如月デッドエンド

音音てすぃ

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003.2/16

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 音希田廻がアンケートを三十分で作り、新聞部は解散した。

『バレンタインチョコレート選手権in優麗高校』
 名前 クラス 出席番号

・男子用:自分が最も当てはまる項目に○を付けて下さい。
 チョコレートを受け取った個数は?
(尚、家族親戚からのものは持って無効とする)
□十個以上□五個以上□一個以上□ナシ
具体的数字を書ける人は余白へ書いてください。


・女子用:自分が最も当てはまる項目に○を付けて下さい。
 チョコレートを配った人数は?
□百人以上□十人以上□一人以上□ナシ
具体的数字わ書けるひとは余白へ書いてください。


 ハルは泣いていた。
 僕は全然男子生徒を敵に回したが、一部の生徒からは評判が良くて、勇気ある皆の名前が職員室前の模試の偏差値の横に飾られることになった。暫くは一人でゲラゲラ笑っていた。
 結果としては男子の1%が十個や五個、5%が一個、残りはナシ。女子は百人が1%で残りはトントン。

ーーーーーー

 僕は職員室前でそのランキングを眺めていた。雪は止んだ十六時。斜陽はなく薄暗い雲が時間感覚を狂わせていた。
 隣の葛城がマフラーを巻きながら階段を降りてきて隣に立った。
「おっす廻君、いやいや大盛況だね。廻君の悪意は大成功となったわけだ」
「そうだな……そうだな僕は久しぶりによくやったと思う。後にも先にもこんな大イベント無いんだからな」
「それはそうと廻君、君の数字は2になっているけど、私の他にいたんだ。紫重ちゃんは違うもんね?言ってたもんね」
「ぐぐぐ、ぐぎぎ」

 言葉に背骨を折られるかと思った。右手は腰へ、まるで老人の様な猫背へと変身した。

「まぁ言いたくないなら無理に聞かないけど、滅多にない機会だし……多少は」
「くぉくくくぉこれはですね……」

 自分だけ家族をカウントしたなんていったら大炎上だ。

「匿名とチョコレートがですね、下駄箱にあったのですよ。ええ」
「……ふーん。じゃ私今日は帰るね。多少余裕出来たし。ありがとうまたね」
「また───」

 完全に誤解されたような気がする。素直を言っておけば良かっただろうか?
 このアンケートに置ける男子は自分のプライドによって多く書くことは無い。また大人気イケメン君も貰いすぎていても威張ることもない。ナシの者はそれはそれでネタとして○を付けてくれている。つまり一番面白い部分が今アンケートの5%部分。一個の男たちだ。
 僕は2個と書いた。幸いガヤからの尋問は無かった。いいやこの調子なら明日辺りから始まるのか?ちくしょう紫重ちゃんともクラスで重い空気なのに。

「待てまて、実は気にしているのは僕一人で……っていうオチだろ?さ、帰ろ」

ーーーーーー

 自転車置き場から出て公道へ出ると雪はみぞれへと変わっていた。これなら自転車に乗って帰れる。僕は早速サドルへ跨りコギコギし始めた。
 道路は所々乾いており、車の気配をしっかり感じて事故を起こさぬように車道へ出たり入ったりする。

「マフラーいいな。あと手袋」

 車通りが少なくなってきた所で風が指先と首元を冷やす。葛城麗乃が付けていたマフラーは暗い赤、ルビーレッド。

「買う(か)」
「買うかー」
「うわあぁ!」

 後ろの声は間違いなく葛城優乃だった。咄嗟にブレーキを踏んだが地面は引っかかりがよく程よく止まった。しかし僕は後ろの圧力に押されて落車した。右肩から道路の脇の雪へ突っ込んだ。

「優乃さん!」
「ご機嫌麗しゅう音希田廻。学校からの帰りだね。しっかりとレギュレーションを守っているようで関心した」
「だっ……だったらビックリドッキリする登場辞めてください」
「びっくりどっきり……いいね!我々のような幽霊に近い存在にはピッタリな表現だ!まぁ私はしっかりはっきり人間だがね」

 雪山からゆっくりと起き上がり、学ランに着いた雪をほろった。自転車を起こしてサドルの雪を取る。
 あーあサドル濡れちゃった。優乃さんのばーか!

「そんな猫みたいな顔をするなよ。スキンシップだ。我々はまだあって数回、お互いを知るには邂逅が足らなすぎただけだ」
「まぁ妹さんからお互いの情報はある程度ありますからね」
「───私の場合はお前のほぼ全ての謎を知っているぞ、音希田廻」

 それは僕の中学時代を知っていることになる。
 命の危険を感じた僕は自転車のハンドルを持ちつつも臨戦態勢だった。
 その時初めて葛城優乃という女性を直視した。
 背丈は麗乃と殆ど変わらないか上。茶色がかった髪のけは肩甲骨まで伸びていて、綺麗切りそろえられた前髪は神業だった。今日はカラフルなハイカットスニーカーに黒のスキニー、ミリタリーなコートを着ていた。暖かそう。声色はどこか麗乃の面影を感じるし、目元なんてそっくり。正面で見るとつり目、下から見るとタレ目。最近気づいたことねこれ。

「麗乃には言ったか」
「言ってない。言えるものかこんなのも。お前を麗乃から離す理由の一つでもある」
「……否定はしない」
「自覚症状あるじゃないか。一個人を思うなら……いやハル君だってそうだ。二人を思うのならなぜ四月の時点でお前は新聞部へ入った!」

 結果的に一年間、僕達新聞部は朝霧要という男に命を狙われたわけだ。彼の生業を邪魔したというか破壊したのだから当然の報いだと思っている。だとしてもその理不尽に僕は屈したくない。

「申し訳ないと思っていたよ。ずっと。いつか誰かに話したいと思っていて少なくとも同じ匂いをもつ人間が二人現れたんだ。運命的とさえ思う。僕だってあんた達のいう化け物かもしれないけど、いつだって僕はアイツらに怪我はさせなかったし危険は全て僕が引き受けていた。これからだってそうだ。僕は今が心地いいんだ。だから───」
「じゃあレギュレーションに従って貰うとするか。明日22:00に優麗高校付近の工場……分かるな?その建物で待機していろ。細かい位置情報は送る」

 麗乃経由なら僕の連絡先も分かるということか。というかなぜそんな鉄臭い場所を?千代子神社でいいだろ。

「第1関門だ。踏破してみろ」

 獣を見る目に変わった葛城優乃は数歩下がって踵を返した。

「そういえば……お前はくだらない嘘をつかないんだな。そこだけは認めてやる。だが両者傷つけるようならただの甲斐性なしだ。とくに麗乃を傷つけたら容赦しない。てめぇの正当性を証明しろ」
「嘘?ウソはついたばっかりだ。冗談じゃない」

 意味不明な文書は脳にこびりついた。そんな不快感を抱えたまま家に帰るのであった。
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