如月デッドエンド

音音てすぃ

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005.2/17 燃えない男

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 燃えない男の拳は纏った炎でコートの腹部に焼き穴を開けた。

「勝てる気が……しないな」

 ゆっくり近づいてくる男、追撃の前に起き上がらねば。
 最初の挨拶は渾身の一撃のつもりだった。だが男には殆どダメージが無い様子だった。撤退か?いや最悪二度と麗乃と顔を合わせてはないない、そんなルールが追加されるかもしれない。

「まだ立つか」
「普通の人間なら立ってられないみたいな言い方だな」

 暫くは相手の動きを観察して弱点を探そう。
 僕は足元に落ちている鉄パイプを拾って男の周りを反時計回りに動き始めた。
 ジリジリと自信に満ち溢れた数歩、その後正拳突きの構えを取った。距離は5メートル程。

「セイッ」

 放たれた拳は空気をバシンと鳴らすが僕へは届かない。しかし纏った炎は渦となって放出された。

「危ねぇ!」

 目視してから右側へ回避した。直ぐに体勢を立て直して近くの柱へ移動、身を隠した。

「デタラメ過ぎる。ありゃ魔法か?実態があるならこの武器は効くはずなんだけどな」

 手に装着したアタックαを摩った。
 その間も男はゆっくり近く。
 遠くに逃げてもいいがこちらからの有効手段はない。投石くらいだ。中距離は先程の炎が飛んでくる。ならば近接戦である程度頑張ってやろう。

「なぁ!弱点教えてくれないか?」
「……ふん、情けない男だ。敵に自らの腹の中を晒せと」
「へへへ、だよなぁ。じゃあ気かねぇよ!」

 僕はコートを脱ぎ右側へ投げ捨てた。そして左から飛び出して男へ接近する。
 男の拳は僕のコートへと放たれていた。その一瞬の隙へホームランを打つが如くの鉄パイプを打ち付けた。

「折れろ!」

 あばら骨を狙った一撃はまるでコンクリートの感触で握っている手に激痛が走った。

「痛てぇ……止まるな!」

 痛みに耐え二激目を頭部へ放つ。それは男が左手受け止めた。ピタリと止まった鉄パイプをすぐに離し、体を右側へずらして左頬へ右フックを打ち付けた。

「あちぃ……眩しい……」

 怒涛の二撃、どちらも一般人が受けてまともに戦えない傷のはずだ。
 音希田廻の予想外の動きと威力に男は少し揺らめいた。
 一方の僕は痛む拳を庇いながら少し後退した。

「ど、どうだ!」
「私が傷つくだと……?その拳はなんだ?」
「一撃目効いてないのかよ……そうだ、僕のパンチは一味違う」
「少し驚いた。だが、その調子なら私の体より貴様の拳が先に砕けるだろう」

 実際その通りだった。男はまるでコンクリートを殴っているような硬さをしている。

「さぁてそれはどうだか?」
「うむ……22:00前に終わらせてやろうか」

 男が言った後、男の炎がより明るくなったかと思うと熱風を全方位へ放ち始めた。倉庫の金属部分は男を中心に赤く染まっていく。僕は爆風で体が持ち上がり外へ投げ出された。高熱を全身で受けてしまった。さらに喉が少し焼けてしまったかもしれない。

「うぁ……うおえ……」

 今度の吹き飛ばしは雪の緩衝材だった。今はよく晴れていて星が綺麗だった。
 体を起こして雪玉を作ってみる。

「まだ生きているか。雪で焼けしねなかったか」
「お前も炎なんだろ?熱くてかなわん。だったらこれでもどうだ!」

 僕は慣れない投球フォームで雪玉を男へ投げつける。
 高熱のキャッチャーへは届かず10センチ以上彼なら離れた位置へ着弾した。
 一発だけでは当たらない。僕はすぐに足元の雪を丸め固め投げつけた。
 雪を固めながら手を見ていると指先から肘までの皮膚が若干焼けていた。雪に少し当たる度かなり痛い。この緊張状態なら多少我慢が効くレベルだ。
 男の炎はより広範囲を燃やしながらこちらへ近く。投げつける雪はそのうち熱で変形し着弾するようになった。

「当れぇ!!」

 十二回目の雪玉は男の眉間に見事当たった。その雪玉は僕の拳の何百倍の威力に見え。

「うっ……」
「ん?効いた?」

 やはり炎の弱点は水だった。そうと決まれば連打一択だ。しかし男はすぐに体勢を立て直した。
 僕が雪を掬った瞬間、男は足に炎を纏い僕へ向かって水平に薙ぐように蹴った。

「フンッ!」

 しゃがんでいた僕は回避先が存在しない。最も足場が悪く、判断が遅れた。そしてその衝撃波となった炎を食らってしまった。
 全身を切り裂く炎は咄嗟に身を守った腕を中心に焼かれていた。肉の焼ける匂いと痛みがあった。

「うあああああああ!!!」
「終わりだ」

 焼ける痛みについて考えている最中、男は足場の雪を溶かしながら急接近し僕の腹へ拳を躊躇なくめり込ませた。
 僕はこれに耐えられるはずもなく倒れ込んだ。
 男は僕の首を掴んで持ち上げた。高熱の手だ。僕の首は焼かれていった。

「このまま死ね」

 痛みの中僕はゲロを吐いて途切れそうな意識を両手に込めた。

「ヴ、ヴヴァ……」
「ん?はっきり言え」
「───ああ、これが……僕の必殺技だ」

 手の甲をそれぞれ打ち付けると、アタックαに込められたニードルが手の甲の金属板から飛び出し、眩しい量の電気が溢れ出てくる。

「な、なんだこれは」
「さぁやるぞ、いやならさっさと離せ……ゴホゴホ!」

 僕は右手の拳を振るう。狙いは首を掴んでいる腕。
 当たった直後、接触地点から衝撃と光が溢れ男と僕の体はビクンと揺れて倒れた。
 視界がブラックアウトし地面に落ちていった。

「……」
「───ざまぁみろ」

ーーーーーー

 音希田廻の健闘虚しく、先に起き上がったのは燃えない男だった。彼はただ気絶していただけだった。
 一方の音希田廻はまだ気絶している。

「今のは驚いた。ただお前も倒れている。無駄な攻撃だったな」
「……」

 しかし男の炎は消えていた。今ならその炎がなくともトドメを刺せるだろう。

「22:02過ぎてしまった。かなり寝ていたようだな」

 呟きながら時計を見つめ、もう1つのポリタンクの場所へ歩いて行く。その場所は工場のシャッター前だ。

「奴は既に力尽きた。葛城優乃、見ているのだろ?もう終わりでいいだろう?」

 ポリタンクを持ち上げた瞬間、男の後ろから眩い光が溢れ始める。虫の羽音の様な高い音が聞こえる。肌を指す冷たい風を否定する夏の音、振り向けば音希田廻の両手が光る。

「なにっ!」
「しっかり受け取れ!」

 男がポリタンクを開け頭から被ろうと掲げた瞬間、それが弾けた。音希田廻がその手に着いたアタックαを投げたのだった。まるで夜空を駆ける流れ星だった。投げたのは左手側。
 バケツをひっくり返したやような灯油男に注がれる。そして着火した。

「なんの真似だ。お前に勝ち目などない。その得物も捨ててしまって」
「さぁな!」

 男へ向かって走る。今度は右手のアタックαを投げる。男に当る前に後ろを通り過ぎる。
 光で視界を奪い、男は投擲したアタックαを叩き落とした。しかしその内に倉庫内に入った。

「どこへ行った?」

 僕は倉庫の外に出てハシゴを探した。

「あるじゃん」

 それを上り屋根の少し下の足場へ到着、そこからジャンプして屋根に登る。

「よし積もってるな」

 綺麗な屋根の雪、それをてっぺんから両腕を広げて、まるで除雪機のように下る。
 男の光が見える。そこを目掛けて重い雪を押していく。

「消えろ!」

 男が見上げると頭上には車のような大雪、瞬間爆風を放つが重い雪は重い水へ変わり男を襲った。
 焚き火を消化した音がした。雪が落ちた地点から蒸気が波紋状に広がる。
 僕は天井から飛び降りて雪へ到着した。

「これで……てめぇは……もう燃えない!」

 雪をかき分け、赤くなった指先は痛みを忘れていく。

「さてここから僕のターンだ」
「……や、やめ」

 雪山からひょっこり顔を出した男、僕はニヤニヤとした笑と共に拳を引いた。

「いくぞ正拳突き!!」

 足を雪に刺し体幹を固定。
 拳は顔面に直撃。
 手応えがあった。
 この男は燃えている最中あらゆる攻撃を遮断していたのだ。証拠に今は鼻血を出していた。

「さてさてさてさて!もう1発いくぞ!」
「こ、こう」
「正拳ッ!」

 拳が砕けるか男が気絶するか、男の我慢比べが始まった。僕の方が一方的すぎるけど。

「突き!」
「こうさんする」
「あぁ?」

 もう一撃、今度は顎を狙った。もう拳が限界だった。

「もう1発いくか?」
「こうさん……降参だ。私の権能は……もう使えない。ただの人だ……」
「……じゃあ、じゃあ……僕の勝ちだ」

 ゆっくりと雪から足を抜いて倉庫へ向かう。焼けたコートを回収して歩いて家に帰ることにした。
 川を渡る途中、月明かりを反射する川を眺め大声で叫んだ。

「勝ったぞ!葛城優乃!」
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