仮想世界β!!

音音てすぃ

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9.生きて、死ぬ順番じゃない

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 このままだとHPがゼロになって死んでしまう。
 脳内でキョウスケが回復しろってうるさい。そんなことわかってる。

「こうなるなら……戦わなきゃよかったなぁ……」

 後悔しても、自分のせいでこんなったんじゃないか。
 激痛と「出血」による継続ダメージがあるため、死ぬのは時間の問題だ。

「なぁオトメといったか?とても姫に信頼されているのだな」

 今にも掠れて消えそうな声が隣から聞こえる。

「どうなんでしょうね」
「生き……たいか?」

 我に帰る一言だった。幻想を言うんじゃない。

「そ、そりゃまぁ生きたいかな」

 すると、ルーイが小さなビンを取り出した。真赤な液体が入っている。

「回復ポーションLv.5だ」
「何、ポーション!」

 ポーションはこの世界にある回復アイテムであり、傷を再生できる秘薬だ。
 制作も困難で材料も高価、世界開拓、ダンジョン攻略最前線で使用される。
 いくつかレベルがあり、現在は最高がレベル5。

 初期のころは不死鳥のフェニックスの羽を使って研究していたとか。

 名前の由来は不明。

「フッ……激レアアイテムを前に驚き過ぎだろ。さぁこれを使え」

 ルーイは僕の横までビンを転がした。手のひらサイズの容器に薄緑で透明な液体が入っていた。

「僕に使えっていうのか?」
「そうだ……それ……以外にないだろう」
「何で?」

 こんな激レアアイテム、この窮地から逃れられる唯一といっていい手段を、何故僕に?

「……お前が姫を守ってくれると判断したからだ」
「じ、じゃあ半分で……」
「だめだ、それだと効果が薄い、死にたいのか?」
「だってだって、そしたらお前……ルーイだって死んじゃうだろ?」

 死の恐怖が涙を流した。ビンに触れる手が震える。

「俺は……いい」
「なんで!」
「お前は、生きたいって言っただろ!」

 反論もできなかった。HPが5%を切った。

「ルーイは生きたくないの?」
「俺の一生は姫に捧げるためのものだ。そのためなら命は惜しくはない。それにもう……あの頃の姫はいない。だから興味がなくなった」
「ふざけんな!僕なんかにそんなものかけるなよ……お前も一緒に生きればいいだろ?」

 涙が止まらなかった。
 誰かを守りたいなんて尊い願いを興味ないで捨てたりすんなよ。

「時間が無い、はやくしろ……ポーションは分量が少ないからな、こぼすなよ」

 キョウスケがさらに背中をおした。

「推奨行動、ポーションの使用」

 少し、覚悟を決めた。こんなチャンス無駄にしちゃだめだ。

「後悔すんなよ、ルーイ」
「速くしろ、後悔するぞ」

 フタを抜き、ゴクッと飲み干した。すると、体の傷が巻き戻しされているように消えていった。

「HP100%回復完了」

 僕はルーイの元へ駆け寄った。

「ごめんなさいごめんなさい、ありがとうございます」
「くっそぉ……俺は、なんでこんなに弱いんだ!」

 ルーイのHPは3%を切っていた。
 僕からは何も言えなかった。

「少し聞いてくれ、昔の話だ。俺は小さいころはレン姫と友達でな、よく他のガキどもと遊んだものだ。そして、いつか約束した……」

ーーーーーー

「ルーイはさぁ、大きくなったら何になりたいの?」

 どこかの庭で金髪で青い目をした少女が振り向いた。目線が低い、これは子供の頃のルーイだろうか。

「俺は、大人になったらレンちゃんの護衛隊隊長になって、一生守る!」
「本当ぉ!じゃあ約束ね、やぶったら女装メイドね」
「まじかよ……」

 視界は転換し、すっかり大人になった姫様が前にいた。

「レン姫様、今日から護衛隊隊長になりましたルーイです、お久しぶりでございます」
「本当に約束守るなんてね、これからよろしくお願い致します」

 彼の夢は叶った。護衛隊長という立場も自分を認めるのに十分なものだった。
 ある日、レンが行方不明になるまで。

ーーーーーー

 2%
 僕が手に押し付けられた護衛の剣改に気づいた時、昔話が終わった。
 簡単にそりゃもう簡単に。
 風前の灯火は、美味しいところだけ話してくれた。

「……まぁ……今、約束が守れ無さそうなんだけどな」
「そんなことない!」
「姫は槍が得意でね、どうしてもアレを渡したかった」
「スキルカード?」
「そう、完全に自己満足ではあるが」
「そうだったのか」
「最後に……」

 1%

「なんだ?」
「やっぱ、生きたかったなぁ……!!」

 後悔しないって言ったじゃん、なんて言えなかった。
 ルーイは引きつった笑顔を見せてくれた。

「オトメ……お前に託す……!」

 より強く、僕の手に剣を押し付けていた。生きる目的の全てを姫様を守ることに使い、それを失った。
 そうして、初めて人間のHPが0になる瞬間を見た。

「おまえが……うらy……しい」
「死亡確認」

 僕は暫く天に向かって咆哮を上げていた。




 ギルドへ帰ると、アカネちゃんが迎えてくれた。

「おかえりなさいオトメさん……って服血だらけ!カイナさんは?」
「……マスターは?」
「部屋にいますけど、まず何拭くもの持ってきますね」
「もう乾いてるよ」

 僕はギルド長室へ向かい、全ての事情をタバリさんに話した。

「そうか、連れ去られたか」

 マスターは黙って全てを聞いてくれた。

「僕は無力で……馬鹿で……アホでもぉぉ……最悪でした!」
「しょうがないさ、相手が悪い、なんせツルバだろ?」
「知っているんですか!?」
「イービルワンドを見たのならそうだろう。やつ程の魔力を持つ者はギルドにもそういないだろうしね」
「あの……僕、カイナを助けに行きたいです」
「そう言うと思ったよ。でも、ダメだ」
「どうして!」

 見透かされていた。人の気持ちがあるのかと問うところだった。

「失いかけた命、今度こそ本当に失うかい?」
「うっ……それは……それは!」
「奴らもカイナを殺しはしないさ。それと君に話が……」

 僕はマスターの話をかき消すように部屋を出ていった。

「クソッなんで行かせてくれないんだ……僕は死を目の前で見たんだぞ。助けたいに決まってるじゃないか。いや、何で皆で助けに行こうって言わないんだ!」

 走った、もう嫌になった。そうしていると、人混みに出た。
 涙目をこすって、遠目で見えた服装は、この世界の住人ではなかった。

「こんな時にも仕事か、でも記憶喪失者はほっとけないからな」

 カイナの時のように近づくと、キョウスケがスキャンを開始する。
 その瞬間、キョウスケを疑った。

『ルーイ・カルルイス』Green
・装備 コート
・革靴
・記憶障害
他スキャンを実行していません。

「ルーイ?(何だか体が少し小さい気が……)」

 唖然として黙っていると、肩を叩かれた。

「オトメ君、これが死人の行き着く先だ」

 マスターだった。

「どういうことです?」

「この世界にはね、君の知る常識だっだ死は存在しないんだ。こうやって記憶障害となり、この街にいつの間にか召喚される」

 僕はあの時のメールを思い出した。

「死が無い?記憶を無くして?」
「そうだ。いつか君に話さないといけない日がくるとは思っていたんだけども、こんなにも早くなるとは……」

 ルーイはこの原理を知っていたのか?
 だとしたら言ってほしかった。

「僕よりメモリーここで生きてきたんだろ?順番的にお前が優先だろぉ!」
「……うん、うん」

 マスターは僕の肩に手を置いて寄り添ってくれた。

 順番。記憶の価値はどう考えたって、万人に見せたってルーイの方が上なはずだ。僕が死んでルーイが生き残る。それでよかったじゃないか。
 敵だったものの思考に理解が出来なかった。


 この日、初めて眠れなかった。
 もらった命の使い方は決まっている。
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