額あたりで束ね、眉間にシワを寄せながらモニターと相対する青年——葉鳥 蓮(はとり れん)は日課のゲームに勤しんでいた。
Apex Shooters 。サービス開始時から絶大な人気を得て現在に至るまで数多くのプレイヤーを抱えるFPSゲーム。その人気は、普段からシューティングゲームを嗜む彼もまた、その魅力と中毒性に取り憑かれていた。
「おい!そこはカバーするところだったろ......クソ、野良の味方使えねえなぁ......」
「よっし!雑魚がこのゲームやってんじゃねえよ、死んどけ!」
6畳半ほどのスペースの真ん中を占領し、汚らしい言葉を画面に向かって投げかけ続ける。
彼は平時、このような下劣で強い言葉を用いるわけではない。圧倒的な熱量とゲーム性の奥深さを持つが故に、普段表に出ていない自尊心や負けん気がより誇張されて出てしまうだけ......だと思う。
彼は、このゲームをリリース当初からやり込んでいる。決して流行に乗ってやったわけではないという誇りもなぜだか持ち合わせているのだ。そこらのライトゲーマーとは訳が違う。
コントローラーを忙しく操作し続ける彼——蓮は1年前、進学のために地元から離れて下宿を始めた教育学部生である。
特に教員になる気もなかった彼だが、一度採用されてしまえばほとんど食いっぱぐれることのない安定性を当時の担任教諭に推され、流れで教員養成系大学への進学をしてしまったのだ。
ここでは柔軟な思考の末にたどり着いた......としておこう。
「よっしゃチャンピオン!ハハハ雑魚すぎんぞ、キッズは訓練場に籠ってな」
激しい銃撃戦の末に勝利を納めた彼は、鼓動が高鳴るがままその甘美な余韻に酔いしれていた。
勝利の喜び。優越感。一時的に全身を満たす圧倒的全能感。これらはもちろん勝利したものの前にしか訪れない、「選ばれた」者へのギフトである。
......ギャンブルの沼にハマる気持ちがほんの少し分かる気もする。
彼にはまだ友人はいない。丁度2年前あたりから新型のウイルスがここ日本にも蔓延し始め、大学デビューを夢見ていた彼は出鼻を挫かれた形となったのである。
そのため、まだゲームを共にできる友人もできず、今でもひたすら一人で研鑽を重ねる日々。
画面上の戦争に勝利した後も、その優越感に隠れて悲哀に似た感情が時折顔を出すことがあった。
「余計なこと考えちまった......そんなことよりもまずは明日の小レポートを——」
できれば避けたい邪魔者——小レポートに取り組む覚悟が整い始めたところで、そんな覚悟は突然押し寄せた睡魔と欠伸でどうでも良くなってしまった。
そしてその「悪魔」に誘われるがまま、彼はその意識を暗闇に沈めた。
瞼を閉じると、目頭がじんわり熱い。
画面をひたすら凝視し続けたことの勲章だろう。
意識が、頭の奥でその存在の輪郭が捉えられなくなるほど無意識と同化しかけているのを感じる。
——ルネ・デカルトは『方法序説』の中で「我思う、故に我在り」と命題を投げかけたらしいが、眠って意識が飛んだとき、それは存在するって言えないかも。
——どれだけゲームに慣れていても、どうしても疲労は免れないな。
そんな他愛もなく厨二病チックな考えを巡らせていたところで、思考は消え入るように霧散していった。
——気づくとそこは、先ほどまでいた見慣れた部屋とはあまりにも異なる光景だった。
「......え」
一切思考が追いついていかない。
目の前にあったのは、先程まで元気よく稼働していた液晶テレビでも、こちらに妖しく微笑みかけてくれる美乳黒髪ショートカットの「妖魔ジュリエッタ」ちゃんポスターでもなかった。
「なん......で......こんな荒野のど真ん中なんかにいるんだよ......」
そこには、葉が全て枯れ落ちた木々(それを「木」と呼んでいいか憚られるほどであったが)、とても我々人間の感覚では考えられないほど不安定で、重く沈んだ空気を漂わせる紫紺の大地、
そして......目の前には全身を黒装束に包んだ大男が何千、何万とこちらを向いている。
不気味。
——それ以外の言葉が不適切であると感じるほど、全身の皮膚の毛孔部が隆起するのを避けられなかった。
190cmはあるだろう大男たちがこぞって傅いているこの異常な状況は、この世界が、自分たちの暮らしていたあの世界とは違うことをよりはっきりさせている。
そんな気味の悪すぎる光景に、喉の奥が粘着性の強い粘液で覆われてしまったような感覚がじわじわと押し寄せる。
夢?夢にしてはどうも感覚がリアルすぎるような——
そんな考えが頭をよぎったその瞬間、手首に何かできつく縛られているような、もしくはヤスリのようにザラザラした紐でずっと手首を擦り付けられているような鈍痛が襲いかかった。
痛みの根源を探ろうと手首の方に目を向けると、そこには——
「......たは......して......!」
自分以外の声に、自分の体に何が起こっているのかという重大な疑問すら遠くへ行ってしまった。
その声をなんとか聞き取ろうと、これまでここまで耳を傾けたことが無いであろうほどに全神経をその声に集中させる。
しかし、ここが夢のような空間であるからか、その声は朧で、不可思議なこの空間に解け入ってしまいそうで、言葉の全体像を聞き取ることは叶わない。
「わたしは......んな......ここに......」
微かに捉えられた程度だが、聞こえた。
——とても儚く、脳の奥を砂糖水で漬けられたように甘美な女性の声だった。
徐々に声の輪郭が分かり始めたとき、どこかへ行っていた重大な疑問が、その回答を持って舞い戻ってきた。
十字架。
歴史の教科書のどこかで見たような、磔にされるすがた。
その当事者になっていることは、理解には時間を要したものの、彼は若干飲み込めていた。
いや、認めざるを得なかったというべきか——
それが、手首を強く縛り付けていた正体だった。
十字架ということは、なんらかの重罪か、国家転覆でも働いたか。それくらいしないとこんなことにならないだろう。
蓮は意外にも冷静を取り戻していた。妙に体に馴染むような世界の中で磔にあっているという異常事態を、睡眠時、自らの断片的な記憶情報を整理する際に生じる「夢」であると自覚することで。
目の前の大男集団は今まで見たこともないが、忘れてしまっただけで何処かで似たようなものを見ていたんだろう。
あの女性の声だってそうだ。女性の声なんて今までの人生で数え切れないほど聞いている。母親の声、クラスメイト、アニメの声優に至るまで。
そう妙な納得感を覚え、再び目を閉じて現実に戻ろうとしたその時——
傅いていたはずの黒装束たちが一斉に立ち上がり、ザッザッと音を揃えながらソレらが向かってきた。
その瞬間、これまで「夢」だと思うことで抑えられていた恐怖が濁流のように押し寄せた。
「は......?何が起きて——」
全身は力の行き場を失ったかのように動かない。鳥肌と寒気が止まらない——
ソレらは、現実では起こり得ないはずなのに、今までの人生でも、これから先の人生でも、体験しないものであるはずなのに、蓮の心臓を手のひらで転がして査定しているかのようで。
黒装束がこちらに向かってくることを一瞥し、混乱しながらも周りをよく見渡す。しかし、そこは相変わらず不明瞭かつ不気味な場所であることには変わりはない。
そのような不可解な状況の中でも、蓮はどうしても当事者意識を持つまでには至らなかった。
——確かに、夢にしてはリアリティがあるけれども、これが「夢」であるとまだ明確に意識することができる。これが実際に体験した話とかだったら、ファンタジーやラノベに出てくるありきたりのパターンじゃないか......はは、アニメの見過ぎかも。
頭で必死に合理化を図ろうとするも、視覚から強烈に捩ねじ込まれるソレらの悍ましさは変わらない。
——ソレらが迫ってくる。
腕も、足も、思うように動かない。全身が鉛か何かでコーティングされているかのように。
当然磔にされているので四肢を自由に動かすことはできないのだが、全身を駆け巡る恐怖も相まってそう感じていた。
何処かで先程の女性が必死に声を上げている。しかし、今にも消え入ってしまいそうなその声は、断片的にしかこちらに届かない。
ソレらはついに、蓮が磔にされた十字架を囲むように押し寄せた。
——その手に、ロザリオを模した鈍い銅色のナイフを携えて。
蓮は鼓動と呼吸がこれまで体験したことが無いほどに荒ぶっているのを感じた。シャトルランで130回やり切った後の息の乱れや、急に背中を叩かれた時の鼓動の高鳴りとは比較することも許されないような、戦慄。
「おい......なんだよ......俺は、このまま、殺されるのか?......死ぬ......のか......? なんで?」
あれだけ明確に意識できていた「現実」と「夢」が混同していくのを、言葉を途切れ途切れに紡ぎながら感じていた。
——死。それは、現代社会に生きる上で特別な出来事がない限り「人生」の中でなぜか当事者意識を持つことが少ない概念。そして、人間が「動物」であり、生きとし生ける生命体である限り付き纏う根源的な恐怖。
幼少期では悪口として聞き慣れ、ゲームなどでは敵の死が目標達成の必要条件となるように、身近に存在するのになぜか他人事のように考えてしまう。
彼は、人生で初めて、自らにも死が訪れることを改めて思い知らされることとなった。ソレらが持つナイフで全身を貫かれながら——
「ア゛ッッ......ガ ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ......!!」
次々とズドッズドッと、いっぱいに詰め込まれた砂袋に鋭利なものを差し込んだかのような鈍い音が、体内に反響している。
言葉にならないほどの悲鳴が、嗚咽が、不明瞭な世界に響き渡る。その感覚は「夢」というにはあまりに現実的で、生々しく、まるで世界に否定されているかのような......そんな衝撃であった。
そのような感覚を味わう暇もないほど、次々と異物が体内に捩じ込まれてゆく。一本は脇腹の奥底にある内臓を探り当てるように、またもう一本は腸を引き摺り出すかのように——
それでも傷口を怖いもの見たさに一瞥すると、不思議とあの鉄の匂いがする赤い液体は、ナイフと身体の隙間から漏れ出てくることはなかった。
——苦痛と視覚情報が比例しない......とても気味が悪い光景だ。
もう既に彼には、死の概念をじっくり味わう時間は残されていなかった。そのような状況下で、この世界の怒りを代弁しているかのような男の声が全身に響き渡った。
その言葉は、消えゆく意識の中でははっきりと掴み取ることはできなかったが、黒装束に身を隠したソレは、静かに、そして怒りで喉を震わせながら、こう、呟いた——
「勇者、いや、憎き 世界の反逆者よ」
「どうか——」
「二度と生が廻らぬ程の苦しみがあらんことを」
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